第11話【伯爵SIDE】 マルモン子爵の社会的終焉
王族に対して、貴族の政治力が異様に強い。
それがこの王国の現状なわけだが、大貴族の中にも、とびぬけた才覚を持つ者はいる。
レオニス・フォン・アイゼン。
アイゼン伯爵家の当主であり、ヘクターの実の父親である。
そんな男が住まう屋敷の廊下を歩くマルモン子爵は、顔面蒼白だった。
それは、とある『予定表』を遂行できなかったからだ。
マルモン子爵が黄昏の盟約のクランハウスで語った創作税法。
彼が実際に語ったことに加えて、少し詳しく話すと、以下のようになる。
『特別資産税』 400000枚。
保有する魔剣や古代遺物の総資産価値を『金貨200万枚』として吹っかける。その20%を課税。
『異種族共生・特別監督税』 360000枚。
非人間メンバー6名に対し、一人あたり月額1000枚。過去5年分を遡及して請求。(6人 x 1000枚 x 60ヶ月)
『魔力環境負担金』 5000枚。
周辺地域への「魔力汚染」に対する環境税という名目での固定請求額。
『未登録高位戦力・協力金』 2000000枚
クランの強大さを「潜在的脅威」とみなし、総資産(と彼が見積もった200万枚)の10%を国防協力金として毎年請求する権利を得たとし、その10年分を前払いで要求。
『過去遡及性・行政コスト』 500000枚
黄昏の盟約のクランハウスがある『黒き森』に関する、過去800年分の行政コストとして彼が「算定」した金額。
これらを合計すると、金貨3265000枚となる。
300万枚以上もの金貨を抜くことになり、リクがその数字を聞けば、『日本円だと大体2000億円』と判断するものだ。
「こ、こんな、こんなことが……」
彼の手にあるのは、10枚の金貨。
これが、この四半期における、黄昏の盟約の『納税額』だ。
伝説が集まるクランの四か月の結果がこれでありえるのかとなれば、それはあり得るのだ。
それは、貴族が王の徴税から金を守るため、法改正のために頑張りすぎたから。
リクはただ、その貴族の頑張りを利用しただけの過ぎない。
「……ぐ、くっ、くそおぉ……」
300万枚以上の金貨。
仮に、これが通っていれば、今頃マルモン子爵は文字通り、『数十台の馬車からなる大規模編成』で、金貨をここに運び込んでいたのだ。
どうしてそうなるのかは非常に単純な話であり、金貨は直径30mm。厚さ2.8mmで、体積は1.98 cm³となる。
ここに金の密度である約19.3 g/cm³から計算すれば、金貨1枚は約38グラム。
38 gのは124070000gであり。
トンにすると124トンだ。
これを運ぶのだから、頑丈な馬車を何十台も用意して、それを守る騎士団も用意する必要がある。
それは、マルモン子爵にとって『凱旋』に他ならない。
しかし、彼の手にあるのは、金貨10枚。
あまりにも、軽いのだ。
「し……失礼する」
ノックして、アイゼン伯爵の部屋に入る。
部屋の主、レオニス・フォン・アイゼンは……とても冷たい目で、彼を見ている。
いつもなら、『引っこ抜いてきたこと』を一番に褒められるはずが、今日は、とても冷たい。
「ヒッ――」
「マルモン子爵……私は非常に残念だ」
「なっ、ら、レオニス様……」
「脳みその足らんトカゲから、金を抜いてくることすらできんとはな。しかも、還付金を請求されそうになっただと? 私は非常に不愉快だ」
「えっ……」
あの場であったことが、全て伝わっている。
間違いない。
部下を何人か連れてあのクランハウスに入ったが、すでに、その時の部下が、すでに洗いざらい話したのだ。
「これまでの功績に免じて、罰はなしとしよう。だが、もはや利用価値はない。私の派閥から追放とする」
「お、お待ちください! ば、挽回のチャンスを……」
「何もできんだろう」
目は冷たい。
「私が君を使っていたのは、その『ねじ曲がった精神性を持つ』ことと、それが『通用する環境』だったに他ならない。黄昏の盟約というクランにとって、君はただ迷惑な存在だったが、これからは、奴らに対して強気に出ることはできない。もはや『通用する環境ではない』から、『用済み』なのだよ」
「そ、そんな……」
「しかも、性格がねじ曲がった上で、今までも『端金』しか持ってこない君に、少しうんざりしていたくらいだ」
「え、は、端金とは……」
「君は今回、300万枚以上、という程度の金貨を引っこ抜く予定だったようだが、奴らの資産がその程度で揺らぐわけがない」
レオニスはため息をついた。
「性格はねじ曲がっている。それが通用する環境だった。だが、君自身に想像力が無さすぎる」
今回、マルモン子爵が抜く予定だったのは326万5000枚。
それはそれで紛れもなく大金だが、ヴァルフレアの資産額は、リクの想定では41億2800万枚となる。
たったの0.08パーセントであり、千分の一にも満たない。
わかりやすい例にすると。
銀行に1000万円の預金がある人がいたとして、ある日、その人の元に、非常に態度の悪い、しつこい詐欺師がやってきて、巧妙な(と本人は思っている)嘘を並べ立てて、8000円を騙し取ろうとしている。
そんなレベルだ。
1000万円の預金がある人間にとって、8000円を抜かれることは誤差でしかない。
ヴァルフレア自身が言っていたように、別に『金を抜かれること』に何も思うところはないが、『経緯も尊重もないのは癪に障る』のである。
「そんな想像力のない君のことだ。失敗した場合の保険などないだろう? だからこそ、私が温情で『罰はない』としている。私の気が変わらないうちに、失せろ」
「ぐっ、くっ、くそおおぉ……」
マルモン子爵は部屋から出て行った。
(こ、この私が、トカゲに劣るだと、そんなはずが……)
口には出さないが、屈辱だ。
ただ、この段階で部屋から出る以上、『気が変わったレオニス』に対して、明確に恐ろしさを感じている証拠でもある。
しかし……このタイミングで部屋を出るということは、本当に、『何も挽回の手立てがない』ことを意味する。
「……まったく、上手くいっているときに想像力を働かせることができんから、こうなるのだ」
レオニスは、デスクの引き出しを開けると、一通の手紙を出した。
「ヘクターナイツの課税額がおかしいから、私が抱える税理士を派遣してくれ。か……愚かなことだ。まぁ、少々、想定外はあったが」
ヘクターからの手紙だ。
ヘクターが運用する学生パーティ『ヘクターナイツ』の懐事情が、『課税額が多すぎる』から困っているため、何とかしてほしいという話。
「報告書を読む限り、ヘクターの剣術は確からしい。だが、事務能力はないと……無学な平民と同じ悩みで私に泣きつくなど、貴族の器ではないと証明していることと同じだろうに」
ため息をついた。
冒険者クランというのは、基本的には無学だが強い平民で構成されており、貴族のように教養が足らないからこそ、課税で稼いだ金を抜かれるものだ。
戦闘力が強いとか弱いとかではなく、冒険者もまた、社会という存在に依存するものだ。
その社会のルールを決めるのが貴族である以上、モンスター相手にどれだけ強かろうと、貴族が作った城が崩れることはない。
うまく立ち回り、金を抜かれるのを防ぐために、王立学校に通って学んでいるといっても過言ではないのに、今頃になって『平民と同じ状態』になるとは。
「優秀だが、有能ではなかったということか。ただ……一人の平民がそれを支えていたというのも、私の想像力の外にあったことは事実」
報告書に目を通す。
「……見極める必要があるか」
レオニスは、『助けてほしい』というヘクターからの手紙を握りつぶしてごみ箱に捨てた後、紅茶を飲んで一息ついた。




