第35話 ご都合主義(そういうもの)
外に来ていた《《お客さん》》の感じだと、今のところ相手は全員魔法使いのようだ。
とはいえ、気は抜けない。
市民権のない魔抜けがたどり着くのは裏稼業が多いから。
んで、俺は剣もまともに振れないただの情報担当ってことで、めっちゃ訓練された魔抜けがでてきたらやばいのである。
そうなったら逃げる。ユーウェを連れて。
あとの対処はカメリアとゲッコーにお任せで。
ぶっちゃけ、この場所で一番大事なのはユーウェの命のみ。
相手がユーウェの命ではなくて、ユーウェ自身の確保を狙っているのであればユーウェを死に物狂いで守る.
この場所が例え炎に包まれて全て失われても、この屋敷は俺たちの所有物ではないからね。どうぞどうぞと差し出します。
ユーウェが魔法陣が残るのが心配だって言うなら、ギルドヘッドが連れてくるであろう仲間と合流してからまた来ればいい。手はいっぱいあるから。
「二階にいないとなると、下かぁ」
人がいる気配を追いつつ、煙の発生源を目指す。
毒とかしびれ薬とかが入っているとかはなさそう。ってことはやっぱり火魔法か。
狭い空間で火魔法使うだなんて、どんな教育されてきたんですかね!? 魔抜けじゃないのに間抜けだね! 全く、ギルドトップの顔が見てみたい!
心の中で悪態をつきつつ、極力足音を殺して進む。
屋敷に一番長くいるのは俺とユーウェ。何がどこにあるのか、どこに進めば効率的なのかを全て把握している。
まずは、この森の中に残っていた魔法使いの罠の効果を確認しにあの場所へ行く。
そう、ユーウェが森の中からこの屋敷に飛ばされた場所だ。
おお、何か聞こえますねぇ。ふっふっふ、焦ってる焦ってる。
「なぜ、魔法が効かない!?」
「ダメだ、檻が外せない」
「どうも、皆さんこんばんは。ご機嫌いかが?」
やっぱり、お客さんがいた。
にこやかに挨拶をしたのに、鉄の格子の向こうにいた男二人が臨戦態勢を取って構える。
「誰だ、お前!」
「どうやって俺たちをここに入れた!?」
魔法陣の効果によって魔法を行使することができない檻の中には、二人の魔法使い。
ユーウェの手によって壊された檻も、カメリアが直してついでにガッチガチに補強してある。
とても憎々しそうだけど、こっちはそんな感情をぶつけられるのは慣れているので効果はないからね。はっはっは、残念でした。
しかも俺には手を出せない状況なんだから、もうちょっと殊勝な態度を取った方がいいと思うよ?
ちょっと偉そうな人っぽく腕を組み、目を細めて二人を見る。
うーん、ちゃんと魔法陣が機能していて逃げ出せないのを確認しに来ただけだから放置してもいいんだけど、どうしようかな。あ、そうだ。
「ここにね、俺の大好きな特製スパイスがあるんだ」
取り出したるは婆ちゃん特製のミックススパイス、の俺の試作品。
そんなに都合よくポケットにそんなもん入ってるわけねえだろ、という脳内の俺の声は丸っと無視で。いいかね、人生は都合よく進めた者勝ちなのだよ。
とにかく、最近婆ちゃんのスパイスに似た配合で作れないか研究中だったんだけど、どうせならお試ししてもらうのがいいよね。うん、そうだそうだ。何事もトライアンドエラー!
「ほいっと!」
スパイスの袋を破り、可能な限り広範囲にいきわたるようにふぁさあっと宙に散らす。
「な!?」
「ぐうぇっふぉ、な、ひ、い、いた」
「目をこすると大変だからねって遅かったね。水も出せないだろうけど頑張って」
「お、おま、ぐああああ」
体についたスパイスをはたいたせいで余計スパイスが広がってる。
ほら、魔抜けって大変なのよ。魔法でさらっと綺麗に洗い流したりできないからさ。
少しの間、魔法陣の中で不便さを体験してみるといい。そうしたら魔抜けに優しくなれるかもしれないし。
「それじゃ、またね」
ここの確認は終わり。
続いてはカメリアと合流だ。恐らくそこにユーウェもいるはず。
先ほどまでよりさらに足音を忍ばせ、廊下を進む。
扉のないアーチ形の入り口の奥をそっとのぞき込む。
あー、いた。
日中のケバいドレスではなく、任務用の”とっても暗殺者です”って感じの格好してるカメリア。
その後ろに守られるようにユーウェ。
でも守られるだけじゃない。戦える元聖女のユーウェは魔法を駆使して、カメリアの戦闘の邪魔にならないようにしつつ援護をしている。
素晴らしい。今すぐにでも暗殺者デビューできるよ! ……うん、それは、まぁ、よろしくないから置いておいて。
ユーウェもカメリアもこの場所が大事なのは理解しているから、お客さんをここに引き込むようなことはしないはず。
ということは、ここに来たのはお客さんを追ってって感じかな。
んでぇ、お客さんの数はと言いますと、見える範囲では五人ってとこか。
外に最低四人、檻に二人、ここに五人。いったい何人できたの? まだ増えたりするとか言わないですよね?
んー、死の森と言われる場所に挑むんだから、途中離脱も想定してってとこか。慎重派なのはいいことだけど、こっちにはよろしくない。
あ、ユーウェの攻撃が敵の足元に当たった!
すかさず、カメリアが剣で体勢を崩した相手をぶっ飛ばす。
連携ばっちりだね! ユーウェのおかげだね! カメリア、その調子でしゃきしゃき働け。
ってことで戦闘不能者が一人っと。
さてさて俺はどうしましょう。柱の陰に隠れて悩んでいると、丁度俺とカメリアたちの間に一人、お客さんが割り込んだ。
俺の前にさらされた無防備な背中。
うむ、戦いが俺を呼んでいる。
すかさず駆け出し、隠し持っていた果物ナイフをそいつの太ももの裏に突き刺す。
ブスリ、ゴリッと鶏肉を捌く時のような感触が手に伝わってきた。
「うぇえ」
崩れ落ちた男の後ろから声を上げた俺を見つけ、ユーウェの顔に驚きと若干の安堵が浮かぶ。
ふふふ、遅れまして。ヴェイン、参上ですよ。
「ヴェイン!」
「遅い、クズ!」
「はいはい」
叫び声をあげ、床に転がりのたうち回る男にカメリアの暗器が飛ぶ。これで相手は意識不明。戦闘に復帰することは難しいだろう。
意識が復活するかどうかは微妙だけど。そのまま土の下までお寝んねという可能性もなきにしもあらず。良い夢を。
「ユーウェ様を!」
「ほい、ユーウェ、俺の後ろにいてね。魔法攻撃の盾にはなれるから」
お客さんが取り落とした剣を拾い、カメリアと立ち位置を交代する。
これでカメリアは戦闘に集中できるようになった。嬉々として残りの三人の敵の元に突っ込んでいく。
「ユーウェ、大丈夫?」
「うん。カメリアが守ってくれたから」
「そっか。でもユーウェも魔法で補助頑張ってたね。偉いなぁ」
背中の陰にユーウェを隠しながら、ユーウェに声をかける。
緊張感を緩ませすぎないように、でも安心してもらえるように。常日頃の俺を心がけて、ユーウェをねぎらうのも忘れない。気配り上手なヴェインです。
さて何とかしてこの場所を脱出したいところ。広いから戦闘に適しているとは思うけれど、ここにはあいつがあるからね。あの床に描かれた禍々しい魔法陣が。
「ユーウェ、ここから出るよ。扉に向かって移動しよう」
「うん。分かった」
後ろで頷くユーウェを守りながら、つい先ほど入ってきた扉へと視線を向けたその時、黒い影が滑り込んできた。
新しいお客さん、いらっしゃ~い!