第4章 再会の光
王都での生活にも慣れてきた頃、ブランの元に一通の手紙が届いた。差出人はユリウスだった。
『父と王都へ行くことになった。ブランに会いたい』
その簡潔な文章に、ブランの胸は高鳴った。公爵に相談すると、ブランを孫のように可愛がっているエドモンドは、ブランがお世話になったという辺境伯たちを歓迎したいと快諾してくれた。ブランはすぐに返事を書き、公爵家で再会することになった。
数日後、公爵家に到着した馬車から、シュヴァリエ辺境伯とユリウスが降り立った。秋の気配が深まり、庭園の木々は鮮やかな紅葉に染まっていた。再会を果たした三人は喜び合った。
「ブラン、元気そうで何よりだ」
ユリウスは、再会できた喜びを隠しきれない様子で、ブランを優しく見つめていた。
「ユリウス兄様!辺境伯様!お久しぶりです。お二人ともお変わりなく…」
「公爵家で立派にやっているようだな。安心したよ」
辺境伯は優しい眼差しでブランを見つめた。
「グレイブス公爵、お久しぶりでございます。この度は突然の訪問にもかかわらず、温かくお迎えいただき、誠にありがとうございます」
辺境伯が深々と頭を下げると、ユリウスもそれに倣った。公爵は「気にするな」と優しい笑みを返した。
その日の晩餐は、公爵の計らいでブランも同席を許された。公爵は、孤児院出身のブランが貴族と並んでも遜色ない完璧なテーブルマナーを披露する姿に、ひどく驚いた。
「辺境伯様とユリウス兄様のおかげです」
ブランが微笑むと、辺境伯とユリウスもまた、ブランはどこに出しても恥ずかしくない娘だと誇らしげに笑った。
その日から三日間、辺境伯とユリウスは公爵家に滞在した。日中は、ユリウスがブランを連れて王都の賑やかな街へ出かけた。
石畳の道には、色とりどりの屋台が並び、活気に満ちていた。ブランは目を輝かせながら、焼き菓子の甘い香りに誘われて立ち止まったり、珍しい装飾品を眺めたりした。
「公爵家での生活はどうだ?何か困ったことはないか?」
街を歩きながら、ユリウスがブランに尋ねる。
「はい、とても恵まれています。公爵様も優しくて、お仕事も楽しいです」
ブランは笑顔で答えた。公爵が毎朝喜んでくれることや、リネットやクロードが優しく仕事を教えてくれることなど、公爵家での穏やかな日々を嬉しそうに語る。ユリウスはそんなブランの様子を微笑ましく見守りながら、彼女が欲しそうなものをさりげなく買ってやった。
「わぁ、ユリウス兄様!ありがとうございます!」
ブランが嬉しそうに礼を言うと、ユリウスは頭を撫でてやる。その手つきは、幼い頃と何も変わらなかった。
その間、公爵と辺境伯は公爵家の書斎でチェスを指していた。窓の外には広大な庭園が広がり、遠くには王都の街並みが見えた。白熱した対局の合間、辺境伯がふと口を開く。
「実は、ブランを養女に迎えたいと考えていたのですが、それではユリウスと結婚させられなくなる。だから、どこか信頼できる貴族に彼女を養女に出したいと考えているのです」
辺境伯の言葉に、公爵は静かに応じた。
「奇遇だな。私も少し前からブランを養女にしたいと考えていた」
辺境伯は驚きながらも、心の底から喜んだ。
(これでブランは間違いなく幸せになれる。公爵家なら、誰も文句は言えまい)
その日の夜の晩餐。食事が一段落したところで、公爵と辺境伯はユリウスとブランに語りかけた。
「二人に、私と辺境伯から話がある」
公爵が切り出すと、二人は緊張した面持ちで公爵を見つめた。
「ブラン、君を私の養女に迎えたい。そして、シュヴァリエ家のユリウスと婚約してはどうかと考えている」
突然の申し出に、ユリウスとブランは驚き、お互いの顔を見合わせた。
(ユリウス兄様と婚約…まさか…)
(ブランと結婚…いや、それは…)
沈黙が流れる中、ブランはゆっくりと口を開いた。
「公爵様、辺境伯様…大変ありがたいお話です。でも…」
ブランは言葉を選びながら、真っ直ぐにユリウスを見つめた。
「ユリウス兄様が見つけてくれたから、私は生きている。そして本当に色々なことを教わって…ユリウス兄様は私にとって兄であり、友であり、師であり、家族なのです」
その言葉に、ユリウスは静かに頷いた。ブランとユリウスの絆はとても深い。ユリウスにとって、ブランは自分で見つけた宝物だ。馬小屋でブランを拾った時、ユリウスは10歳だった。それから16年、ユリウスはブランに献身的に愛情を注いだ。惜しみない家族の愛を。
二人の間に男女の愛はないと知り、辺境伯はがっかりした表情を見せた。しかし、すぐにその表情は穏やかなものに変わった。
(ユリウスと結婚しないのは残念だが、ブランの幸せが一番だ。公爵家で養女になれるなら、これ以上の幸せはないだろう)
公爵は優しく微笑んだ。
「ユリウスとの婚約はあくまでただの提案だ」
そして、公爵はブランの目を見て、語りかける。
「君の誠実で優しい心は、いつも私を温かくしてくれた。私は心から君を家族として迎えたいのだ」
公爵と辺境伯の温かい気持ちが嬉しくて、ブランは激しく涙した。