第56話 価値がある(けんりもある)
階下の喧騒が丸聞こえな裏路地ギルドの二階。
ぐらつきを直そうと適当に脚を切るのを繰り返した結果、低くなりすぎたテーブルの前で、俺はギルドの重要な一員をユーウェに紹介する。
「ユーウェ、こちらが裏路地ギルドの実質のトップ、ニャア氏。失礼を働くことがないように気を付けたまえ」
「え? ニャーシさん?」
「違う違う。最後の”し”は人の敬称。ユーウェ氏みたいな」
「ニャア氏さん?」
「うん。正解」
頷いた俺の前で、ニャア氏の長い尻尾がゆーらゆーらぺちり、ゆーらゆーらぺちりと揺れる。どうやら俺の紹介の仕方に不満はないようだ。
うんうんと頷くと、後頭部にゴツンッと痛みがはしる。手を頭に当てて振り返れば、案の定、呆れた顔をした婆がいて、凶器である杖の先を回していた。
「阿呆なことをぬかしておらんで、さっさと座れ」
「ほーい」
「はい」
それぞれ返事をした俺たちの横を通り過ぎ、婆がテーブルの反対側の椅子に腰を下ろす。と同時に足音もなく軽やかにニャア氏がその膝の上へと移動した。
俺たちはゴミ捨て場から拾い集めたせいでチグハグな椅子に座り、婆の話が始まるのを待った。
いや、その前に、めっちゃ自然にここにユーウェを通して、婆と向き合ってるけど、ユーウェって婆の正体知ってたっけ? あれ? 俺、説明してないよね?
「ね、ユーウェ、婆がギルド長だって誰かに聞いた?」
「うん。婆様ご本人から」
「え? ほんと? 婆が? 珍しいね、婆」
最後は婆に向かって言う。
婆が自分からギルド長だと名乗るのは滅多にない。俺はガキの頃に連れられてきて、雑用とか下っ端とか使いっぱしりとか色々働かされた後に知ったのに。
絶対贔屓してるでしょ、という思いを視線にこんもり乗っけて送る。
あのお肉二倍増しなピクニックランチは、絶対に気のせいじゃない。おこぼれに与れたから誰にも言ってないけど! カメリアあたりに自慢したかったけど、言わなかったんだぞ。貴重なチャンスだったのに!
「はぁ……そのことはまた後で話す。それより先に、預かってた金を渡すぞ。保管していた荷物もだ」
「そっか。うん、ありがとう、婆」
とは言っても、俺の荷物なんて多くはない。
元々魔抜けが持てる財産なんて少ないし、それに俺は聖女を逃がすつもりでいたからここに戻ってくる気もなかった。だから残ったものはいらない物ばかりだ。
それを婆に渡した時も「捨てておいて」って言ったはずなんだけどな。婆、最後になるかもしれない人の頼みくらい、きちんと聞こうよ。でも、取っておいてくれたことが嬉しくって、鼻の奥がむずむずする。猫の毛が入ったかな。
「まずこれが預かっていた分と、こっちが残りの金だ」
ニャア氏を膝に置いたまま、動きにくそうにして婆が二つの小袋をテーブルに置く。
あれ? それってどこに持ってたの? 袖の中? 重くない? ずるずる上着が脱げちゃわない? 誰も婆の上半身裸を見たいとか思わないだろうけど、心配になるよ。
「ほれ、さっさと中身を確認せえ」
「あ、うん。ユーウェ、そっちの中のを数えてもらっていい?」
「いいよ」
じゃらじゃらと硬質な音を立てて、見たことも触ったこともない色の硬貨が小袋から流れ出る。うおおお、怖い。輝きが怖い。
前金をもらった時は、ユーウェを逃がすための準備で裏路地ギルドもドタバタしてたし、俺のボロ宿じゃ安全じゃないからそのまま丸っと婆に預けたんだっけ。
五枚ずつの山を並べて適当に数える。そんな俺の横でユーウェが慎重に一枚一枚指で滑らせて数えていた。
なに、可愛い。ニャン氏がユーウェの指の動きを追ってるのもちょっと可愛い。普段のふてぶてしさが一割くらい減った気がする。
「……これ一枚で魔抜けだったら半年は生活できるっていったらユーウェの心臓が止まりそうだね」
「にじゅう、はち、にじゅ……ふぇ!?」
俺の呟きにユーウェが驚きの声を上げた拍子に、金貨がシャッと勢いよくテーブルの上を滑る。
端から落ちてしまう前に、ニャン氏の手が素早く伸びて、タシッとテーブルに押さえつけた。素晴らしい反応。流石ニャン氏。暗殺ギルド構成員として完璧な動きだ。
「ほら、次は二十九だよ」
「え、え、えええ……」
「まったく。大馬鹿者が」
婆の呆れた声を無視して、ユーウェが数え終わるのを待つ。
間違いなしと婆に報告した後、金貨を袋に戻し、そしてそれをユーウェの前に置き直した。
パチリと瞬いた星に、俺のでろりと溶けた顔が映りこむ。うん、そいつ、ちょっと邪魔だね。
すいっと顔の位置をさりげなく変えて、真剣な表情を作る。俺、ちゃんとした顔もできるんです。
「これはユーウェの分だから」
そう告げた直後、お金と俺を交互に見て口を開こうとしたユーウェを手で制す。
ちょっと待ってね。言いたいこと、先に言わせてもらっていいかな? いいよね? 特に無ければ続けますよ?
「任務は半分成功で半分失敗。俺だけじゃ、『聖女を森に捨てる』って依頼を達成することはできなかった。俺はあの森で死んで、このお金を受け取ることもなかったはず。だから、俺を助けてくれたユーウェには報酬を受け取る権利がある」
最後にダメ押しとばかりに、お金の入った袋をユーウェの手の中に押し付ける。
ユーウェはそれを両手で包むようにして、俺の体の前に押し戻そうとする。やっぱり一回の説得じゃ納得できませんよねぇ。
「あの時、本当に救われたのは私の方だから」
「じゃ、お互い様だ」
ニカッと笑う。
そう、お互い様だから。
助けたいと思った。
生きていて欲しいと思った。
死なないでくれと願った。
だからこのお金は山分けが正解なんだ。
「それに、ユーウェは現金全く持ってないでしょ。ギルドからお金借りれるけど、婆はそこそこがめついからね。ここで暮らす間、お金はあった方がいいって」
「うるさいぞ」
婆がニャン氏の背を撫でながらふんっと鼻を鳴らす。
裏路地ギルドの金利は相手によって変わるという鬼畜なシステム。ユーウェにだったら無利子で貸し出してくれそうだけど、わざわざ進んで借金を背負う必要なんてないから。
「あの……」
躊躇いがちにユーウェの口が開閉する。
覚悟を決めるように唇の上を滑った舌先にドキリとして、視線を口元からユーウェの瞳へと動かす。
真剣な眼差しに、どんな言葉でもユーウェの気持ちを受け止めようと頷いて先を促す。
そしてユーウェはこう言った。
「お金の価値を、教えてください」
……もちろんですともぉ!