第1話 伝説からの誘い。
結局のところ、社会というのは、権威を持ってるやつの好き嫌いで決まる。
どんな本を読んでも、どんな旅をしても、たとえ地球から転生したとしても。
結局、たどり着く結論はそんな、陳腐な話でしかない。
時刻は、放課後。
王立高等学園の一角にある、一際立派なクラブハウス。
学園最大勢力を誇る学生パーティー『ヘクターナイツ』の拠点である。
積み上げられた羊皮紙の山。インクの染みがついた指で、ペンを走らせている少年が一人。
名前はリク。この学園に、僅かしかない『平民枠』で入学した特待生。
……ただ、『平民枠』という制度そのものも、流行に流されやすい一部の高位貴族が、『他国で有能な平民を見出した』という結果だけを見て、『お試し』で入れただけのものだ。
本来なら貴族の子供や、多額の入学金を払える商人の子供しか入れない学校に、何の後ろ盾もない身で入れたことは、喜ぶべきなのだろう。
ただ、その豪華な内装とは裏腹に、部屋の隅にある、リクの目の前の事務机の上だけは、まるで戦場のような有様だった。
彼の目の前にあるのは、自分の学業とは何の関係もない書類ばかり。
『男爵令嬢の紛失したリボンの捜索実習・活動報告書』
『子爵子息が購入した、最高級剣術指南書の購入経費精算書』
『伯爵令嬢主催のお茶会における、警備計画の立案書』
これらは全て、『ヘクターナイツ』に所属する数十人の貴族の子弟たちが、リクに『お願い』してきた仕事だった。
「よぉ、リク! ちょうど良かった!」
扉が開き、パーティーメンバーの貴族生徒が二人、気安く入ってくる。
リクは内心ため息をつきながら、顔を上げた。
「リク君、悪いんだが、先日のダンジョン実習のレポート、代わりに書いておいてくれないか? 親父に提出しなきゃならないんだが、どうも文章は苦手でね。いつものように、俺が獅子奮迅の活躍をした感じで頼む」
「あ、リクさん、これ。私のポーション代の請求書。パーティーの経費で落としておいて」
彼らは、そう一方的に告げると、返事を待つでもなく仲間との談笑に戻っていく。
彼らに悪気はない。ただ、リクがやってくれるのが『当たり前』だと思っているだけだ。
褒めることも蔑むこともない。
ただ、激務を押し付けている自覚がない。
事務員に事務を任せるのは当然のことだ。
しかし、リクという『平民』が弱音を吐こうが、無理だと言おうが、それが届くことがないという、環境は問題だ。
彼らがいなくなった後、リクはペンを置き、静かに目を閉じる。
(……俺のレポートは、まだ一行も書けていないのに。ポーション代は個人経費のはずだけど、ここで揉めれば、僕の学園での立場が危うくなる…)
特待生という立場は、常に崖っぷちだ。貴族の機嫌を損ねて、後ろ盾であるヘクターから見放されれば、些細なことで退学に追い込まれかねない。
卒業までの辛抱だ。そう自分に言い聞かせるが、正直、限界は近い。
(日本にいた頃は……こんなの、全部アプリで一括管理できたのにな……)
内心で本音を呟きながら、彼はポケットから小さな木彫りの鳥を取り出す。
それは、彼が授業の合間に、趣味の【木工】スキルで彫り上げたものだった。滑らかな手触りだけが、今の彼の唯一の癒やしだ。
「……頑張ろう」
そろばんを取り出す。
この世界において、電子的な電卓など望めるはずがない。
それならばと、学習能力が最も高くなる幼少期に、転生特典(と思われる)の【木工】スキルで作り上げ、練習したのだ。
前世では一切そろばんをやっていなかったが、作れるようになった3歳のころから14年も使っていれば、扱いは慣れたものだ。
……1時間後。
書類整理が終わり、そろばんを鞄に突っ込んで、伸びをする。
「んー……」
すると、扉が開いて、誰かが入ってきた。
「おーい、リク。書類できたかー?」
「あ、はい。ヘクターさん。書類、こちらになります」
「おー、サンキュー」
書類の『束』を受け取ったのは、ヘクター・フォン・アイゼン。
アイゼン伯爵家の次男にして、剣の達人と称されるリクの同級生。
学生冒険者パーティー『ヘクターナイツ』のリーダーであり、学園で確かな発言権を持つ少年だ。
「それじゃあ」
書類の束を受け取りつつ、新しい書類の束をテーブルに置いた。
「明日までにこれよろしく」
そう言って、ヘクターは、リクが仕上げた書類をもって事務室を出て行った。
「……はああぁぁぁぁぁ」
遺伝子に刻まれて孫まで疲れそうな勢いでため息をつくと、書類を見る。
「……徹夜確定だな。ていうか、なんで俺、何十人もクランメンバーがいる中で、雑用をワンオペしてるんだろ」
呟くリク。
だが、返答を求めたわけではなかった。
愚痴など、文句など、聞き入れられるはずもなければ、そもそもそれが原因で退学につながるのだから、返答など求めるはずもない。
その、はずだった。
「それが、もしも、私たちが君を見つけるためだったら、どう?」
「!?」
本気でびっくりするリク。
声が窓から聞こえてきて、振り向くと、そこにいるのは、一人の少女だ。
鮮やかな緑色の髪をショートカットにした、弓を持つ少女。
スタイルがとてもよく、肌の露出は少ないが、それでもわかるほどの胸元だ。
顔立ちは紛れもない美貌であり……耳が、長い。
「あ、あなたは?」
「冒険者クラン『黄昏の盟約』所属、リリア。さっきまで、講堂で話をしてたんだけど、それが終わってここに来たの」
「た、『黄昏の盟約』って、『剣聖ギデオン』が最近、新米として入ったっていう、伝説の……」
リリアは、リクに向かって歩く。
近くまでくると、その美しい顔で、リクの顔を覗き込んだ。
「フフッ、少年」
「え、えっと……」
「もしよければ、こんな『幼稚園』みたいな学生パーティーから、『伝説のクラン』に乗り換えない?」
「…………是非!」
地球からの転生。
地味ながら高性能な転生特典の【木工】スキル。
貴族のワガママを押し付けられて逃げられなかった現環境。
伝説のパーティーからのヘッドハンティング。
物語の主人公になったような気がするのは、むしろ当然のことだ。
ただ、リクは、即答はしなかった。
何かが頭をよぎったのか、嫌な予感がしたのか。
それはともかく、彼はここで頷いたことを、この先、後悔することはない。
ただ、様々な苦労が待ち受けていることを、知る由もなかった。
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