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聖女を森に捨てるだけの簡単なお仕事です。  作者: BPUG
第三章 聖女の安らぎ
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第38話 勝率(すすめ)



「うぐああああああ! おおおおおおおおお!」


 思わず振り向いた先、魔法陣が光る。

 床の魔法陣ではなく、魔法使いの背中に刻まれた魔法陣が。


 まさか、今のはあの魔法陣を起動する詠唱だったのか!?

 おい、おいおいおい、何をするつもり?

 ってか、あの魔法使いに、何をさせるつもりなの!?


 異様な状況に、ゲッコーも魔法使いから一旦距離を取って油断なく警戒している。

 気持ちは分かるよ! 気持ち悪いもん!


「身を捧げ、命を捧げ、魔力を捧げよ。我ら、永遠の――」

「ヴェイン! そいつを止めろ!」


 続く詠唱の声に、カメリアの叫びが重なる。

 考える暇などない。

 俺は手にした剣を槍のように持ち替え、振り向きざまに全力で放った。

 腕が、指先が伸び、剣を強く押しだす。

 まっすぐ、正確な軌道を描いた剣が、壁にもたれたままの男の胸部に突き刺さった。


 ──ドスッ、ガンッ!


「ぐぶぉお!」


 剣が男の体を貫通して壁に刺さる。

 男の体が大きく跳ねた。

 やっと、不気味な詠唱が止まる。

 はあっと息を吐いた俺の後ろから、再び濁った叫びが響き渡った。


「ぐがっ、ががが、があああ!」


 ぬおおお、終わってないじゃん!

 お偉いさん死んでも、こっちの魔法陣は止まらないのね!? ま、分かってたけどさぁ!

 魔法使いの身体が奇妙に跳ね上がった。不規則に体をピクピクと痙攣させ、虚ろな目が前を見つめる。

 その足が、一歩二歩と前に進む。

 魔法陣のある場所へと。

 不気味に光る魔法陣を背負ったまま。


「ゲッコー!」


 ゲッコーの名を呼び、カメリアは走り出す。

 一番魔法陣から遠くにいた俺も、二人に加勢するために駆け出した。

 魔法陣によって運動能力を底上げされた魔法使いは、カメリアとゲッコーを軽くあしらうほどに強い。

 予想通り、いち早く男の体にとりついたゲッコーがいともたやすく吹っ飛んだ。

 続いてカメリアが男の前に立ちふさがる。だが突き出したカメリアの剣を、魔法使いは豪快に素手で払った。

 大きく切り裂かれた手から、血しぶきが舞う。


「が、ああ、ぐ、が、ああ」

「くそ、なんだ、こいつ」


 完全に正気を失い、魔法陣にたどり着くことだけに執着する姿。

 不気味すぎる。

 二度、三度と振るわれるカメリアの剣。

 服が裂け、血が飛び、肉が削れる。

 男はそれでも止まらない。


「くっそ!」

「っし!」


 復帰したゲッコーが背中から深く剣を突き立てた。


「ぐが、ああああ!」


 意味不明な叫びに苦悶が混じる。

 ついに、止まるか?

 そう思われた瞬間、男の両腕が風車のようにぐるりと回る。

 咄嗟にカメリアとゲッコーがそれぞれ機敏な動作で大振りな攻撃をよける。

 だが二人が離れた隙に、魔法使いが前に進む。


「くっそ、止まれよ!」


 さっき剣を手放してしまった俺は、魔法使いに後ろから飛び掛かり羽交い絞めにする。

 べっとりと、服が血に濡れる。

 信じられない。こんなに血を流していても止まらないだなんて。

 これが、魔法陣の効果?

 人の意識を奪って、理性を失わせることが?


「ぐあああ」

「んだよ、止まれっつってんだろ!」


 俺とそう変わらない身長と肉付き。

 だというのに、全体重をかけても歩みは変わらない。

 魔法陣はもう数歩先。どうする?

 取りつく先を腕から首に変える。腕で喉元を絞めて落とす作戦だ。


「ヴェイン、どいて!」


 ユーウェの声に顔を上げる。

 彼女の手が、準備の整った魔法を今にも放とうとしていた。


「ダメだ、ユーウェ!」


 咄嗟に叫ぶ。

 その角度で魔法を放ったら――


「ご、ぐ、ぐがががああああ」

「くっ」


 ずるり、と体が前に進む。

 ちっくしょう、この馬鹿力野郎!


 賭けるしかない。

 ユーウェの魔法が男の意識を刈り取るか。

 それともこの男が魔法陣にたどり着いて、執着を果たすか。


 賭けに失敗したら、ここには地獄への入り口になる。

 ぐっと噛みしめた唇をすぐに開く。


「カメリア、ユーウェと脱出しろ!」

「くそ! お前は!」

「ゲッコー! 馬を!」


 カメリアの声を無視して、ゲッコーにも指示を飛ばす。

 遠くへ。できるだけ遠くへ逃げて。

 カメリアの放ったナイフが、男の胸に突き刺さる。

 びくりと一度震えた体は、なおもよろめきながら前へ進む。

 ははは、賭けの勝率はどうやら低そうかも。


 カメリアとユーウェは魔法使いだ。

 魔法陣が発動して、魔力持ちに攻撃をした時に真っ先に標的になる。

 そうなったら二人を守れるのも、この事態を告げに走れるのもゲッコーのみ。

 俺は、ほら、しがない情報屋だからね。他に役目がないならば、殿を務めるのはあたりまえだろう。

 ここは俺に任せて先に行けとか……ふふふ、まるで英雄のようだね。


 それに望みは捨てていない。

 俺の希望は、こいつが魔法陣にしようとしていることが失敗すること。

 たとえ魔法陣に魔力を注いでも起動するとは限らない。

 ただゲッコーによって傷つけられても、男の背中で不気味に光り続ける魔法陣が不安を煽る。

 それは男が血を流せば流すほど、輝きを増しているようにも見えた。


 カメリアがユーウェのそばに、そしてゲッコーが出口へと走りだした。

 もうあと一歩。

 魔法陣は目の前だ。


「ユーウェ! 魔法を!」


 男の頭を抱え、ぐるりと体をひねる。

 首をもぎ取る勢いで力を込めても、男の足は止まらない。

 でも血に濡れた体の正面がユーウェへと向いた。


「放て!」


 ユーウェ、行け。

 大丈夫、ここは任せて。

 きっと全部大丈夫だから。

 根拠はないけど。

 だってユーウェには幸せが待ってる。


 ああ、星が散ってる。

 ユーウェの瞳から、星のかけらが舞う。

 綺麗だ。ユーウェ、綺麗だよ。

 俺はずっとずっと、幸せだったから。

 だから先に行って。

 俺はここでちょっとだけ、寄り道をしていくから。

 だから、すこしだけ、バイバイだ。





「ヴェイン!」




 ユーウェの声と共に、衝撃が俺の身体を吹き飛ばした。




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