第57話 話し合い(みつだん)
婆と一緒に俺たちが森から戻り、早速裏路地ギルドでは今後の動きについて打ち合わせが始まった。
……もうちょっとゆっくりしたいけど、仕方がないね。
婆が急ぐ理由は分かってる。
新しい聖女の任命が近い。
そうなれば教会と王族の距離は一気に縮まる。それが何を指すのか俺には良く分からないけど、良くないことだってのは分かるし。
ってことで、狭い部屋にごちゃっと人が集まりました!
今日は「悪用されそうな魔法陣はぶっ潰そう」大作戦の前準備。
情報整理の場に近いので、集まったのは十人にも満たない。ギルド員は様々な場所に潜伏しているけど、直接ギルドに顔を出せない立場にいる人たちもいる。だからここにいるのは、それぞれの場所の連絡係といったメンバーが主だ。
そして元聖女様……はもう死んだことになっているので、森から来たユーウェという魔法陣研究者が作戦の新規メンバーとして紹介される。
うーん、森から来たって、なんか野生児に聞こえる。しかも死の森だし。今度ユーウェの設定をみんなで考えようね。
俺もギルドの実態は全部知らないけれど、所属しているメンバーは王宮や教会、主要貴族の家に入り込んでいる、らしい。
元聖女様を王都から逃がすドキドキハラハラ作戦の時、俺は最後の最後でしか関われなかったけど、それらのギルド員が命の危険をおかして作戦に協力した。
聖女が魔抜けは神に見放された存在ではない、と養護してくれたから。
裏路地ギルドが存在している意味――魔抜けを守る、それを後押ししてくれたから。
聖女の言葉により、少なからず一部の市民が意識を変えて魔抜けを人として扱うようになった。それにより、どれだけ多くの魔抜けが救われたことか。
であれば、聖女を救うべきだと。
全員、聖女に生きていて欲しいと願った人たちだ。
聖女ルヴェリア・ユーウェ・エリュシュア。
”光を纏う夜明け”の意味を持つのだと、ユーウェが教えてくれた。
聖女としての光が消えようとも、ユーウェは俺たちの希望なのだ。
「まず決めておかねばならぬのは、最終的にどうしたいかじゃ」
コンっと杖で床を強く打ち、婆がその場に集った者たちの注意をひく。
ちらちらとユーウェを盗み見していた人たちの姿勢がすっと伸びた。
分かる。分かるよ。綺麗な人がそこにいたらつい見ちゃうよね!
こんなぼろくて暗い裏路地の一室でも、ユーウェは間違いなく光輝いて見えるから。
おい、そこの男。ユーウェの隣に座ってるからって俺を敵視するんじゃない。絶対にゆずらねえからな、この特等席は! はっはっは、そこで羨ましがってろ!
「分かっておるだろうが、魔法陣が拷問などに悪用されている場合、魔法陣に関わる資料に加えて、それを行使している者たちも対象になる」
対象――”何の”とは問わない。このギルドが掲げている名前、暗殺ギルドが明確にそれを表しているから。
ユーウェの膝の上、組まれた両手に力が込められた。うー、あんまり残酷な話はしないでね、婆。お願いよ。
ユーウェが弱く無いことは分かっている。幼い頃から見ていたあの夢のせいで、精神的にはめっちゃ強い。
過保護になっちゃうのは、もしかしたら変人魔法使いのせいかも。傷つかないように、その命が失われないように。守ってあげたい気持ちが先走る。
俺の一方的な気遣いの眼差しに気づくことなく、ユーウェはキリッとした顔を上げて口を開いた。
「……教会では、罪人の拷問に使われていました。一部の祭司が魔法陣の研究と運用に関わっていると思われます」
「うむ。それはカメリアからも聞いておる。教会に入っている者によれば、関係者は多くない。五から八人程度とのことだが、それはユーウェの認識と合っておるか?」
「はい」
ユーウェが深く頷く。
つまり、教会の中には対象者がいることが確定だ。
教会にある魔法陣の使われ方、関わっている者たちの性格からして更生は期待できないから。
コトンと再び杖が床を鳴らす。その音に続き、一人の男が口を開いた。
「王宮の秘匿された図書館、および公開図書館から、魔法陣に関する書物は回収済みです。現在使われている魔法陣は二カ所あることが分かっています」
ふむっと婆が頷く。ってか、回収済みなんだね、本。王宮から。
いいの? そんなにさらっとさ、王宮にあったものを盗んじゃっていいのかな? 見つかったら死刑確実じゃない? 俺の心臓バクバクだよ?
ふふーっと長い息を吐き出す。
俺が一人で焦っている間にもその間にも報告は続く。
「一ヶ所は王宮の前庭にある噴水を動かす動力として使われています。敷地内にいる人々から少量の魔力を集め、水を循環させるシステムです。おそらく誰も噴水が魔法陣で動いているとは知らないため、そのままにしておいても問題ないと判断します」
「なるほど。王宮にいるものたちも気づいていないのであれば、良いだろう。その噴水が建設された当時の資料は?」
「設計図に魔法陣の記述が無いことを確認済みです」
ってことは噴水を作る際に、魔法使い自身が全て一人で魔法陣を作って、資料を残さなかったってことかな。
ううん……なんだろ。機能的に考えて、王宮の人たちが魔力を好き勝手扱えないようにするみたいな、腹黒い意図を感じるのは俺だけかな。じんわり魔力を吸い取ってるってことだからさ。
記憶をぐりぐりと探って、噴水作成当時の魔法使いの行動を考える。あんまり楽しい精神状態じゃなさそうだから、触れないでおこう。ま、変人魔法使いの狙いがどうであれ、今は平和的に使われているのであればそのまんまで大丈夫だろう。
無理矢理に納得させて、残る魔法陣の情報に集中集中。
「最後の一つは、教会と同じく拷問のために使われています。場所は王宮魔法使いが務める魔法省の地下です」
「また厄介な……」
「一人仲間がいますが、地下を自由に出入りできる立場ではありません」
ああん? 魔法省? ってあそこだよね、変人魔法使いも一時期所属していたくらい、自信がある魔法使いならば誰もが憧れる伝統あるとこだよね。うようよ強い奴らがいそう。もしかして森の屋敷を襲ってきたお客さんも関係してたりするのかな。
正面突破はまず無理ってことか……なんかやばい? 凄くやばくない? さすがに俺たちには手を出せないんじゃない?
「……魔法省には伝手が無いこともない。探れるところは探っておこう。その間に教会への対応を進めることとしよう」
優先順位をささっとつけて、婆がこの場の話し合いを閉める。婆、どんな人脈なんだ……聞かないけど。
ほっと息を吐いたユーウェと目を合わせる。そういえば、裏路地ギルド員デビューだ。こんな殺伐とした内容の会議に初めて参加するなんて緊張するよな。
「疲れた?」
「ちょっとだけ。でも不謹慎だけど、ドキドキする」
「あー、うん。気持ちはわかる。実働部隊はこんなことばっかりやってるんだろうけど、すごいなぁ」
「カメリアとゲッコーに改めて感謝だね」
「いや、それは必要ないから。うん」
全力で否定しておく。
感謝などしなくていいよ。そんなことしなくてもあいつらは好きで実働部隊にいるんだし。
もしどうしてもというんであれば、俺から熱ーい感謝の気持ちを伝えておくし。婆の調味料に丁度いいのがあるんだ。体温を一気に上げてくれるような激辛香辛料とか。
うん、ありったけ準備しておくから、いつでも任せてね!