第6話 魔力はパワー(おおおおおお)
二人で進むことが決定したので、俺は辺りを見回して次にやるべきことを頭に浮かべる。
兵士が二人戻ってこないから、捜索がされる可能性が高い。そうなったら、木々が倒れている状況を見てこの場所はすぐに見つかるはず。
となると、残しておいたらまずいものがいくつかある。
兵士たちが乗っていた二頭の馬を確認し、連れていく一頭を決める。
「聖女様、いくつかお願いがあります」
「はい」
体の前で手を組み、見上げてくる聖女様。
罪人が着る粗末な貫頭衣を纏っているのに、儚げでそれでいて美しい。
見とれそうになった視線を引きはがし、指先をうっすらと魔法陣が残る地面と、壊れたというか聖女様が破壊した馬車に向ける。
「兵士の捜索がされてここが見つかった場合、これがあるとまずいので魔法陣を消すのと、馬車の残骸を獣が襲ってきたみたいにもうちょっと乱暴に砕いてもらっても?」
「はい。分かりました」
「あ、それと……さっき伝えたかもしれないですけど、馬車の中に服と靴があるんで」
「あ、そうでした。ありがとうございます」
馬車をもっと破壊する前に荷物を出して、もうちょっと防御力の高い服に着替えて欲しい。今の格好は破壊力が高すぎるからな、俺の理性の! はっはっは!
よし、んで、今俺がすべきは馬に乗ってる兵士の荷物と鞍の確認。
二人乗りなんてやったことねえけど、聖女様には前に乗ってもらえばいいんだよな?
うおー、緊張するべ。静まれ、心臓。過労死するにはまだ早い。
とその時、後ろから立て続けに破壊音がして慌てて振り返る。
――バギョ! ベギィ! ドガン! バゴン!
聖女の魔法が、すでに分解されていた馬車をバッキバキに壊していく。
ちょっと顔が晴れ晴れしているように見えるのは気のせい。破壊を楽しんでいるように見えるのも気のせいだ。
続けて地面を隆起させ、血で描かれた魔法陣をあっという間に消し去った。
うん、なんかその光景見てたらいつの間にか心臓が大人しくなってた。正直者だな、俺の心臓くんは。
それにしても、いやぁ、さすが聖女様の魔法がすごい。
でもちょっと疲れてる感じもする。そりゃ、訳の分からん罪を着せられて、王宮から追い出されて、森を追いかけられて突っ走って、命の危険乗り越えたと思ったら、瀕死の俺を治して、そんでまたこんな男に労働させられて。疲れるに決まってる。
「聖女様」
「あ、終わりました」
「ありがとうございます。これ、兵士の支給品だと思うんですけど、魔法薬が入っていたので使ってください」
「え、でも……」
視線を俺の手元に落とし、すぐに俺の顔を見る。
遠慮をしているようだけど、これは俺には必要ないものだ。
ゆっくりと顔を左右に振って、理由を告げる。
「俺に魔法薬は効かないので。それに、情けないけど、これから森を進むには聖女様の体調が万全なほうがよっぽど安全ですんで」
「それでしたら」
納得した聖女が俺の手から魔法薬を受け取り、封を開けて一気に飲み干す。
直後、眉がキュッと寄って、唇をムギュゥッとひん曲げた。
どうやらクソ不味かったらしい。
飲んだことないから知らないけど。
「不味いんです?」
「……教会で飲んだことのあるものとは違って、体験したことのない味をしていました」
「不味いんだ」
婉曲な言い回しだけど、結局は不味いってことだろ。
こんな場所で、俺に対してそんな着飾った言い方をしなくてもと、ふはっと笑う。
「……不味い、です」
渋々と、でもちょっとだけ楽し気に口元をもにゅりと動かして聖女は告げた。
ちょっと、可愛いんですけど。心臓くんが騒ぎ出しちゃうじゃないですか。
「あー、馬は一頭このまま森に放ちます。囮になってくれるかもしれないので。で、もう一頭に乗るんですけど、聖女様は前で。俺は誰かと二人乗りしたことが無いので、できれば、その、馬をまたぐ格好でお願いします。獣に追いかけられた時、速度を出せなくなるので」
「分かりました。問題ありません」
女性は横向きで座るのが確かマナーだとか思った。でっかい屋敷のどっかでそんな乗馬訓練をしている人を見たことがある。
こっちに気づいて悲鳴上げられたけど。その後に厩番たちにばちくそ殴られて死ぬかと思ったけど。
聖女は一旦森の中に入り、そこで俺が準備していた服に着替える。
金の無い魔抜けが用意した服だから上等なものでもなんでもないけど、それでも聖女は綺麗だった。
「それじゃ、荷物を」
残りの荷物を受け取り、鞍の後ろに括り付ける。
ついでに聖女が着てきた貫頭衣をびりびりに破いて逃がす馬の馬具に適当に挟む。これで、多少は聖女の生死や行方が分からなくなるだろう。
さあ、出発の準備は整った。
最後に辺りを見回して確認をしていると、聖女がどこか遠慮がちに声を上げた。
「あの」
「はい?」
首を回して聖女と目を合わせる。
うぉ、綺麗な色。銀のような、水色のような、空の星のような色だ。
「その、御者さんの名前、教えてください」
「あ」
そういえば、名前を教えてなかった。
誰かに名前を聞かれたのなんて、何年ぶりだろう。
胸の奥に理解できない感情が浮かぶ。嬉しい。俺という存在を、一人の名前のある人間だと認めてくれた。そう、そんな喜び。
「ヴェイン、です」
「ヴェインさんですね」
「あ、その、呼び捨てで構わない、です。あと、敬語もなしで構わない、です。そんなに丁寧に喋ってもらったことないんで、慣れなくて」
「はい、では、ヴェイン。分かり……分かったわ」
俺の一方的な頼みを聞き入れ、聖女はふわりと笑う。
名前を教えただけなのに、こんな笑みをいただけるなんて俺、なんて幸運。
「聖女様のお名前は?」
「はい?」
「あ、俺に呼ばれるのが嫌なら言わなくてもいいんですけど」
「いえ、違います。じゃなくって、違うの。その、名前を聞かれるのがとても久しぶりだったから」
おう……聖女様の名前って知ってて当たり前だからか。
しまった。興味がないみたいに思われたかもしれない。
でも全くの他人が自分の名前を知ってるって、逆に気持ち悪くない? 「え〜、なんで知ってるの? ヤダー」ってならない?
裏路地で見た面倒臭い性格の給仕の姉ちゃんみたいな声が脳内で響く。くっ、反論できないのが悔しい。所詮、俺は存在しているだけで軽蔑される魔抜けなのだ。
「周りは聖女としか呼ばないから……自分の名前をみんな知ってるのかと、昔はよく思っていたなと。だから聞いてくれて嬉しい」
瞼を伏せて告げる聖女に。心臓がグギュュリュンっと変な音を立てた。
うをぃ! 聖女様を悲しませてんじゃねえぞ!
思わず上着の心臓当たりを抑えて呼吸を整えていると、聖女が顔を上げて俺と視線を合わせた。
星の輝きを詰めたような瞳が揺れる。
俺の、心臓、止める気かな!? せっかく助けてくれたのに!!
「私の名前はルヴェリア・ユーウェ・エリュシュア、です」
「ルヴェリア、ユーウェ、エリュシア、さん」
「うん」
……長い。
え? これってどこを呼ぶのが正解?
全部? 聖女様の名前なら全部?
「あーっと、呼ばれたい名前はどれですか?」
俺の問いに、聖女は瞳の中の星の輝きを強くした。
そして柔らかく微笑んで告げた。
「ヴェインの好きなように、呼んで?」
こ、殺す気ですか?
せっかく助けてもらったけど、俺の心臓はもう瀕死ですよ。バックバクのドッキドキですけど!
「えっと、その、真ん中の、ユーウェ、が綺麗かなって」
「それじゃ、ユーウェで」
「いいんです?」
「いいよ。その代わり、ヴェインも言葉を崩して」
「え? でも」
さすがにそれは不味くないっすか?
聖女様となれなれしく会話だなんて、裏路地にごろごろいる聖女様の熱狂的ファンから顔が変形するまでぶん殴られちゃう。
あいつらは俺と同じ魔抜けだから、馬鹿力が揃ってるんだ。乱闘騒ぎになったら決着がつかないくらい、頑丈なやつらばっかり。
そうやって躊躇する俺の目の前で、聖女は、ユーウェは緩くかぶりを振った。
風でゆったりと揺れる銀の髪を目で追う俺の耳に、どこか悲し気な聖女の声が届いた。
「聖女は、もういないの。教会からも国からも見放された私に、かしこまる必要はないわ」
この場所で、聖女は死んだことにするからと。
俺は返す言葉もなく、頷くしかできなかった。