第31話 再生と転換(おっかねえ)
第一の陣は、起動と魔力制御
第二の陣は、攻撃と魔力吸収
第三の陣は、攻撃先と攻撃規模の定義
第四の陣は、魔力集約と固定
「固定? どこに?」
「たぶん、魔法陣の中にいる人とか、物だと思う」
第四の陣まで解析が終わり、ユーウェが示す文字と解読表を見比べ、読み取りが正しいのかを全員で確認する。
勘違いで進めたら危ない。
知識量ではユーウェが一番多いけれど、実践経験はカメリアが豊富だし、俺やゲッコーも多少暗号解読の知識がある。多少だけどね。
ごみを漁って、ミミズののったくったような字を何とか解読したらただの買い物リストだった時よりかは、こっちの魔法陣解析のほうがはるかに楽しいね!
あの時は結局、買い物リストから明らかに住んでる人間には必要のない薬品とか出てきて、下調べには役立ったらしいけど。うん、どんな仕事も何かに役立ってるっぽい。前向き、大事。
「ユーウェ様、どこまででも際限なく魔力を集めたとして、対象にその魔力を受け止めることができなければどうなるんでしょうか?」
カメリアが黒く塗られた爪を唇に当てて尋ねる。あ、微妙にキラキラしてる。
たまに爪と模様の間に変なもの仕込んでたりするから怖いんだよね、こいつ。魔法使えるんなら魔法だけでいいじゃん? なんで毒性のある塗料とか、毒を仕込んだ髪飾りとかいるの? 絶対に趣味だよね。
頭皮がなんかムズムズしてきて、ぼさぼさに伸びた髪の毛の間にペンの尻を突っ込んでボリボリとかく。あー、気持ちいー。
「受け止めきれなかった場合、というか、受け止めきれない前提で魔法陣は組まれてると思う」
そう告げたユーウェが、まだ解析途中の第五の陣へと指先を向けた。
そこに並ぶ文字はまだ解読できていないものが多いが、一部読み取れたものがある。
「無」と「生」と「死」と「再生」と「復活」
やっばくね!? もう全部の言葉が不気味じゃない?
なんか、やっばい感じするんだよね! 背中の後ろっかわの、ぎりぎり手が届かないあたりがぞわぞわする。
受け止めきれなかった場合、なんか良く分かんない物体になって生き返ってきそうじゃん!?
「対象を魔力を受け入れられる器に変化させて、再び魔法陣を回す。そんな感じの意図がある気がする」
まだそう言い切れないけどと呟いてユーウェは手を下ろす。
つまり肉体改造しちゃう魔法陣ってこと? 怖いよおおおおおおお。
変人魔法使いが昔ここでいろんな実験をしてたって話、にわかに信憑性が増してきたんだけど。
「魔力で、破壊したら、体、造り直す?」
「それができたら、めっちゃ魔力持ってるべらぼうに強い人間ができあがるってこと?」
「おい、アホ。もうちょっとまともな表現をしろ」
「へいへい、すみませんね」
会話は誰にでも分かりやすい話し方をするのが一番なのだよ。
特にこんな面倒な頭痛くなるような解析ばっかりしてると、パッカーンっと軽い話し方をしたくなるんです。ほら、物事には緩急が大事らしいし。
押して押して押してたまに引くぐらいがいいって、裏路地にだべりに来てたやたらチャラい兄ちゃんが言ってた。ツンツンデレデレな姉ちゃんを落としてたから成功例ありってやつだ。俺も見習おうと思う。
「魔力を持っている人を大量に殺して、魔力を奪って、誰よりも強い魔力を持った人を作り出す……一体、魔法使いは何をしようとしていたの?」
死の森にいた魔法使い自身、誰よりも強かったと言われている。
死の森を挟んだ二国に喧嘩売っても、どちらも関わりたくないと思うほどには。
あるいは変人すぎて放置されてただけとか……うん、その考えは捨てきれない。
ユーウェの呟きに、カメリアもゲッコーも眉を寄せる。
ただでさえ人や物を攻撃し破壊する危険な魔法陣。
それが最強魔法使いを生み出すとなったら、さらに危険度マシマシだ。
これを壊すのはもう決定に近い。でもむやみに壊せない。辛いぜ、このやろう。
「一つ、ずっと不思議に思ってることがあるの」
ぽつりとこぼしたユーウェの声に、男ども三人の意識が向けられる。
ユーウェの動きだったら喋ってなくっても意識してるけど。ってキモイな、俺。脳内で裏路地でいつもさぼってるどっかの屋敷の姉ちゃんが「やっだぁ、きもーい」って言ってるのが聞こえる。
うん、分かってるから言わないよ、絶対。
「不思議って、何が?」
言いよどんだユーウェの言葉の先を促すように、努めて気楽な声で尋ねる。
食いつきすぎも良くないからね。あくまで自然に、気負わせないように。
「順番が、逆かなって」
「逆?」
オウム返しをした俺に、ユーウェの視線が魔法陣の上をさ迷う。
「魔法は……術者が中心なの。魔力も、発動の呪文も、魔法使いが真ん中で、そこから外に広がる」
「魔法陣は、全く逆の外から、ですわね」
ハッとした顔で、カメリアはユーウェが言いたかったことの先を拾い上げる。
おい、最後までユーウェに説明させろよ。これだから気遣いのない男は! 裏路地の姉ちゃんに股間を蹴り上げられるぞ! そんな格好してても付いてるもんはついてんだろ! 蹴られちまえ!
「そうすると、本当は魔法陣の中心から考えを組み立てなおしたらいいってこと?」
魔法と同じ順番をたどるなら、第一の陣と呼ばれる外縁ではなく、一番中心の第五の陣が要になってくるはず。
意味が同じでも、順番をひっくり返すと現象が全く変わってくるかもしれない。
「でも、魔法と、魔法陣、働き方が、違うのも、事実」
「そうなのよね。あえて魔法と同じ順番で考えなくてもいいのかもしれない」
迷うように視線を揺らすユーウェ。
うーん、今日はここまでかな。これ以上煮詰めたら焦げ付いちゃって取り返せない黒焦げシチューになっちゃう。それは不味い。色んな意味で。
パンっと両手を合わせ、ユーウェの意識を魔法陣から逸らす。ついでにそこの男二人の注意まで引いてしまったけどそれは無視だ。
「よし、取り合えずその可能性も考えつつ、中心まで文字を拾って、それから順番を色々試してみよう。そうしたら魔法陣を壊す手がかりも見つかるかもしれないし」
とりあえずは今は美味しいご飯でも食べて、気分転換しよう?
そう告げると、こうなった俺が頑固なのは十分知っているユーウェは小さくため息をついてへにょりと眉を下げた。うん、可愛い可愛い。
はっはっは、あきらめが早くなったね! いいことだ!
脳に栄養をとって、それから難しいことはまた考えましょう。休息大事、めっちゃ大事。