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聖女を森に捨てるだけの簡単なお仕事です。  作者: BPUG
第四章 魔法使いの記憶
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第41話 Turning Point


「あるじ、これは肉? 前のと違う」

「ああ、それは鳥の肉だ」

「鳥。翼がある空の生き物」

「鳥にも種類がある。今日の鳥は飛ばない鳥だ」

「飛ばない鳥。美味しい」


 無表情のままフォークを鶏肉に突き刺し、頬をいっぱいにする女、マーサ。

 ”マヌケ”が自分の名前だと勘違いしていた彼女に、近い音から探して私がつけた名前だ。

 年齢も、どこで生まれたのかも覚えていない、魔力どころか何も持たないマーサ。

 屋敷に連れてきてもあまりの汚れにすぐに中に入れることはためらわれ、外で大雑把に洗ってから下働きの者たちに預けた。

 魔抜けではなく、今後私の研究を手伝う者、ある意味実験台のようなものだと告げれば、私を恐れる者たちはそれなりの丁寧さをもってマーサを世話するようになった。


 路上生活者のようななりから、使用人程度には清潔になったマーサ。

 これでやっと魔法の実験に入れるかと思えば、私の見通しは甘すぎた。

 人と話したことなどない、言葉もおぼつかない、まともな人間としての生活を送ったことのない魔抜け。

 そもそもの会話が成り立たないし、魔法を受けた時の身体への影響を尋ねても、こちらの欲しい答えが返ってこない。

 いっそのこと別の魔抜けでも拾ってくるかとも考えたが、いまさら彼女を王都の裏路地に放り出すことはためらわれた。

 数か月粘って成長が見られなければ使用人として雇うことに決め、基礎教育から始めている。


 そして難航するかと思った教育は、良い意味で裏切られた。

 マーサの地頭はこちらが想定していた以上で、一週間もすれば基本の文字を覚えた。数の数え方、曜日、月や日にち、物の名前など、驚くべき速さで習得していく。


「魔抜けは魔力がない代わりに、他の能力が高いようだ」

「マーサ、あるじの手伝い早くできるようになる」


 野菜を口に入れてかすかに眉を寄せたマーサは、「野菜、苦い。体に必要」と呟いて飲み込む。

 肉とパンが好きで、野菜や濃い味付けは苦手。甘いお菓子は一度食べて顔をしかめていたのでもっぱら果物を与えている。なんだか子育てをしている気分だ。


「私の魔力に怯えず近くにいられるのはマーサだけだからな。魔法の研究以外でも手伝えるようになってくれたら、最高の肉を食わせてやろう」

「肉は最高の食べ物。最高の食べ物の最高は……最高高?」

「至高とか究極だろうな」

「しこう。きゅうきょく」


 そう呟いたマーサは皿の上から野菜を食べつくし、口直しだとでもいうように一切れだけ残しておいた鶏肉を頬張って顔をとろけさせる。

 人生で関わったことのない人種というか、生物だ。とても興味深い。


「マーサ、食べ終わったら魔法を見せよう。今日は何がいい?」

「今日は暑い。熱くない魔法だとマーサは嬉しい」

「そうだな。確かに暑い。では、水魔法を見せよう」

「水。透明な水は美味しい。楽しみ」


 表情が動かないから楽しみには見えないけれど、目だけは期待がこもっている。

 会話もおぼつかなかったマーサは表情が乏しい。表情を変えて感情を伝える相手がいなかったということだ。

 一方で髪を整えて現れた新緑のような二つの瞳は雄弁だ。

 新しいことを吸収する度に輝きが増しているようにも見える。


「さぁ、食事が終わったら魔法の実演と今日の授業をはじめよう」

「はい、あるじ」


 いい加減呼び方を直さなくては。

 でも誰もかれもが私を異常に敬い過度に尊ぶ中、マーサが呼ぶその呼称はどこにも卑屈さがない。

 マーサとの暮らしに、私は自分でも気づかないうちに心地よさを感じていた。




「魔法の直接攻撃は効果がない。だが物理法則でもたらされる衝撃や熱は身に受けるのだな」

「熱い、痛い、感じる」


 魔法耐性を確認している途中、使った魔法の威力が大きすぎてマーサの腕に火傷が残ってしまった。


「……悪かった」

「大丈夫。主の研究、助けるのがマーサの務め」


 火傷のあとを見て謝る私に、マーサはゆったりと首を振る。

 路上に住んでいた時から傷は絶えなかったから些細なものだと。

 だが、ここに、私のそばにいる限り、傷つけるつもりなどなかった。私の庇護下にあるかぎり、その身は守られると考えていた。

 その私が怪我させてしまうとは。

 すぐに怪我を治そうとしたが、魔法は弾かれてしまった。

 マーサには治癒魔法も魔法薬も効かない。そんなこと、最初から気づいておくべきだった。


「……魔力を持たぬ者でも傷が治るような魔法を考える」

「魔法は魔力が必要。主、無謀」

「無謀ではない。魔力が余っている私だからこそできる研究だ」


 魔力が神からの贈り物ととらえ、無駄に使うことを嫌う者もいる。

 だが日々の生活で使う魔力量はわずかで、私の場合大量の魔力をそのままにしておくと頭痛などが起こってしまう。

 これを機に無駄に豊富な魔力を、何か魔法以外で活用できないかを研究するのは良い考えだ。


 そうして始めた魔力を別の器に込める研究だったのだが──二年後、実験の失敗により、私の屋敷の半分がぶっとんだのである。


「主、大失敗」

「……今のは成功のための貴重なサンプルだ。くそ、どこか人のいない場所で研究をするぞ」


 人の多い王都の中では研究もおちおちしていられない。

 幸い建物以外に被害はなかったが、少し間違ったら人的被害が出ているところだった。

 一般人ならば生きてさえいれば、私の魔力で無理矢理にでも治せる。だがそれがもしマーサだったら……。

 ぞくりとした悪寒に、私はゆるりとかぶりを振る。そうならないための研究だ。

 少しずつ形になっている。マーサも私の身の回りの世話や一般常識を覚えた。


「居を、森の中に移す。そこで研究を続ける」

「マーサ、ついていく」

「当たり前だ。お前がいないと研究にならない」


 誰も立ち入らない二つの国の間に横たわる広大な森の中、そこに私は半壊した屋敷をそのまま移設した。

 壊れた部分は屋根を取っ払い、魔力爆発が起こっても壊れないように天井を高くした。


「主、また壊す気、いっぱい」

「そうではない。壊さないための予防策と呼ぶものだ」

「なるほど。マーサも予防策しておく」

「何の予防策だ?」

「主がまた家を壊したら、外で住めるように近くで食べ物探しておく」

「……そこまでは壊さないから安心しなさい」

「……分かった」


 その沈黙はなんだ。失礼な。

 無表情の中で、瞳が少しだけからかうように揺れる。

 全く、知識をつけると共にふてぶてしくなってきていないか?

 最低限の使用人たちを連れ、デコボコな私たちの共同生活は森の奥深くに移された。



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