第25話 次代聖女(いやだ!)
どこのギルドにも掟がある。
それはギルドのトップ交代で変わることもあれば、信念として代々受け継がれるものもある。
うちの暗殺ギルド「裏路地」の掟は創立当時からただ一つ。「生きたいなら働け」だ。
最初それを聞かされた時、何を言ってんだこいつ、と素直に思った。俺は基本素直なので、それを正直に顔に出した。そして脳天に拳骨を食らった。
今思えば、ガリガリのやせっぽっちの子供にする所業じゃない。酷い。さすが暗殺ギルド、やることが暴力的。
ま、とにかく、生き延びたいなら魔力あるなし問わず働け。働く場所がないなら見つけてやるってのが裏路地の掟。
チビガキでも、どんなに捻くれたクソ親父にも、生きたいという姿勢を見せたら仕事をくれる。そんな場所だ。
その中で、暗殺関連の任務に就くのはほんの一部。
カメリアも、ゲッコーも、それなりの理由があってそこにいる。
それぞれに、それぞれの信念があって、抱えている事情があって生きている。生きていかなくてはならないのだ。
「聖女は国外追放の刑に処されたと言われています。生死は不明。聖女を乗せて王都を出たはずの馬車が死の森付近で行方不明になったことから、死の森の中で命を落としたのだろうという見方が強まっています」
カメリアの感情を省いた説明に、ユーウェは深く頷く。おそらくユーウェ自身も予想していたのだろう。その横顔には動揺や失望は浮かんでいない。
現状、俺やギルドが狙った通り。よし、俺、よくやった。俺は自分を褒めて伸びるタイプなのだ。誰も魔抜けなんて褒めてくれないからね!
「王都で、ユーウェの処遇に対してどんな反応が出てる?」
ユーウェが捕縛されてから裁判、そして追放になったのはわずか四日。
ギルドに暗殺依頼が持ち込まれた時から、ユーウェの有罪は既定路線だった。
教会や高位の貴族がその裏にいることは確実。でも世論は置いてけぼりな感がある。
「そこよ」
「どこだよ」
「だから、ユーウェ様の有罪、そして死亡について民衆から不満の声が上がってるわ。もともとユーウェ様は、これまでの教会に引きこもってたまに式典で着飾って出てくるだけのお飾り聖女と違って、王都内でも積極的に聖女として活動されていらした。それに加えて、新たな聖典の解釈を広めたことで、王都の中ではとても人気が高かったの」
「……は、恥ずかしい」
いきなりカメリアに手放しに褒められ、ユーウェが顔をうつむけて照れている。
さらりと流れた白銀の髪が彼女の顔を隠したけど、わずかに見える耳は真っ赤だ。ふっふー、可愛い。
「不満、声、ある。けど、どうにも、ならないから、もっと不満」
「あー、なるほど」
ゲッコーのとぎれとぎれの説明に俺は頷く。
僅かに首を傾げたユーウェのため、彼が言いたかったことに説明を加えた。
「確かに不満はあるけど、もうユーウェの行方が分からなくなってしまった今だともう何もできない。そういうイライラっていうのかな。何もできないことにさらに失望と不満が溜まってるってこと」
「そう、なのね。……あの、ここでもし私の後任になる聖女が決まったら?」
え? まじ? この状況で?
思わず俺はカメリアやゲッコーと視線を交わす。
二人ともありありと顔に不快感を浮かべていた。つまり、そういうことだ。
この反応はおそらく民衆も同じ。
すでにユーウェの処遇に対して不満があるところに、さっさと新しい聖女が任命されたら皆納得しないだろう。
そしてその後任が明らかにユーウェよりも劣る人だったら……。
「んー、誰か、候補になりそうな人を知ってる?」
「……一人」
伏せられたユーウェの目。
なーんか、やな予感?
過去に王都で聞いた聖女になりそうな人の噂を頭の中でポコポコと浮かべては、モグラ叩きの様につぶしていく。残って穴からとび出てきたのは、あー、うん、最悪かも。
「んー、公爵家の三女かつ第四王子の婚約者……かな?」
「あ゛あ゛ん?」
「え、やだ」
俺の出した答えに、カメリアとゲッコーが即座に反応する。
いや、分かるよ。分かるけどさ、相手は一応公爵家と王族……ま、いっか。こんな死の森での会話、誰も聞いてないし。うん、問題なし。
「私も、恐らくあの方が後任に立たれると思う。魔力量は申し分ないし、立場も、あるし」
「立場、ねぇ」
頬に当てられたカメリアの赤い爪が、パラパラと踊る。
王族、貴族に関しての情報はカメリアのほうが詳しい。俺は庶民派だからね。カメリアはその不気味な美貌で上流階級のお方々と《《仲良く》》してる。
そのカメリアが難色を示すということは、やっぱり次期聖女候補はユーウェに比べたら劣るということだろう。
つーか、ユーウェより聖女としてふさわしい人なんていないけどね!
「王族、貴族は、魔力が大事。ユーウェの、考えは、王国の制度、揺るがす」
「……うん、そうだよね」
ゲッコーの意見にユーウェは素直に頷く。
次期聖女が貴族や王族にどっぷり浸かった人物ということは、教会も王族も魔力至上主義を変えることはないということだろう。
自分たちの立場を脅かしかねない聖女ユーウェをあんなにも性急に排除したのは、そこが理由の一つに違いない。
「そのあたり、王都に戻ったら詳しく調査するわ」
「屋敷とか、魔法陣、調べて、資料探す」
カメリアはユーウェの裁判関係の情報を、ゲッコーはこの屋敷や魔法陣に関する情報を集めるために一旦王都に戻ることになる。
「ユーウェ、何か必要なものは? 二人に頼んどく?」
この屋敷に寝泊まりしている限り、健康な生活は送れるけど最低限のものしかない。
今回二人が優先して持ってきてくれたのは食料系が主で、あとユーウェの着替えが色々。俺のための服もちょっとだけ。うん、とってもちょっとだけ......いいさ、男なんてそんなもんさ。ユーウェが心地よい服で気分よく過ごせるほうが、よっぽど俺にはご褒美! 悔しいけどカメリアの服のセンスはいいし!
「お二人は、教会の中に入ることはできる?」
俺の質問に少し悩んでからユーウェは二人に尋ねた。
教会に何か残した物でもあるのかな。そりゃ、突然の捕縛で着の身着のまま森に放り出されたら、取ってきたいものがあるだろう。
カメリアも同じことを思ったらしく、「何か持ちだして欲しいものが?」と質問を返す。ユーウェの質問は「できるか」だったけど、こいつなら何をしても「できる」に変えるだろう。
「……教会や王宮に残されていた魔法陣を自分で研究した資料があるの。見つからないところに隠してあるから、多分、処分はされていないと思う」
「場所を教えてください。必ず、取ってきますわ」
食い気味にカメリアが宣言する。化粧で強調された目力が怖いほどにギラギラ輝く。
これは絶対、必ず、何があっても取ってくるぞ。ちらりとゲッコーをみれば、こっちもスカーフから見える目をランランと光らせている。やる気、満々だ。殺るほうではなくてまだいいか。潜入したついでに教会の上部をばっさばっさ殺らないとは思う。確信はないけど。
「それじゃ、ここの屋敷の確認ができたら二人は王都。俺はユーウェが魔法陣の解析をするのを手伝ったり家事全般ね」
「ありがと、ヴェイン」
「いえいえ~」
簡単にやることをまとめると、ユーウェにお礼を言われた。
ふっふっふ、俺、頼られてる。こまごました日常のお世話は俺が頑張りますよ。だから魔法陣とか難しいところはよろしく。はっはっは、俺、頼りねえな!
そうしてめいめいが割り当てられた仕事をこなしていた二日後、ユーウェは突然大きな声で宣言した。
「私、暗殺ギルド員になる!」
「は?」
「え?」
「……!」
あまりに突拍子もない内容に、俺たちは間抜けな声を出した。
あ、そのうち二人が魔抜けな上、一人はちゃんと声出てないけど!
ユーウェさん、どうしちゃったのかな!?