第30話 別の謎(あるいは“てき”)
「んで、ギルドヘッドはなんだって?」
「聖女の保護は必須。ギルドの外にいるより中に引き込んだ方がやりやすい、だとさ」
「みんな、仲間、守る」
あの後、嬉し泣きをして男たち三人を慌てさせたユーウェは、すでに寝室へとひいている。
ま、分かるけどね。
幼い頃から教会っていう場所に所属してて、そこからプツンッと糸を切り離されたみたいに放り出されて。自分の存在とか、立ち位置とか、ぐらついて不安定で不安だったんだろう。
裏路地は誇れるような場所でもないけれど、安心できる場所ではあるから。だから、今日は悩みを全部忘れてスッキリと寝て欲しい。
んで、だ。
残った男三人で顔を突き合わせてすることと言えば……特にない。
情報交換はするけど、そんな急ぐものでもないし。
酒を飲まない三人、だらだらと茶だけで無為な時間を過ごす。
ギルドヘッドがユーウェを暗殺ギルドに入るのを許可したのは驚きだけれど、カメリアの言葉で納得した。
あのヘッドはとことん懐が深い。
仲間にしたメンバーは全力で守る。俺も幼い頃は守られていた。
これからは俺が新しいメンバーを守る番。もちろん、そんな使命なんてなくてもユーウェのことは守るけどね!
「……ユーウェに、聞いた」
主語もなく口を開いた俺に、化粧を取り、ドレスを脱いで素の顔をさらしたカメリアが続きを言えと目を細める。
あー、こええ。化粧取ったカメリアの顔、眉無しの蛇みたいで怖いんだよ。蛇に眉毛なんてないから、蛇そのものって感じ。
「なんで、俺がギルド員だと思ったのか」
そう、ずっと不思議に思って、頭の片隅にこびりついていた疑問。
ユーウェはなぜ俺をギルド員だと、それも暗殺ギルドのメンバーだと思ったのか。
この魔法陣の秘密が詰まった場所を探すために、わざと聖女を逃がしたんじゃないのか。そう疑っていたユーウェ。
根拠として俺が魔抜けにしては教養があったとか言ってたけど、それだけじゃギルド員という結論に飛ぶのはおかしい。
ま、俺の頭脳が天才的だった可能性も!
……はっはっは、ない。ないな。うん、ないない。
ってことで、新人ギルド員候補を教育するついでにさりげなーく、それとなーく、聞いてみたわけです。
「別の暗殺ギルドとの繋がりがあったらしい」
「別の暗殺ギルド? 聖女がなんでそんな……いや、教会か?」
「魔法陣、繋がり?」
カメリアとゲッコーの返しに、俺は頷きを返す。さすが、理解が早い。
教会と暗殺ギルドには繋がりがある。
魔法陣による刑の執行後、手のつけようのない状態になってしまった罪人の“処分”、それに暗殺ギルドが関わっている。
「魔法陣の秘密を狙う暗殺ギルドが、聖女の保護を名目に情報を手に入れようとしていると思ったんだってさ」
「なるほど。確かにこの場所と聖女が手に入れば、新しい魔法陣も生み出せるだろうな」
魔法は「魔力」と「呪文」を行使する「魔法使い」がいないと発動しない。
対して、魔法陣は知識のある人が「魔法陣」を描いてしまえば、行使する人は誰でもいい。それこそ、魔力を含む供物があれば魔抜けであっても発動可能なのだ。
そんな知識、やばい奴に渡ったらやばすぎる。
ユーウェだから解析を任せて見ていられるけど、絶対悪用しそうな奴だったらぶん殴ってここから追い出してる。カメリアが。
俺? 俺は非力な情報担当。暴力とはこの上なく無縁だからね。
「……依頼、別?」
考え込んでいたゲッコーが呟き、俺は口の中でナッツをガリッと勢いよく噛み砕く。
向かいでカメリアが「王都の教会じゃないってことか」とこぼした。
ま、正解に近いな。
依頼──俺たちの所属する裏路地ギルドに届いた聖女暗殺の依頼。
教会が関わっていたなら、すでに繋がりのある暗殺ギルドに依頼していたはず。
そうなると、教会内部でも暗殺ギルドと関わりのないところか、教会とは全く別のところから依頼が来たことになる。
「魔法陣に関する知識が原因で追放になったなら、教会内で魔法陣を使っている奴らとは別の可能性が高いだろう。他に魔法陣の危険性を認知しているとしたら、王族だろうが……王族なら手足となる暗殺部隊はいるんじゃねえのか?」
「でも捕縛と裁判、手出しできるの、少ない」
あー、そこなんだよなぁ。
聖女追放までの流れが異様に早かったことを考えると、影響力のある奴らを除外して考えるのは難しい。
おそらく教会のどこかと、王族のどこかがそれぞれ結託したって線が濃厚。
この辺りはまた情報としてギルドヘッドに届けてもらう。ギルドヘッドなら教会に関わってる暗殺ギルドの洗い出しもすぐにできるはず。
んんんんー、自分で情報集めに動けないのは辛い。
でもユーウェを他の誰かに預けて森を出るなんてことも考えられない。
俺は、ユーウェがここでゆっくりやりたいことをやれる環境を整えるので忙しいからね!
「あ? そういえばユーウェの手帳は回収できた?」
「もう、渡した」
「今頃部屋で読み返してらっしゃるんじゃねえか?」
「そっか。ありがと」
「……お前に礼言われてもな」
良かったと安堵すると同時に礼を言えば、カメリアが鼻の上に皺を寄せて吐き捨てる。
はっはっは! 嫌かね!? 俺も嫌だけどね!
でもユーウェの一番近くにいるものとしては、ユーウェが喜んでくれるのが一番嬉しいんでね!
「明日から数日、俺たちも魔法陣解析に手を貸す。人がいたってどうなるもんでもねえだろうが」
「僕、書斎、開ける、試す」
「ん〜。よろしく」
閉じられたままの魔法使いの書斎が開けば、魔法陣解読のヒントが見つかるかも。
希望は薄くとも、焦らず一文字、一呪文ずつ前に進めばいい。
そのための時間は、まだあるはずだから。