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第3話 ちょっと昔話(てれるぜ)




 聖女は初めて見た日から、変わらない。

 強くて綺麗な存在だ。



 魔なし、あるいは魔抜け。

 魔力を持たずに生まれた者はそう呼ばれる。


 成長と共に魔力が育ち、魔法を行使してスキルを得るこの世界で、魔力がなければスタートラインにも立てない落ちこぼれだ。

 大抵の魔力なしの子供がそうであるように、俺も生まれ落ちた瞬間に親から見放されて捨てられた。


 そんな奴らはまず生きていけたら幸運。でも生きていても不幸。

 市民として認められるには魔力を登録した市民カードが必要。

 はい、ここで、魔抜けの人生終わったも同然。人間以下の扱いまっしぐら。

 行きつく先は、魔法契約をかいくぐったり、魔法施錠された屋敷に盗みに入ったり、そんな汚れた世界だ。


 俺はまぁ、ほんのちょっとした幸運に恵まれて、壊れた魔法具の回収をやってた。

 適切にメンテナンスされていない魔法具は残魔力によって時に暴走を起こす。

 漏れ出た魔力の影響で体調を崩す人もいる。

 そんな時に颯爽と現れるのが、この俺、ごみ回収人ってわけだ。ま、俺自体もごみみたいな目で見られるけどな! はっはっは! はぁ‥‥…世知辛い。


 そんな俺の変わらない底辺の日々に、ある時変化が起こった。

 それはもちろん、聖女がきっかけだった。

 いつも通り、たっぷり侮蔑のこもった目を向けられながら廃品の魔法具を回収していた時、


「聖女様が来てるって!?」


 そんな声が通りに響いた。

 あっという間に通りが人で埋め尽くされ、オットーじぃのひく馬車は立ち往生してしまった。

 前にも後ろにも進めない。馬車に乗っているせいでちょっとだけ高い場所から、通りの丁度反対側に教会の馬車が止まっているのが見えた。


「魔抜けが、早くどかせよ!」


 うーん、あんたを轢いていいならどかすよ? だめ? だめだよね?


「……こんなところに魔抜けが?」

「恐れ多くも聖女様に近づこうだなんて」


 いや、俺がもともといた場所にあっちが来たんすけどね!

 なんて理不尽! いつも通り!


「おい、そこの! 即刻馬車をどかせ!」


 あーあー、兵士まで来ちまった。やだなぁ、またぶん殴られんのかなぁ。

 魔抜けの体質のおかげで魔力の身体強化使われて殴られても意味ないから多少痛みは減るけど、痛いのは痛いんだよ。


「はいはい」

「口答えをするな!」


 返事をした直後、兵士が手にした槍の底で頭を殴られ、視界が揺れる。

 あー、いてー。くっそいてー。

 頭はやめてくれよ。防御できないじゃん。腹ならまだ腹筋に力入れて耐えられるのに。おう、くそ、いてー。


「何をしているのですか」


 辺りに、毅然とした少女の声が響く。

 騒めきが止まった。

 さわさわと聞こえる「聖女様だ」の呟きに、今の声は聖女のものだと察した。

 いつも人と目が合うと言いがかりをつけられるから、俺は普段通り顔を下げたまま様子を伺う。


「ここにいてはいけない者がいたので、どかそうとしていたのです」


 兵士が直立不動で答える。そうね、いてはいけないですね。魔抜けですからね。

 いてはいけないっていうか、生きてたらいけない。みんなそう思ってる存在だね。


「暴力を振るう必要はないでしょう。それにその方の行手を邪魔したのは私どものほうです」

「そんなことは! ……こいつは魔抜けです」


 まさか聖女が俺をかばうとは思っていなかったのだろう。兵士は口ごもった後、そう告げた。

 ザワリ、と周囲の人たちが俺の馬車から距離を取る。

 ハイハイ、場所を開けてくれてありがとう。これで馬車を動かせる。

 そう思って顔を上げた先、聖女が左右に割れた人込みの間を進んでくるのが見えた。

 え? なに? なんで聖女がこっちに来てるの? 聖女、ちっこい。

 こんな人込みの中に出てきちゃ危ないでしょ。聖女、銀色だぁ。

 ほらほら、後ろの護衛の人たちも焦ってるじゃん。聖女、可愛いなぁ。

 おい、邪念がすぎるだろ、俺の脳内。うるさいから黙ってなって。聖女、綺麗……うん、綺麗だなぁ。


「魔を持たぬものだからと言って、暴力を振るったり差別する理由にはなりません」

「な!? 聖女様がそんなことをおっしゃるのですか!? 魔抜けは! 神に見放された人ではない存在!」

「人から生まれるのは人だけです。また聖典には『人は弱く、すぐに死ぬ。神は人を憐れみ、弱い人が生きながらえられるように力を与えた』とあります。つまり、魔力を持たない者は神自らがその目で『魔力がなくても生きていける強い人間』であると判断された方。魔力に頼って生きる人よりも、その方は強いということです」

「そんな!?」


 悲鳴のような声が周囲から上がる。実際、口元に手を当てているご婦人方も。

 え? 聖女様、何言っちゃってるの? そんなこと言ったらやばいんじゃない?

 魔力量で聖女って選ばれるんでしょ? 魔力量が多いほど、王族にも等しい地位がもらえるこの国で、そんなこと言っちゃったら絶対にダメだって!


「聖女様! すぐに馬車にお戻りください!」


 後ろにいた護衛たちが聖女を囲み、俺の馬車から距離を取る。

 ヘルメットの奥から鋭い視線が俺の顔にグサグサと突き刺さった。護衛たちの迫力に、俺を殴った兵士も身を引いている。ははっ、自分より強い奴には尻尾を丸めて怖気づくってか。さすが、兵士サマ。


「オットーじぃ、行くぞ」


 都合よく、人が馬車の周りから離れている今が好機。

 オットーじぃに声をかけ、馬車を進める。


 それはほんの一瞬の邂逅。直接聖女と言葉を交わしたわけでもない。

 ちっこくって綺麗な聖女を間近で見れただけでちょっとした幸運だったと、俺は満足だった。

 でも次の日からちょっとずつ変化が起こった。


『聖女様が魔抜けを擁護した』

『聖典を読み返したら、確かに聖女様のおっしゃった記述があった』


 魔抜けは神から見放されていると言われて育った俺は、神の言葉が収められているという聖典なんて読んだこともなかった。

 読みたくもなかった。だって、俺たち魔抜けを見放したのは神様だ。そんな奴の言葉なんか、絶対読むものかって思ってた。

 そんな俺の感情はいいとして、とにかく聖女を特別視する人にとって、聖女が発した言葉は絶対的な正となる。


 魔抜けが人であるならば、人として扱わなくてはいけない。


 そんな考えが広まり始めた。

 積極的に守られるということはなくても、以前ほど敵対心を向けられたり、直接暴力を振るわれたりすることが減った。

 完全になくなったわけでもないし周囲の目は冷たいままだけれど、そっけない態度のままで施しみたいに手を差し伸べる人が出てきた。


 魔法具を回収に行った先で初めて食べた焼きたてのパン。

 暑い日に出された変な味のしない澄んだ水。

 ゴミだから持ってけと言われて押し付けられたどこも痛んでいない果物。

 ただ働きに近かった仕事に、初めて渡された小さな硬貨。


 人として生きてきたらちっぽけな出来事。でも俺にとっては涙がにじむくらい幸せな瞬間だった。


 初めて、聖女に感謝した。

 神にではなく、聖女に。


 そしてその日から五年後──聖女はその地位をはく奪され、裏切り者として投獄された。



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