第24話 情報交換(だいじだよ)
簡素ながら、丁寧に調理された料理がテーブルに並ぶ。
変人魔法使いの屋敷にあった値段は考えたくない食器を使い、これまた値段を知らないほうが良さそうな精巧な細工が施された食卓を眺めつつ、椅子に腰を下ろす。
この椅子も、なんか脚がぐにゃあって曲がってんの。なんで曲がってんの? いや、裏路地にも芸術的な意図ではなくがっつりひん曲がった椅子はあるな……うん? なんか違うか。
最初は触るのもびびったけど、ユーウェがなんの反応もせずにさらっと席に着いたのを見て俺は腹をくくったね。
服の内側を緊張の汗でびしょ濡れにしながら、最初のご飯を食べた。そのうち家具の価値とかどうでも良くなったから、人間慣れが大事。
「裏路地の婆が調味料をたくさん入れてくれてたみたい。さすが、婆。こいつらだと全然料理のこと分からないから」
「お魚もお肉も一気に美味しくなったね。嬉しい」
美味しいいただきました!
にっこにこ笑顔もいただきました!
俺も、嬉しい、です!
脳内で十人ぐらいの俺が万歳して踊り狂ってる。落ち着け、俺。
「聖女……ユーウェ様にはもっと美味しいものを食べていただきたいのに」
「だったらお前が料理しろよ。ナイフは振り回せても包丁使えねえやつが文句言うな」
ハーブを散らした魚を上品にナイフとフォークで食べていたカメリアは、悔しそうに顔をゆがめる。
ゲッコーはさっきから一口食べるたびにスカーフをどかし、また元に戻している。スカーフ、邪魔だし面倒じゃないのだろうか。でも以前、無理矢理剥がそうとした奴が半殺しの目にあってたから、指摘はしない。俺は長い物に巻かれるたちなのだ。スカーフだからね! はっはっは!
「それにしてもこのお屋敷、構造が簡単に見えて仕掛けがありそうな気がするわ。あとで調べさせてもらってもいいかしら?」
「もちろん。いいよね、ヴェイン?」
「うん。もともと俺たちのものでもないし」
ユーウェが俺の意見を求めた瞬間、カメリアから鋭い視線が飛んでくる。
ふっふっふ、残念だろうがユーウェからの信頼は俺の方が厚い。そこで悔しがっているがいいさ!
でもちょっとはフォローしてやろう。俺は優しいからな。
「ユーウェ、カメリアもゲッコーも依頼で色々な場所に潜入している経験があるから、建物の構造とかトラップとかをプロの目線で見てもらえると思うよ」
「すごいのね、カメリア、ゲッコー! 安全が確かめられたら私も案内してもらっていい?」
「も、もちろんですわ、ユーウェ様」
輝くような笑顔を向けられ、カメリアは長い金髪に指を絡めてもじもじしながら頬を赤くする。
男の赤面する姿を見てもなぁ。中身はカメリアだしなぁ。
冷めた目をカメリアから外すと、ふわりとした笑顔を浮かべたユーウェと目が合う。カメリアに気付かれないように送られた秘密めいた視線に、心臓がどぎゅるぅおんっと暴れた。くっ、落ち着け、俺。心臓も、落ち着け。
ふひぃ、耐性がついてきてカメリアほど顔に出ては無いだろうけど、危ない危ない。
「いま、どこで、寝てる?」
食べ終えてスカーフを鼻下まで引き上げたゲッコーに尋ねられ、俺は乾燥野菜が浮かぶスープをぐるぐるとスプーンでかき回しながら答えた。
「基本、最初に入った魔法陣がある部屋だけ。二人が来るなら俺が動かないほうがいいと思って」
「ま、ゴミにしてはいい判断ね」
反射的にカメリアへ暴言を吐きそうになるのをグッと堪え、ここに入るまでにあった魔法について説明する。
見つけた魔法は屋敷の外を覆っていた岩山に偽装していた魔法と、地下の階段扉に賭けられていたおそらく施錠の魔法。
おそらくとしか言えないのは、見つけた時にはすでに魔法が解けてしまっていたから。
あとは、ユーウェがはまってしまったという罠。
魔力を持っている人間が近づいたら強制転移させる罠だ。
「対象者の意思関係なく転移させるなんて、そんな高度な魔法がこの森に……」
カメリアは丁寧に描かれた細い眉を寄せ、赤い唇に同じく赤い爪を当てる。
……暗殺者って、そんなに派手でいいの? そんな格好で森に入って、誰かに見つかったりとか、しないか。しないわ、死の森だし。
いたとしたらユーウェを追ってきた兵士たちの捜索隊か?
あ、そう言えば、捜索隊って出たのかな。この話が終わったらまた聞いてみよう。
「私が魔法で飛ばされたのは、あの半地下になっている場所の隣で、魔法を遮断する仕掛けがあったわ」
そうそう、そんな意地悪な設計がされてたんだよ。
あの場所でユーウェと再会した後、どうやって屋敷の中に入ったのか、互いの情報をすり合わせしてからユーウェと一緒にその場所を見に行った。
「魔法を遮断する仕掛けが? そんな場所に飛ばされて、ユーウェ様は大丈夫だったんですか?」
そうだよねぇ。そう思うでしょ。
でもね、ユーウェは元聖女で魔法陣の研究しちゃうような人だからね。
魔法が仕えないなら、魔法陣を使っちゃえって人だからね。
あ、ぶっ壊されてひしゃげた檻を見たら、カメリアも驚くだろうな。
ぐしゃぐしゃにひしゃげた檻の棒を見て唖然とする俺に、ユーウェはえへへっと可愛らしく照れていたけど。うん、可愛いけどやってることは可愛くないね。
俺が心の中で解説を付け加えていると、案の定ユーウェが「魔法陣を工夫して作ったら、檻を壊せたよ」と答えている。
そんなに強い檻じゃないと思ったのか、カメリアも笑って「であれば良かったです」なんて言ってる。あとでどんな顔を見せるのか、今からでも楽しみだ。
お前が敬愛する聖女様の、破壊の化身っぷりをとくと見るが良い。
「んで、兵士の捜索隊は出た?」
「出たには出たけど、一日で終ってたわ。死の森には兵士たちもあまり入りたくなかったようね。こっちとしては好都合だったけど。それですぐに森に入る予定が、どこかのクソゴミ屑がまっっっったく連絡してこないせいで、何日も何日も待たされて!」
はっはっは、そりゃすまんね!
お前みたいなやつが来るって分かってて、すぐに連絡するかよ、バーカ。
それにちゃんとユーウェと話し合えるようになってから、俺たちの事情を伝えたかった。なんだかんだ、ユーウェの頭が良すぎてばれちゃったけど。
「私に関して、王都ではどう扱われてるか……何か知ってる?」
おずおずと切り出すユーウェに、カメリアは茶の入ったカップに伸ばそうとした手を止めた。
「そうね……色々と情報交換もしたいし、食事の後に話をしましょう」
カメリアの提案に、ユーウェとついでに俺もそろって頷いた。