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聖女を森に捨てるだけの簡単なお仕事です。  作者: BPUG
第三章 聖女の安らぎ
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第37話 決裂(ささげる)



「そうですか、それは残念です」


 お偉いさんの気持ちの悪い笑みを見たせいで、俺の背筋がぞわりと震える。

 魔法使いが何をしようとしているのか。それが分かるまで待つべきか、それともそれをする前に止めるべきなのか判断に迷う。

 その俺たちの間に飛び出る影──カメリアだ。

 ギャィィンっと耳障りな音を立てて、魔法使いが手にした短刀とカメリアの剣がぶつかる。


「ぐあああっ」

「くっは!」


 同時に上がった叫びにそちらに向けると、ゲッコーが三人のうちの二人をあっという間に無力化していた。

 早い。そして容赦ない。


「クソ野郎、行け!」

「ユーウェ!」


 カメリアの声に、弾かれるようにしてユーウェの背に手を当てる。

 ここからユーウェを脱出させることが最優先。

 ユーウェだったら、たとえ一人でも死の森を抜けられるはずだから。


「無駄ですよ」


 冷静な男の声に、ついそちらに視線を向ける。

 直後、カメリアと対峙している魔法使いの身体が異様に膨らみ始めた。着込んだ服の奥が薄っすらと光って見えるのは、まさか魔法陣!?


「まだ実験途中ではありますが……我々はここまでできるのです」


 その歪んだ笑顔に、腹の奥がかき乱される。

 俺はユーウェを出口へと押しやり、その背を守るように後ろ向きで距離を取った。


 体に陣を刻んでるとか、狂ってる。

 でも、その効果は絶大だった。

 魔法使いの太い腕が素早く振られ、カメリアの身体が吹っ飛んだ。

 おい、魔法じゃねえのかよ!?


「カメリア!」

「止まるな! ユーウェ、行って!」


 カメリアを案ずるユーウェを無理矢理にでもここから離そうとして――俺の足まで止まった。

 カメリアの体から、血が出ている。

 それだけじゃない。

 怪我だけだったら、《《まだ》》いい。

 カメリアが立っている場所が問題だ。


「やばい」


 知らず、声が漏れた。

 ひゅっと息を飲む音がする。

 ユーウェも気づいたのだ。

 カメリアがいる場所がどこなのか。

 ぽたりぽたりと血がしたたり落ちる。

 

 魔力を含んだ血が――魔法陣が描かれた床の上に。


 その間にも、魔法使いがカメリアを追って足を進める。

 一歩、二歩と魔法陣へと近づいて……そして立ち止まった。


「魔法陣がある」

「なんだって?」


 ぽつりと呟いた魔法使いに、あのお偉いさんが喜色をあらわにして駆け寄ろうとした。

 その行く手に火が立ちのぼる。ユーウェの魔法だ。


「行かせない!」


 逃げるのではなく、ここであいつらを倒す。

 ユーウェの顔に決心が見えた。

 だから、すぐさま俺は走り出す。

 同時に、最後の一人を片付けて素早く異動を始めたゲッコーの姿が見えた。

 視線を交わし、動く。


「カメリア!」


 俺はカメリアの救助に。

 ゲッコーは魔法使いを倒すために。

 ユーウェの魔法によって行く手を阻まれたお偉いさんは、気持ち悪い笑みを消して憎々し気にユーウェを見る。本人が魔法で対抗しようとしない様子に、俺の中で疑念が湧く。

 でもそれよりも、今はカメリアをあの場所から移動させるのが優先だ。


「カメリア、おい、大丈夫か」

「……ああ」


 腹部を押さえたカメリアを魔法陣から遠ざけるために、手を伸ばす。

 カメリアの指の間から、ぽたぽたと血が床へと、魔法陣を描く溝へと流れ落ちる。

 大丈夫。問題ない。

 魔力を含んだ血が多少ついただけでは、魔法陣は発動しない。

 意を決し、魔方陣の中に足を入れる。


 カメリアの手を掴み、腕を俺の肩に巻き付かせて立たせる。

 カメリアはすぐに回復を試みようとしたようだけど、これまでの戦闘で疲弊した状態ではすぐには難しいらしい。

 魔力があっても、無限ではないのだ。

 底をつきてしまえば、魔抜けと同じ。

 それを実感する。


 顔を上げればもう一人の魔抜けであるゲッコーが、魔法使いの腕をかいくぐっているところだった。

 体に刻まれた魔法陣が魔法使いの運動能力を底上げしているのか、すばしっこさが売りのゲッコーが苦戦している。カメリアも一緒に戦わないと、今度はゲッコーが怪我をしてしまう。


「ユーウェのところにいって治療を」

「……一分、もたせろ」

「ははは、頑張る」


 あのお偉いさんを相手にするのは、何の訓練もされていない俺じゃ荷が重いだろうけど。

 一分あればユーウェに治療してもらって、カメリアが戦闘に復帰できる。

 その分の時間を稼げれば、乗り切れるはず。


「ユーウェ、治療を!」


 俺の声に頷き、ユーウェが一際大きな魔法をお偉いさんに叩きつけて、広いこの部屋の壁際まで吹っ飛ばす。

 さすが、ユーウェ。最強聖女様。成人男性を軽くあしらってしまう。

 でもね、一つ、俺にはユーウェには見えていない物が見えるんだ。

 それは俺だから気づけた男の不自然さ。


「……ねえ、あんたってさ、魔抜け?」


 壁に上半身を預けてうめき声をあげるお偉いさんに声をかける。

 途中、カメリアを助ける時に手放した剣を拾いあげ、油断をせずに男に近づく。

 確かにこの人は魔法に怯んだ様子を見せた。でもあれは火魔法だったから。

 誰だって燃え盛る炎に飛び込むのは怖い。それは魔抜けも同じだ。魔法自体が体に影響しないとしても、そこにある熱は変わらないから。


 ユーウェは強い。魔法だけじゃなく、心も。

 一度相手を倒すと覚悟を決めたら、手加減なんてしない強さを持ってる。

 だからこうやってユーウェの魔法で《《吹っ飛ばされるだけ》》なのを見れば、根本から見方を変えないと。

 ユーウェが手を抜いているんじゃない。相手に魔法が効いていないんだって。


「魔力無しでも、裏の世界であれば力を付けられるしね。それか、魔力以外の恩恵があるとか……見た感じ、体力じゃなくって頭脳? それで魔法陣に手をだしたの?」


 俺や、ゲッコーのように、魔力がない代わりに少し他の人よりも特殊なことができるのかな。

 そんなことを考えつつ、相手の様子を伺う。

 後ろからは微かにユーウェがカメリアを癒す詠唱が聞こえる。

 あともうちょっと、この場を持たせられれば――


「はっ、はははは、ふはははは……お前たちは魔法陣を守っているつもりだろうが、それは守るものではない。使うものだ」


 体の痛みからか、口元を歪め、顔だけを上げてお偉いさんが告げる。

 血走ったその目が俺を通り過ぎて、その先のユーウェやカメリアでもなく、さらにその奥に向かう。


「魔力を、捧げよ!」

「うがあああああああ!」


 獣のような咆哮が、天井高くまで響き渡った。







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