第10話 追い払った後。
徴税にやってきたマルモン子爵に、計算書で追い返した後。
「単刀直入に言いますけど、25年間で過剰分が3億枚って、抜かれ過ぎでは?」
「……それまでは普通の人間はいなかったから、社会とは別の存在だったのだ」
ロビーで、リクとヴァルフレアがソファに座って話している。
ヴァルフレアは紳士的な格好と仕草で、優雅に紅茶を飲んでおり、リクは書類を確認している。
「……普通の人間ではない。というと、ヴァルフレアさんも?」
「ああ。この姿は擬態で、本来はドラゴンだ」
「伝説感が増した気がします」
「フフッ、普通の人間はリク君で二人目だ。ドラゴン、巨人、天使、古代兵器、吸血鬼、エルフ、人間……という七人組で25年ほど活動しているからね」
「なんというか、時代を感じさせるものですね」
それらの種族に対して詳しく知っているわけではないものの、『長命を感じさせる種族』がいくつか入っている。
幅があるというより、歴史を感じさせるものだ。
「そうだな。もっとも……人間というのが、強くも、怖くもあると思ったのは、ギデオンが入ってからだが」
「はぁ……というと、本当に謎なんですが、なんで、納税義務に従ってるんです? 威圧すれば徴税官なんて追い払えるでしょう」
「それはまだ、君には明かせない。私たちのスケールが必要だからね」
「そうですか」
まだ、二日目。
どうやら『重要な事情』があるようだ。
そして、リクが『弱い』ゆえに、話さないということなのだろう。
ヴァルフレアたちがリクに求めている仕事が『書類整理』であるという点もあり、彼らの方が巻き込みたくないのだ。
リク自身、荒事は得意ではない。
「……25年前、ギデオンが加入し、貴族が徴税にやってくるようになった。我々は、『何も情報が記録されていないことを人間が嫌う』ことを知っていたから、ある程度はまとめていたがね」
「……」
「まとめていた。という部分に違和感を感じている表情だが、話を続けて言いかな?」
「どうぞ」
「いろんな貴族が来ては、いろんなものを確認して金を引っこ抜いていったが、我々としては、金に執着があるわけではない。敬意も尊重もないのは癪に障るがね」
「前も言ってましたね」
相対的なバランスで成り立つのが『人間社会』だが、絶対的な暴力を持つのが『黄昏の盟約』だ。
モンスターを倒せば硬貨を落とし、硬貨は生活を豊かにする魔道具の燃料になるため価値が保証されている。
そのため、『強者は資産家になる』ということが保証されるこの世界において、『暴力』を持つというのは、絶対的なはずなのだ。
「……そしてある時、すさまじい額の金貨を引っこ抜いていったのが、先ほどのマルモン子爵だ。それからは、彼が我々の『担当』になった」
「……そうですか」
リクとしては、『マルモン子爵がずっと続けていること』そのものには納得だ。
お金がモンスターから出てくるこの世界において、『独自通貨』の概念はない。
もっとも、リクとしては『石炭を小さく加工してお金として流通させているようなもの』という印象がある。
モヤっとするが、長く続いた貨幣の概念に疑問を思うことがないのは当然のことだ。
ただ、その『独自通貨』という概念がない以上、国であってもお金を作れない。
それゆえに、『金を持っている強者から、どれほど金を引っこ抜けるのか』が、『税務局』を管轄する者にとっての『功績』と言える。
「とはいえ……こんな、伝説ばかりが集まるクランに対して、あんなことばかり言えるって、どういう神経をしてるんでしょうね」
「貴族というのは前例主義なのだろうね。前任者が舐めていい相手は、自分も舐めていい。そういうことなのだろう」
「……まぁ、そういうことにしておきましょうか」
別にどうでもいいし。とは言わなかったが……。
「まぁ、どうでもいいことだからね」
「……近くにいたら考えていることまでわかるんですか?」
「簡単な事ならわかる」
「なるほど、マルモン子爵が内心で何を考えているのかまでは、感じ取った上でよくわからないと」
「そういうことだ」
さすが人間、ドラゴンを口でこき使うことは造作もないということか。
「それにしても、還付金か。そんなものがあったとは……」
「徴税は、王制国家なら、『国王の領分』です。その徴税は絶対ですが、貴族の力が強くなれば、『取り過ぎた分を戻せ』という要求が通る。だからこそできたんでしょう」
「力関係の均衡か。それが政治で起こった結果だと」
「そういうことです。で、長い歴史の中で、ルールを決めるのが王様で、ルールを執行するのが貴族になった。取るのが貴族になったから、忘れてたんでしょう」
「ふむ……」
「ただ、3億枚はあまりにもやりすぎですけどね」
普通なら、ここまで過剰に取られることはない。
もちろん、このクランにはこのクランの事情があるわけで、それはまだここにきて二日目のリクには想像もつかない話だ。
「……ふむ」
ヴァルフレアは少し考えた後、口を開いた。
「……思うんだが、リク君。賢すぎないか? 17歳とはとても……」
地球から転生し、この世界で17年過ごしたリク。
転生したことそのものはヴァルフレアには知る由もないが、17年と考えると、確かに扱える数字が年齢不相応だ。
「数字に関しては単なる足し算ですからね。重要なのは法律の知識の方ですけど、ヘクターナイツにいた時、何か使えないかって、散々調べてたんですよ」
「……それだけか?」
「『ちゃんと調べて申告する必要があるけど有益なもの』っていろいろあるんですよ。それを知っている貴族だけが得をするような、そんなシステムになってるんです」
コストが下がったり、補助金があったり。
いずれにせよ、しっかり書類を揃えて『申告する』必要がある。
それらを揃えることができれば、大きな恩恵が待っている。
貴族は、それらを使いこなしているのだ。
「……平民にそれはわからないから、損をしていると」
「そういうことです。そういうのと照らし合わせて、3億枚を引っこ抜けるようにしただけですよ」
「しただけ。と言われても納得できん知恵だが」
「まぁ、ヘクターナイツで、金を守るのが俺の役目で、出来ていなかったら、どんな罰が待っているかわからない。そういう環境だったんです」
少し、苦々しい顔になって。
「一度、申告漏れで罰金を払う羽目になったときは、本気で死を覚悟しましたよ」
日本人の感覚のままだと、本当に通用しない。
それが、『特権意識』だ。
「理不尽が君を鍛えたと」
「よほどのことがなければ、人は、強制されないと育ちませんよ」
「確かに」
単なる現実であり、前提の話だ。
人は、何かに追われないと成長しない。
では、事務に関して成長してこなかったヘクターナイツがどうなるのか。
火を見るよりも明らかである。
「そういえば、リリアがリク君を誘った時、特にこれといった説得もなくこちらに来たようだが、ためらいはなかったのかね? 君は他の人間と比べて責任感があるように見えるが」
「……さぁ、どうでしょうね」
引継ぎの重要性など、リクだって百も承知だ。
日本人としての感性を考慮すればなおさらである。
ヴァルフレアが言う『責任感』とは、その点だろう。
リクは、フフッと微笑む。
「主人公になれるような気がしたから、では、理由として足りませんか?」
「ドラゴンを目の前にしてよくもまぁ……少なくとも、私のような年長が、17歳の子供に、リアリストを名乗らせるべきではないとは思う」
日本で生きていれば、それ相応の『責任感』は育つ。
ヘクターナイツに迷惑をかけることなど、最初からわかっているし、自分が非難されて当然のことをしている自覚はある。
しかし。
それでも。
リリアに誘われて、そのときの役目を簡単に捨てられるくらいには。
リクはクソガキで、無責任で。
特別になりたいと、思っている。




