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聖女を森に捨てるだけの簡単なお仕事です。  作者: BPUG
第三章 聖女の安らぎ
33/58

第33話 糸を手繰る(どこまでも)



 時間はゆっくりと、それでいて確実に進む。

 カメリアとゲッコーが王都と森を行き来する回数も、これで五回目。

 その間にユーウェのベッドには厚いマットが敷かれ、お肌に良いクリームが持ち込まれ、ちょっとしたハーブの種も庭に植えられた。

 生活がどんどん快適になっていく……いや、うん、悪いことじゃないよ? 悪くはないけれど、持ってくる奴がカメリアってのがなんとなく気に食わない。


「ヴェイン、これ。婆から」

「お! 婆ちゃん特性のミックススパイス! うわぁ、嬉しい。ありがと、ゲッコー」

「ん。婆、つかいっぱしり、いなくて、寂しがってた」

「……俺は下僕かよ」


 裏路地の婆お手製のハーブやスパイスが入った器を受け取り、俺は思わず頬を寄せる。容器がひんやりと冷たい。なんなら、スカーフから覗くゲッコーの視線も冷たい。


「おい、そこのクズ。大事な話があるからさっさと茶を入れろ」

「……ドクダミ茶でもいれたろか、この変態」

「重要、情報、頭すっきりするお茶」

「はいはい。了解」


 先にダイニングに行っているように二人を促し、俺はキッチンで手早く茶の支度をして戻る。

 今日のおやつは、ドライフルーツ……だけではなく、それを練りこんだ焼き菓子である。膨らし粉とかないから、バリバリッと硬い生地のなんちゃってものではあるけど、なかなかな好評をいただいている。誰に? そりゃもちろんユーウェにさ! はっはっは!


「ういー、ちゃーだよー」

「ありがと、ヴェイン」


 ユーウェのカップに茶を注ぎ、他の男どもは”各自ご自由に”スタイルで放置して席に着く。

 それぞれがほっと息を吐いたところで、カメリアがえらく上品な仕草でカップをソーサーに戻した。


「いくつか、王都で大きな動きがありました。ユーウェ様の裁判からもうすでに十月とおつきを過ぎ、これ以上聖女の座を開けておくべきではないという教会と王族の声明の元、後任の聖女が決定いたしました」


 カップの底を見つめていたカメリアの紫色に彩られた瞼が上がる。

 俺はそっとそっと……口の中に入れていた焼き菓子をゆーっくり咀嚼する。ボリィゴリィッと低いのにやたら主張の激しい音が響いた。

 やめろ、カメリア。そのけばけばしい化粧した目で睨むんじゃねえ。お前が話し出すタイミングが最悪すぎんだよ。俺のせいじゃない!


「やっぱり、後任は公爵家の方?」

「はい、オーヴェル公爵家三女のエルヴィラ様です」


 ほほーん、なるほど。公爵家のねぇ。確か王族とも婚約していた人。

 その人が聖女になると。つまり、教会と王族が近くなり、さーらーに公爵家も力を持つと。なるほどなるほど?


「調べた。教会入る準備、二年前から」

「つまり、ユーウェがまだ聖女だった時からってこと?」

「聖女になったら、王子と結婚。そう言ってた」


 ゲッコーの返事に、膝の上に置かれたユーウェの指先がかすかに揺れる。

 二年前――ユーウェが追放される一年半くらい前から準備されていたなら、その過程でユーウェが裁判にかけられることも計画のうちだったんだろう。


「となると、暗殺ギルドに掛け合ってきたのは、公爵家がらみ?」

「恐らくそうね。王族としては公爵が汚れ仕事をやってくれればいいと思って、直接手を出さなかったみたいですわ。だから公爵家からそのさらに下の、伯爵家の手の者が裏路地に来たと証拠がありました」

「……そう、調べてくれてありがとう」


 ユーウェが完璧な笑みで告げる。

 柔らかカーブを描く口元と細められた星の瞳。でもそれがかえって痛々しく感じる。

 俺があまりに気づかわしげな視線を向けていたからか、ユーウェはへにょっと眉毛を下げた。うん、完璧な笑顔よりもそっちの方が可愛い。


「心配しないで、ヴェイン。それに、調べてくれたのは嬉しいけど、今の私には何ができるわけでもないから。たとえ政治的な判断だとしても、聖女になるべき人がいるのならば、それでいい。私は、聖女の立場も何も欲しくないから」


 そっか。そう思えているのなら、いい。

 幼い頃から聖女であることを強いられてきたユーウェが、そう言うのなら俺は何も言わない。

 でも一つだけ言えるのは――


「ま、この先誰が聖女になっても、ユーウェには勝てないけど!」

「勝つって……こんな聖女、記録からも消されるわ」

「でも案外、立派な聖女こそ、教会がこそこそ記録を改ざんとかしてそう」


 俺がなんとなしに笑い話として言ったのに、ユーウェの綺麗な瞳がついーっと横に逃げる。流れ星よりも美しい軌跡を描いて。

 焦る俺の正面で、ゲッコーがもそもそと焼き菓子を食べながら呟く。


「四代前、聖女、記録、不明。十二代前も」

「ううぇ!? 本当にあるんだ?」

「教会のことを調べたら自然と分かるわよ。儀式の執り行われた回数とかが不自然に聖女の数と合わなくなるの」

「……聖女の仕事が嫌になって一年未満でやめられた方とか、好きな方と一緒になるために聖女をやめられた方とかの話は、私も教会の中で聞いたことがあるわ」

「ほえ~、自由というか、ま、聖女にも色々あるってことかぁ」


 そういう人と比べれば、十歳ですでに聖女としての任についていたユーウェの聖女就任期間は長い。

 えーっと、確か、十五、六年? あれ? ユーウェの年齢って聞いてたっけ。聞いた……気もするけど、改めて聞くのも気が引ける。うん、ここはそっと触れないでおこう。

 裏路地の自称十七歳のけばい姉ちゃんが「女は年齢じゃないのよ」なんて言ってた。だったら正直に自分が三十後半だって認めた方がいいのに。女の人って難しい。


「聖女の交代に王族貴族が関わるのはタブーなはずなのに、それが黙認されているということは教会も関わっているということで間違いないでしょう」

「そう……そうなると、私は本格的に身の振り方を考えないとね」


 王都に戻ることは難しい。誰よりも綺麗なユーウェをずっと隠しておくことはできないだろうし。

 裏路地ギルド員として働きたいと言ってたけど、任務は王都が多いからそれも無理なんじゃないかな。


「隣国に行くなら、俺も行く」

「ヴェイン……」


 任務とかじゃなくて、ただユーウェといたいっていう私利私欲だけど。

 あ、ユーウェが嫌だっていうなら涙を呑んで引き下がります。でも変態カメリアと変人ゲッコーよりかは役に立つ自身ある。主に家事全般担当と話し相手として。


 その時、小さな雫がユーウェの瞳からほうき星のように流れた。

 え? な、なななななな、泣い、泣いてるのユーウェ!?

 ギランッと強い視線がカメリアからぶっ刺さる。

 ちょ、待って。俺、悪いの? え? まさか俺がずっと付きまとうと思って嫌だなっていう涙? それだったら俺も泣いていいかな!?


「ユ、ユーウェ?」

「あ、ごめん。ちょっと嬉しくて」


 嬉しいのね! そうなのね、ああ、良かった。

 うん? え、うれ……嬉しいの!? やった!

 ふはははは、はっはっは! どうだ、嬉しいってよ!

 ぐにゅりと笑みで口元を歪ませてカメリアを見る。ふっふっふ、悔しそうにしてらぁ。


「ヴェインが一緒にいてくれたら心強いな。それにどんな状況でもヴェインといると楽しいし前向きになれる」

「へへへ、ありがと、ユーウェ。魔抜けは根性があるからね。逆境には強いんだ」

「そ、その前に、この国でユーウェ様が住める場所もこちらで探しますわ! 王都以外であれば、ユーウェ様の容姿も広まっていないと思いますし」

「でも、ユーウェ、綺麗。教会、どこにでもある」

「くっ……!」


 必死でユーウェを国内に引き留めようとするカメリアに、ゲッコーが事実を突き刺す。

 そうなんだよなぁ。万一、教会の誰かが噂を聞きつけたら即見つかるだろうし。

 魔力が多いってのも絶対人の目を引く要因になる。もし教会の手の届かないところがあるとしたら、それこそ死の森みたいに秘められた場所だろうな。


「うーん、そこはギルドヘッドにも相談だね。ギルドつながりで、もしかしたらどこか国内でもいい場所があるかもしれないし」

「そうね。せっかくギルドの人たちと仲良くなれそうなのに、離れちゃうのは寂しいから」

「ユ、ユーウェ様!」

「うん、仲良く、する」


 カメリアとゲッコーが顔と目を輝かせる。

 ま、俺以外のギルドの人ってこの二人だしね。

 良かったね、仲良くなれそうって言ってもらえて! 信頼されてる俺の方が一歩先を進んでるけど! はっはっは!




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