第29話 居場所の味(ほろほろ)
約束の一ヶ月から遅れること二週間、カメリアとゲッコーが屋敷の前に現れた。
ちょくちょくあのふてぶてしい鳥が飛んできては、状況を知らせる文を受け取っていたから、心配などこれっぽっちも全くしてなかったけどね!
ってか、まだまだ戻ってこなくってよかったんだけどね!
「ユーウェ様! 大変お待たせして申し訳ありません! すぐにでも戻ってきたかったのですが色々と王都で変化があり、落ち着いてからというヘッドの考えで……お変わりありませんか? こんなところにこんな奴と二人でいらっしゃることを思うと、私は毎日心配で心配で」
「いらっしゃい、カメリア。心配してくれてありがとう。私は元気よ。さ、移動で疲れたでしょう。中に入って?」
むっふぅ。
ユーウェの「いらっしゃい」という言葉に少しだけ、安心する。
もしここで「お帰りなさい」とか言っていたら俺はちょっとへこんでいたかも。ゲッコーは許すけど、カメリアだけは許さねえ! お前は外で寝ろ!
ふすーっと鼻息を出した俺に、カメリアからキレッキレの視線が突き刺さる。へーんだ、全然怖くないもんねーだ。
カメリアが乗ってきた馬に積まれた大量の荷物を下ろし、厩に入れて世話をする。よーしよしよし。あんな変態に乗られてお前も大変だな。労わってやろう。変な虫がついていないかな。森は危ないからね。
さて、カメムシ、じゃなかったカメリアって変な虫がユーウェに近づきすぎないようにさっさと戻らないと。
厩から出て屋敷に戻ろうとすると、木の上から軽い音を立ててゲッコーが俺の横に降りてきた。
相変わらず口元はスカーフに隠れている。暑くない? 呼吸つらくない?
「ギルドのこと、教えた?」
「んー、簡単なルールとかだけ」
「ヘッド、呆れてた」
「だろうねぇ」
ユーウェも無理矢理ギルド員になることはできないと分かっているのか、俺から話す時以外は話題を振ってくることすらない。
俺が教えたことといえば、ギルドの成り立ち、掟、魔抜けの保護を主とした活動など。
俺はまだ十歳になる前にギルドに拾われ、裏路地の事務所でこき使われ、基本的な教育を受けて、それから他の魔抜けに混ざって色々な仕事をした。
ギルド員には魔力持ちも多く、彼らの横のつながりで職を選ばなければやれることはいっぱいあったのだ。
生きたかったら働け。
働かないならギルドから出ていけ。
そう言われるのが怖くて必死で働いて、いつの間にかギルドの裏の顔、というか本当の顔である暗殺関連の情報も集めるようになった。
以上、これが俺の薄っぺらい半生だ。
「そっちは? 王都に戻ってる間に任務はあった?」
「……一件。仲間、集めて、売ってた」
「そっか。よくやったな」
ゲッコーの背中にポンと手を当てる。
俺は魔抜けの中でも運がいいほう。
町の中で隠れて逃げ回っていたらギルドに保護された。
ゲッコーは違う。
魔抜けを人間として扱わない奴らにつかまって、心身を痛めつけられた。
いつもその綺麗な顔を半分隠すのもそれが原因。
ゲッコーが暗殺の仕事に積極的に関わるのも、それが理由。
今回の任務も、魔抜けを売りさばいていた人身売買の拠点をつぶしたってとこだろう。
それはカメリアも大暴れしただろうな。あいつは大事な妹が魔抜けで、ある日いなくなって探したら両親の手によってどこかの変態に売られた後だった。
あいつがあんな格好をするのも、喜んで暗殺に関わるのも、すべては家族への復讐と妹への懺悔から。
みんなそうやって心の傷を負ってるやつが、暗殺任務についてる。
俺? 俺はこんなんだから。
町の中をオットーじぃとぶらぶらしてゴミを集めて、魔抜けにしては周囲に顔が知られてるのんきなヴェインですから。ゴミに何を聞かれてもいいと思ってる人たちから情報を集めて、ちょちょいっと上に報告するだけの簡単なお仕事です。
あ、でもつい最近受けた仕事はめっちゃ大変だったけど。
聖女を森に捨てるっていうね! 一生分のお金もらえるって聞いたし、なんたって相手はユーウェだからね!
ギルドヘッドの元に暗殺依頼が来たって聞いて、俺はずっとそわそわしてた。
不穏な情報ばかり集まって、ヘッドはどうにかして聖女を救出する術を考えていた。
教会の信者、兵士、裁判所の衛兵、侍女、召使い、下働き……各所にいる仲間と連携して、聖女が乗る馬車をすり替えて俺が御者の位置に滑り込んだ。
心臓バックバックだったね。あんなギリギリな作戦、無理じゃねって思ったけど、平気な顔してこなす奴ら凄い。あいつらの心臓に生えてる毛、絶対剛毛だ。俺が保証する。
過労死を回避した鋼の心臓を持つ俺がな! はっはっは!
「カメリア、ちょっと、怖かった」
「あー、一番憎い奴らだろうからな。ちゃんとゲッコーが止めたんだろ?」
「……後押し、した」
「おい、止めろよ」
火に油注ぐのやめろよ。だからお前ら二人の組み合わせはやばいんだよ。
うちのギルドで一番凶暴な奴らが、なんでこんな平和な場所に来てんだよ。
ユーウェに近づいたら、よくない影響が……いや、ユーウェもそこそこ強いわ。魔法陣を血で書いちゃう人だし。うん、ちょっとあれはボクもびっくりだったよ、ははは。
ゲッコーと並んで屋敷に入る。
地下へ行き来することが多い俺とユーウェは基本一階を使ってるから、ゲッコーとカメリアには二階を使ってもらう予定だ。
特にたくさん荷物があるわけでもないけれど、部屋を見に行くというゲッコーと別れ、俺は台所へと移動する。
おもてなしなどしたくない相手だけれど、ユーウェに休憩をいれてもらうにはちょうどいい。
徐々に貫禄を持ちつつある自分の中のオカン気質から目をそらし、トレーにお茶と王都からのお土産である焼き菓子を乗せる。
コロコロと転がってしまいそうな焼き菓子は、俺も食べたことがある。少し懐かく思いつつ、談話室に移動した。
「うぃー、ちゃーだよー」
「ヴェイン、ありがと」
「……まともな大人としての喋り方も忘れたのか」
「そっちの変態、茶はいらねえな!」
毒々しい紫のドレスを着たカメリアから一番遠い場所に座り、適当に茶器をテーブルに並べる。
コロンと栗のように丸い焼き菓子に、ユーウェは両目をぱちぱちと瞬かせる。
「これ、うちのギルドヘッドの好物。たぶん、ヘッドが選んだんじゃないかな」
「私が説明します。ユーウェ様、こちら裏路地ギルドヘッドからの差し入れです。少し変わった作り方で体力がいるとかで、魔力なしのギルドメンバーが得意とする焼き菓子ですわ」
「へえ、ありがとう」
カメリアの説明に頷き、ユーウェは指先でそっと焼き菓子をつまむ。
焼き菓子にしては白くもったりした色のそれをしげしげと眺めた後、口の中に入れた。
直後、ユーウェの目が見開かれた。目力強いな!
「んん! んん!」
口元に指先を当て、声にならない感嘆の声を上げる。
ふっふっふ。教会で色々美味しいものを食べてきたユーウェでも初めての味とは。
「美味しい?」
「ん!」
「お気に召したようで嬉しいですわ」
「あ……それ」
遅れて談話室に入ってきたゲッコーが、焼き菓子を見て呟く。
それからいそいそと席に着いたゲッコーに俺たちを伺うような視線を向けられ、俺とカメリアは同時に菓子に手を伸ばした。ゲッコーもすぐにそれに続く。
さくり、さくり、しゅわぁ。
優い味が口の中で溶けていく。
懐かしい。
ギルドに初めて連れて行かれた日を思い出す。
ボロボロでガリガリなガキの口の中に放り込まれた、甘い甘い焼き菓子。
これは、ギルドヘッドからのメッセージだ。
俺たち三人は顔を上げ、同じ思いを瞳に浮かべて頷きあう。
あの日、俺を見ていた裏路地のみんなの顔が浮かぶ。
ああ、本当に懐かしいな。
俺が、俺の居場所を見つけた日だ。
あの時のみんなの声が蘇る。
三人の声が合わさった。
「ようこそ、裏路地ギルドへ」