第40話 Once Upon A Time
お伽話をしよう。
誰の記憶にも残らなかった話を。
傲慢で孤独な男と、そいつを信じた馬鹿な女の話を。
私は、誰よりも強い魔法使いとなる宿命を背負って生まれた。
なぜならば、生まれた瞬間から誰よりも豊富な魔力を持っていたから
そしてそれは周囲の人間が私の魔力の影響で魔法を行使できなくなるほど、膨大で強力だった。
だから私は自然と人と距離を置くようになった。
人々は私の力を称賛する。
誰も実現したことのない魔法を振るえると。
だがそれがどうしたというのだ。
戦いのないこの場で、人を震撼させる魔法を行使できたとて何の役にも立たない。
かえって人は恐れを抱き、私の周りから遠ざかっていく。
憎い。
この魔力が。
私の体を巡るこの魔力が。
すでに強すぎる魔法を改良し続けるのも馬鹿らしくなった頃、私はある出会いをした。
魔抜けと呼ばれる存在。
私と対極にいる、魔力を持たない人間。
なぜ今まで出会ったことがなかったのかと思えば、魔抜けは人間として扱われず、私が住んでいるような過度に仰々しい場所とは全く別の場所に住む階級だったからだ。
そんな魔抜けと遭遇したのは、私の乗った馬車が王都の通りを進んでいる時だった。
「うわっ!!」
御者の叫びと共に、馬車が突然止まる。
反動で転げそうになった体を支え、顔を上げれば何やら御者が怒鳴っている。人が馬車の前に飛び出てきたようだ。
「おい、魔抜け! さっさとどけ!」
御者の怒声に顔をしかめる。普段、私の前では体を震わせて必要以上に怯えている御者が、こんなにも声を荒げるとは。
好奇心から窓に体を寄せて外を覗く。そこには薄汚れたボロ布を纏い、顔も体も泥と傷だらけの人間がいた。
その時、誰かが放った稚拙な魔法が人間の背に当たった。
「は?」
衛兵のように許可を得た者以外、街中で人を害する魔法行使は禁じられている。私の魔力の影響か、多少威力は落ちていたようだが、堂々とこの私の前で攻撃魔法を使用するとは。
私は思わず馬車の扉に手をかけて外に足を踏み出した。
正義感などではない。強いて言えば、私の前で犯罪を侵したということへの不快感だ。
「何をしている」
「だ、旦那様!」
突然姿を現した私に御者が驚きの声をあげる。
同時に周囲にいた者たちも、私の身体から洩れる魔力から私が誰かを悟って顔を青くする。
「今の魔法を放ったのは誰だ」
声に魔力を乗せて告げる。
ビクリと大きく体を震わせた者たちの視線を追い、一人の男と目が合う。
「お、おれは悪くない! そ、そいつ、そいつは魔抜けだから、人じゃ、ないから、魔法を使っても」
「黙れ」
浅はかな言い訳だ。下手な魔法を人が多い場所で放つことの危険性を考えようともしない。
その男は私が放った声を聞いた瞬間、体を痙攣させて地に倒れた。たったあれだけの威圧にすら耐えられないとは、魔力量も多くはないのだろう。
私から見れば、他人はすべてコップの中の水の量を比べて優劣をつけているにしかすぎない。そしてコップを持たぬものを笑っている。
湖よりも多い量の魔力を持つ私からすれば、誰も彼も同じにしか見えない。
「あ、おい!」
誰かの大声が聞こえて顔をそちらに向ける。
そこにはヒラヒラとぼろきれが舞う後ろ姿。
突然気を失った男に周りがざわついている中、魔抜けは立ち上がってこの場から逃走したらしい。
特に魔抜けに関わる気もなかったが、咄嗟に拘束魔法を放つ。当たれば体がしびれて動けなくなるものだ。
しかしその魔法は魔抜けに当たっても微かに背を逸らしただけで走り続けた。
「なるほど」
私の魔法が効かないとは、面白い。
即座に相手の行く手をふさぐ壁を立ち上げる。案の定、そいつは立ち止まった。
ゆっくりとその後を追い、数メートル手前で足を止める。案外背が低い。もしかしたら子供か、女なのか。
うろうろと壁をどうにか抜けられないかと焦る魔抜けの後ろに立ち、声をかける。
「さっきのはなんだ?」
ピクリと体を揺らした相手は、ぼさぼさでべたついた髪の間から私を見上げる。
怯えた目。そんな目で見られるのには慣れているのに、胸の奥に鈍い痛みがはしる。
「……」
きょどきょどと目を動かすだけで返ってこない答えに、もう一度質問を投げる。
「さっき、魔法が効いていなかった。あれは何をした?」
ゆっくり、嚙んで聞かせるように告げれば、相手は縮こまったまま細い声で答えた。
「まりょくが、ない、から、まほうはきかない」
その声は男ではなく、子供でもなく女のもの。
全身薄汚れているし、ぼろきれから覗くやせ細った足も女性には見えない。
改めてまじまじと全身を検分しながら、女の言った言葉の意味を考える。
魔力がないと魔法が効かない。
それは魔抜け全員なのか。それともこの女特有のものか。
あと、もう一つ気になったことがあり、じわりと体から魔力をあえて出す。
遠巻きに私たちを見ていた者たちは、腰を抜かしたり慌てて逃げたりし始める。
だが目の前で私の魔力を浴びているこの女は、先ほどからオドオドとした態度はしているものの変化はない。
「……面白い」
知らず、口から声が出た。
私の魔力を浴びても気づかない。
魔力の影響を受けない。
「どこに住んでいる? 仕事は? 家族はいるのか?」
矢継ぎ早な質問をする私に、女は勢いよく顔を左右に振る。
ベトベトで束になった髪がばっさばっさと揺れた。
どういう意味かと目を細めれば、女は「いえもしごともかぞくもない」と答える。
なるほど、それは好都合。
口元が歪む。
女がさらに身を引く。
「では私のところに来い。研究の手伝いをしてもらう」
「え?」
「住む場所と仕事をやろう。魔力を持たない者にしかできない仕事だ」
「あ、たし、しごと?」
「ああ。相応の対価もやろう」
そう告げると女はゴクリと喉を震わせて、「ぱん、かえる?」と聞いてきた。
どういう意味か分からないが「食事も出す」と言えば、女は勢いをつけて頷いた。
そうして魔力のない女は私の屋敷に住むようになった。
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