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第5話 初めて感謝(かろうし、ダメ)



 さすさすと俺の体を揺するやつがいる。

 オットーじぃかホリーばぁかな。飼い葉を変えろとか、水を持ってこいとかだろうか。

 へいへい。人間にもなれない犬畜生以下の俺様が馬車馬のごとく働きましょうかね。馬車馬のために! はっはっは!


「……目が、覚めましたか?」

「へい?」


 ぱちりと開けた視界に、銀色の光が揺れる。

 違う。聖女の髪だ。さらりと肩から流れた白銀の髪が、夜空に浮かんだ月の光を浴びて淡く煌めく。


「あの、体調は、どうですか?」


 再び声を掛けられ、俺はきっかり五回瞬きをしてから「生きてる」と呟いた。

 それから恐る恐る地面を、っていうか体の下にある馬車の扉に手をついて上半身を起こす。

 間近に迫った聖女の顔から視線を逸らし、両手を握っては広げてを繰り返して、違和感がないという違和感を実感する。


「生きてる。怪我が、治ってる」

「底上げした生命力で、怪我を治療しました」

「……オットーじぃとホリーばぁ」

「え?」


 顔を上げ、二頭の愛馬がいた場所を見る。

 そこには彼らがいたという痕跡すら何も残っていなかった。

 俺の視線を追い、聖女が「馬さんたちは、魔法陣発動の後に全て魔法陣に吸収されてしまいました」と小さな声で説明する。

 ……馬さん。何その言い方。ちょっと可愛いんじゃね。

 首を正面に戻すと、俺の体の横に膝をついた聖女と目が合う。


「すみませんでした」


 突如、聖女が謝罪する。

 なんででしょ?

 首を傾げると、聖女は両手を握りしめて唇を開く。


「大事にされていた馬さんを、その……魔法陣で……えっと、」

「んー、あいつら、大きな怪我してて、ここからは動けなかったから。どのみち、俺じゃ助けることができなかったし、聖女様に助けてもらったとしてもこんな場所から逃げることもできなかっただろうし……うん、いいよ。気にしないで。っていうか、俺が、助けてもらったのを感謝しないと」


 言いよどむ聖女の言葉を遮り、つらつらと思ってたことを口にする。

 死にかけてた俺じゃ、オットーじぃとホリーばぁを弔うことすらできなかっただろう。だから、魔法陣の糧となってこの体に吸収されたのであれば、それはそれで嬉しい。……あの二人の兵士の分もあるとかは考えない。


「でも私のせいで追いかけられたり、痛い思いをさせてしまいましたから」

「ま、そこはこの仕事を受けた時点で多少覚悟はしてたから」


 そう言って俺は自分の体に異常が無いことを確かめ、ゆっくりと立ち上がる動作に移る。

 本当はもっとちゃんと話して色々確認もしたいけど、この場所で悠長にオハナシなんてしてられない。


「襲われてからどれくらい経ってる……ます?」

「おそらく二時間半ほどかと」


 陽が沈む前に追いかけられ始めて、ここにたどり着く頃には日暮れを迎えていた。

 高く上った月を見上げ、一つ頷く。


「聖女様、これからどうします?」


 俺の問いかけに、聖女は小首をかしげる。小動物みたいだ。ちきしょう、可愛いなあ。

 俺はさりげなーく視線を逸らして森へと向ける。


「計画だと、聖女様には森を抜けて隣国に行ってもらって、俺はそのまま別の都市に行くつもりだったんだけど」

「森に……」


 聖女は暗闇に包まれた不気味な森を見つめ、眉をほんの小指の爪の先くらいにうっすらと寄せた。

 そんなことに気付くくらいマジマジと見てるなんて気持ち悪い男だな! 誰だよ! 俺だよ! はっはっは!


「元の街道に戻るのは危険、なんで……」

「そう、ですね」


 兵士たちに追い立てられ、命を狙われた。

 それにこの先、どこの町に行っても聖女の容姿は目立ちすぎる。

 そこらの人間が神の召使によって量産された存在だとすれば、聖女は神が毎日毎日丁寧に爪の先、髪の毛の一本一本まで心を込めた渾身の一作だ。

 もしかしたら本当に時間を持て余した神が、色とか質感とか研究に研究を重ねて作った像に命が灯ったのが聖女かもしれない。それくらい、綺麗なんだ。


「では森に、行きます。御者さんも、ですよね?」

「あ、俺は……」

「私は教会すら滅多に出たことがないので、一人で森を通るのは、不安です」

「はい、そうですね。ご一緒いたします」


 不安気に瞳を揺らす聖女を前にして、お断りできる図太い神経の男がいるか!? いねえよ!

 俺の口はすらすらと、脳の制御を失ったかのように滑らかに返事をしていた。


「あーっと、聖女様は馬には乗れんの? ですかい?」


 おお、敬語って何だっけ。やばい。多少の使い方は学んだはずなのに、目の前にキラキラしい人がいると輝きに記憶が浄化される。

 甦れ、俺の記憶力。


「馬車以外、乗ったことはないです」

「そっか。そうなると俺と二人乗り……」


 オレト、フタリノリ。


 いや、いやいやいやいや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!?

 危ないだろ。それは。

 絶対ダメなやつ。聖女様と二人で馬にのるとか、俺、死ぬ。

 心臓が短時間に一生分の労働をして過労死する。ぽっくりご臨終だ。せっかく助かったこの命、そんな理由で失いたくない。

 何か、理由を……あ! あった!


「えっと、俺、ご存じの通り、魔抜け、でして、肌が直接触れたりとか、服越しでも長時間触れてたりすると、相手の魔力を狂わせるそうで」


 ふはははは! 良かったな、俺、魔抜けで! ……うん、初めて感謝するぜ。


「私であれば大丈夫です。何度か触れていますが、魔力量が多いおかげで特に乱れを感じませんでした。……一緒に乗せてもらうのは、ご迷惑でしょうか?」


 ぬふぁ!? 上目遣い、やめて!?

 聖女様ぁ……馬に乗る前から俺は瀕死ですよ。ええ、もう。


 くそ、どうにでもなれ!


「分かりました。一緒の馬で行きましょう」


 冷静を装った俺の口はそう答えたのだった。





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