第8話 新しい朝(にく、にく、にく)
「おはよう、ヴェイン」
「ユーウェ、おはよー。ちゃんと寝れた?」
「うん」
「朝ごはん、昨日と同じでいい?」
「うん、ありがと」
朝、慣れない挨拶を少しの照れと共に交わし、凝り固まった体をほぐして一日が始まる。
森を進み始めてすでに四日目。
距離はそこそこ稼げていると思う。
理由はやっぱり最強元聖女様ユーウェの魔法のおかげ。
数時間毎に馬の回復をしてくれる。これがやっぱり大きい。
夜に弱いのか、ユーウェは移動中に寝ちゃうことが多いから、俺がさらに数時間進んで安全な場所を見つけたらそこで休憩。
ユーウェを抱っこしたまま木の上とか、チョイチョイって登って就寝。
一回木の上で蛇に襲われそうになったけど、何とかそれは防げた。あれは危ない。でも地上でごろ寝もできないしなぁ。
そろそろどこか、数日体をゆっくりと休められる場所を見つけたい。
あとずっと前から気づいてたんだけど、やっぱり魔抜けって体が強いんだと改めて実感。
ユーウェがあの日言ってた弱い人間に魔力を与えた、んで弱くない人間には魔力はないって説、本当かもって思うくらいにそこそこ強い。
だって街中で暴力振るわれたりしても「あー、いてー」ぐらいで終ってたし。さすがに剣でぶった切られたら死ぬけど、拳じゃ体は壊れなかった。
魔抜けって丈夫だわ。この情況で特にそれを感じる。だって、俺の心臓、まだ過労死してないし。一生分の鼓動をすでに刻み終えても生きてる。
「清廉なる神、光の主、我らの罪深き手を取り、導きたまえ」
ピーチク煩い小鳥よりも可愛らしい声が、さえずるように魔法を詠唱する。
広がった魔法がユーウェの体を包み込んだ。
サラサラな白銀の髪が朝の光を浴びて煌めく。すげー、魔法、すげー。全然汗っ臭くなんてないのに、毎日ちゃんと魔法で体を清めてる。清潔感たっぷり。さすが元聖女様。
「ヴェイン、これ、昨日の服。こっちも綺麗にしておいたから。こっちはお水」
「ありがと。助かる」
俺? 俺は、ほら、魔力なしどころか、魔力弾いちゃうからね。魔法で綺麗にできないのさ。はっはっは。
兵士の荷物にあった服を交互に着て、使った服だけ綺麗にしてもらって、体はお水でゴシゴシだ。
うーん、髪の毛を短くしようかな。箒みたいに広がった後ろの毛、ちょん切ってしまいたい。汗をかくとどうしても気になる。ぬちょー、べちょーって首にくっつくのが鬱陶しい。
ま、これでも町の中にいた頃よりは清潔にしてるほう。
だって、ほら、毎日毎日憧れの人と超至近距離、肌と肌が触れ合う態勢で馬に乗ってるからね!
この人、くっさ~い、やだ~とか思われたらたまりませんから。清潔感、大事。超大事。
顔、口、体、全部水で綺麗にして、服も着替えてユーウェのところに戻る。
彼女は馬まで綺麗にしていたらしく「よし、今日もお願いね」と声をかけていた。なにそれ、可愛いだろ。
いや、俺も馬に声かけてたけどさ。オットーじぃとかポリーばぁに。
俺がやっても変な目で見られるだけなのに、ユーウェがやると美しい光景になる。これぞ、「ただし美女に限る」ってやつ。うはー、実例を目の前で拝めるとは思ってなかった。眼福眼福、感謝感謝。
「水、ありがと。んで、こっちが昨日取ってきた肉と薬草」
「ありがとう。うん、食べても大丈夫」
魔力を通して確認したユーウェが微笑む。うん、いい笑顔。
だがこの魔力での確認がちょっと曲者。
基準は”毒が入っているか入っていないか”、あるいは”人間が食べても良い物かどうか”ということ。
これに味や食感はまっっっっったく含まれていないんだ。
最初に”食べられる”と判断されて食べた木の実は超絶渋かったし、その次に挑戦した芋っぽい何かは木くずを食べてるような虚しさだった。
もちろん、ユーウェに得体の知れないものを食べさせるなど言語道断なので、すべてこの頑丈な体を持つ俺が挑戦させていただきましたとも。
身を挺してかばう。ふっ、俺、格好いい。ふはっはっはっ! はぁ……、そこしか出番がないとも言う。
「兵士たちの荷物に小型ナイフとカップがあったのは良かった」
「飲み物と簡単なお肉は焼けるね」
尖らせた木の串に肉を刺し、ユーウェに作ってもらった火でじっくりと遠火であぶっていく。
軽く薬草を散らしたら、肉食系朝ごはんの完成だ。
「そろそろ、硬くってまずくてもいいからパンが食いたい」
「これも美味しいよ? お肉をこんなに食べられるの、夢みたい」
意外に肉食なユーウェが串にかぶりついて目を細める。
「教会の食事は野菜ばっかり?」
「お肉も出るけど、量が少なくて。聖女がそんなに肉をがっつくものじゃないって遠回しに言われたことあるし」
「うわー、なにそれ。聖女なら好きなものたくさん食べてんのかと」
「全然。お菓子とか果物はたくさん貢物であったけど」
「あ、贅沢だわ」
「うん、それは分かってる」
少し視線を下げるユーウェに同情する。自分のいる環境が恵まれているというのは理解していたから、好きな食べ物をもっと食べたいと言うことはできなかったんだろう。いい子じゃねえか、ユーウェ!
ぽつぽつと、お互いの人生を振り返る。
それは互いのことを知りたいという願いからではなくて、旅の間の空白の時間を埋めるただの会話。
それでもあの国の王都の頂点と底辺にいた二人が、生活や考え方の違いを少しずつすり合わせていく過程は興味深く、楽しいものだ。
「昨日さ、木に登った時、北東方向に湖みたいなのが光の反射でちらっと見えた。少し北東に進路を曲げてもいい?」
「うん、いいよ。お魚いるかな?」
「いたら食うの?」
「……食べられるのなら」
視線をすいーっと泳がせてユーウェは答える。素直なこった。
肉は魚の肉でもいいらしい。願いがかなうかどうかはその場所に着いたら分かるだろう。
「捕まえるの、手伝ってな」
「任せて。魔法を考えておく」
聖女様の魔法をぶっぱなしたら湖に住む魚が消えてなくなりそうだ。
大慌てしながらも「大漁!」とか喜ぶ姿が目に浮かび、俺は白湯の入ったカップに口を寄せながらふっと笑った。