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第2章 運命の輪

 春の陽光が降り注ぐ、ブランの16歳の誕生日。孤児院の庭は、子どもたちが摘んできた色とりどりの野花で飾られ、ささやかだが温かい誕生日会が開かれていた。テーブルの中央には、みんなで作った可愛らしいケーキが置かれている。

「ブラン姉ちゃん、お誕生日おめでとう!」

幼い子どもたちが、手作りの花冠をブランの頭に乗せる。金色のゆるやかな巻き毛に、可憐な花々がよく似合っていた。透き通った青い瞳は、嬉しさに満ちてきらきらと揺らめいている。

「ありがとう、みんな」

ブランが微笑むと、子どもたちは一斉に歓声を上げた。ユリウスも遠巻きにその様子を微笑ましく見つめていた。ブランの優しい笑顔と、誰にでも分け隔てなく接する思いやりの心は、孤児院全体をまるで春の陽だまりのように温かく包んでいた。

 

 その日の午後、孤児院の夕食に使う食材を買いに、ブランは一人で町の商店へ出かけた。石畳の道は多くの人で賑わい、活気のある声が飛び交っている。ブランが会計を待っていると、ふと年老いた女性と目が合った。彼女はブランを見るなり、目を見開いて驚き、手にした、色褪せた絹の布が入った買い物かごを落としかける。

「あ!」

ブランが慌てて拾い上げようとすると、老婦人は震える手でそれを制した。

「大丈夫です。それより…あなた…お名前は?」

その尋ね方に、ブランは少し戸惑いながらも答えた。「ブランです」

その答えを聞くと、老婦人はまるで幽霊でも見たかのように顔色を変え、足早に店を去っていった。その後ろ姿は、年老いた体にもかかわらず、どこか切羽詰まっているように見えた。

(一体、どうしたんだろう…?)

その様子にブランは首を傾げたが、深く考えることなく、買い物を終えて孤児院へと戻った。

 

 数日後、孤児院に一台の立派な馬車が停まった。漆黒の馬車には公爵家の紋章が誇らしげに刻まれており、周囲の視線を集めている。中から降りてきたのは、あの時の老婦人と、背筋の伸びた壮年の男性。男性は公爵家の執事クロード・バートンと名乗り、老婦人は公爵家の侍女リネット・グレンジャーだと自己紹介した。

クロードは礼儀正しく頭を下げた。「突然の訪問、ご容赦ください。我々は、ブラン様にお目通り願いたく参りました。公爵家で、侍女として働いてみませんか?」

「わ、私にですか?」

ブランは戸惑いながらも尋ねた。

「なぜ…私のような孤児を、公爵家で侍女に…?」

リネットはブランのまっすぐな問いかけに、一瞬言葉を詰まらせた。そして、慈しむような、それでいてどこか悲しみを帯びた眼差しでブランを見つめ、静かに答えた。

「その理由については、今はまだ申し上げられません。ですが、決して悪いようには致しません。どうか、信じてください」

返事を保留し、公爵家の使いは一度帰っていった。

 

 夜になり、ブランはベッドの中で、リネットの言葉を何度も反芻した。公爵家で働く…その誘いは、彼女の心にひとつの希望を灯した。

(このまま孤児院にいるだけじゃ、いつまでもみんなに甘えてしまう。外に出て働いて、少しでも恩返しがしたい)

特に、貧しい孤児院に多額の寄付をしてくれているシュヴァリエ辺境伯とユリウス兄様には、いつかきっと恩返しをしたい。そう強く願っていたのだ。

 翌朝、ブランは公爵家での侍女の仕事を承諾することを決意し、院長先生にその旨を伝えた。

その決意に、ユリウスは激しく反対した。

「駄目だ、ブラン! 王都は君が思っているほど甘い場所じゃない。身分が低い者は、いつ理不尽な目に遭うか分からない。危険も多い。君の身に何かあったら…」

ユリウスの深い心配と愛情が伝わってくる。だが、ブランの決意は揺るがなかった。

「ユリウス兄様、私、このまま孤児院にいるだけでは、皆さまに恩返しができません。兄様から教わった読み書きも、マナーも、きっと役に立つはずです。私、頑張ります」

ブランのひたむきな想いを知り、辺境伯は静かに言った。「ブラン、我々はいつも君のことを応援している。王都へ行っても、どうか自分の選んだ道をまっすぐに進みなさい」

ユリウスもまた、ブランの頭を優しく撫で、寂しげに微笑んだ。「王都で会おう、ブラン。その時は、立派なレディになった君を、私に見せてくれ」


 出発の日、たくさんの人たちに見送られ、ブランはシュヴァリエ辺境伯が用意してくれた立派な馬車に乗り込んだ。きれいに磨かれた馬車の窓からは、孤児院の小さな庭、そして皆の笑顔が見える。

「兄様、辺境伯様、孤児院のみんな。ありがとう…そして、いってきます」

故郷を離れる寂しさはあったが、それ以上に、新しい世界への期待と、皆への恩返しという使命感に胸が膨らんでいた。

(兄様、辺境院のみんな。そして辺境伯様。いつか、必ず立派になって、恩返しをしてみせるから)

 馬車はゆっくりと走り出し、ブランは窓の外に見える見慣れた景色に別れを告げた。遠ざかる町並み、丘の上に広がる広大な森。彼女を乗せた馬車は、王都へと続く街道をまっすぐに進んでいく。それは、運命という名の大きな歯車が、静かに動き出した瞬間だった。


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