第23話 お仲間(へんじんだらけ)
「……何、やってるの?」
「ん? 魚を干物にしてんの。あ、塩持ってきてくれた? 塩がないとちゃんとした干物ができないんだよね」
捌いた魚を天日干しにする作業をしていた俺とユーウェ。
そこに木の上から、押し殺した声が届いた。
ユーウェがバッと警戒したように体を固くする隣で、俺は左右の手に一匹ずつ魚を持ってプランと揺らす。
あのさ、もうちょっとまともな人間っぽく登場しようよ。地面じゃなくて木の上を移動するってどこの泥棒か暗殺者だよ。あ、暗殺者だったね。じゃあ、正解なのか。……絶対違う気もするけど。
そんなことを思ってる俺の足元にドサリと重たい音を立てて袋が落ちてきた。
「お、ありがと。ユーウェ、塩だよ。今日からご飯の味が良くなるね」
「う、うん……ね、ヴェイン、あの人ってギルドの人?」
魚を板の上に丁寧に広げ、両手を適当に布で拭ってから塩の袋を拾う。
嬉しいねぇ。塩は生活するのに重要だよ。保存食にも欠かせないし。
「うん。あいつが二人組の片割れの魔抜けのほう。身体能力が馬鹿高くって、馬鹿だからいつも高いところにくっついてる。名前はゲッコー」
「……」
「……」
頭上からこちらを無言で見下ろすゲッコー。
不気味そうにゲッコーを見上げるユーウェ。
その気持ち、すごい分かる。
あいつに人間らしさを求めてはいけない。なんたって地面を歩くより、木とか天井に張り付いてる方が多いから。
おかしいよな。魔抜けっていっても一応人間なはずなんだけど。
「ゲッコーが来たなら、もう一人ももうすぐ来るはず。昨日の鳥の飼い主」
「鳥さんの!」
鳥さん……そんな可愛い生物だったっけ? 可愛いのはユーウェだけどね。
いかん。今の発言で鳥の飼い主のあいつの評価が合う前からぐんっと高くなってる。
あいつは誰よりも傲慢で自分勝手で、他人への配慮というものが一切なく、そして……変態。
ガサガサと下草を踏む音がして、顔をそちらに向ける。
一頭の馬にまたがった線の細い人物。
その身を包む衣装にユーウェはパチリと一度瞬きをし、俺はげんなりと肩を落とした。
「相変わらずか……」
「聖女様!」
高い声が響く。
木々の間から開けた場所に出ると、そいつは馬をそこで止め、ひらりと地面へと飛び降りた。
赤いドレスがふわりと広がる。
その裾を両手で持ちあげると、優雅に小走りで聖女のそばまで近づき、ドレスが汚れるのも構わず地面に跪く。
「ああ、聖女様……やっとお会いできましたわ。そんな粗末な服を着せられてお可哀そうに……私だったらこんな場所に放っておかなかったものを」
「グガゥウェ」
ウルウルと潤んだ瞳で聖女を見上げるそいつ。ついでに木の上から馬の背に黒い鳥が降りてきて、同意するように一鳴きする。
あーあーあー、すみませんねぇ。粗末な服しか調達できなくて。
でもヘッドに相談したら、俺が豪華な服を渡したらすぐに不信感もたれるだろうって言ってたし。
逃走しなくちゃいけないのに、お前のドレスみたいなごてごてした服なんて邪魔になんだろうが!
「御託はいいからとっとと挨拶しろよ」
「うっさい。感動を噛みしめてんだから邪魔すんな。……こほん、初めまして、聖女様。暗殺ギルド裏路地所属のカメリアと申します。お会いできて光栄です」
跪いたまま、右手を胸に当てて恍惚とした表情でユーウェを見上げるカメリア。
ユーウェは戸惑ったように瞳を揺らし、こくりと小さく頷いた。
そうだよな。こんな圧の強い奴がいきなり来たら戸惑うよな。すっごい分かる。
「おい、カメリア。ユーウェがびびってっからとっとと立てよ」
「うっさいヴェイン……え? ちょっとあんた、まさか、聖女様のこと、お名前で呼んでるなんてそんな失礼を」
立ち上がったカメリアが、ヒールで底上げされて頭一つ分高い位置から俺を見下ろす。
でかすぎだろ。馬乗って死の森を通るのに、ドレスとヒールっておかしいだろ。
「あああん? ユーウェはもう聖女じゃねえの。あの場所で聖女は死んだの。だから、ユーウェをユーウェって呼んでなにが悪りぃんだよ。アホが」
「だからといってお前のようなクズゴミが呼び捨てにしていいわけがねえだろ。ふざけんな、このカスが」
カメリアの喉奥から獣の唸り声にも近い低音の声が発せられ、ユーウェがピクリと体を揺らす。
はっはっは! かかったな!
あっさりと正体を見せるとは、脳みそはクソ雑魚以下だな! はっはっはぁ!
「えっと、男の方、ですか?」
「あっ!」
「そうそう、こいつ、こんなナリしてっけど男。女で潜入してたりとか、逃げる時に性別をごまかしたりとかカメレオンみたいなやつ。カメリアももともとはカメレオンから……」
「黙れ、このクソ!」
伸ばされたカメリアの手を体を低くしてよける。
直後、ドレスの下から伸びた足が頭上を通過して、その場を転がった。
ブオンッと殺意ありありの風切り音が耳元で鳴る。
「……ドレスで蹴り出すとか、はしたなくない?」
「うっせえ」
身を低くしたままの俺をカメリアは睥睨する。
その時、にらみ合う俺たちの横に、トスッと軽い音がして思わずそちらを振り向く。直後、また跳んできたカメリアの足を右の腕で弾き飛ばした。隙を狙ったつもりだろうが、通じねえな! はっはっは!
いったいどんな心境の変化か、木の上からゲッコーが地面に降りてユーウェの前に立っていた。
「セイジョサマより、ユーウェがいい?」
「うん。それがいいかな」
「分かった。ユーウェ」
首に巻いたスカーフを指で引っ張り、口元を隠しつつゲッコーが頷く。
変なやつ。だけど話が通じる点ではまだゲッコーのほうがましだ。
パシッパシッとカメリアの攻撃をいなしつつ、俺はユーウェに声をかけた。
「ユーウェ、食材とか服とか、追加で持ってきてもらったから、今日からは、もうちょっと、生活がしやすくなると、思うよっと」
ゴロリと地面を転がると、トスッとそこに長い釘が突き刺さる。
うわぁ、怖えよ! 殺す気か! 殺す気なんだろうな! はっはっは、知ってた!
連続で繰り出される攻撃をかわしていると、ユーウェが焦った声を上げる。
「あ、あの、せっかく干した魚に砂がかかっちゃうから」
「あ、そうね。確かに。あのゴミが暴れるから砂が舞っちゃったわ。本当に、頭にゴミが詰まってるんだから」
「……敬愛する人の前でそういう発言すると、自分の評価を落とすってこと、カメレオンよりも小さな脳みそで覚えていた方がいいと思うな」
ぽつりとこぼした声にカメリアが小さく体を震わせる。
おずおずとどこか怯えた目でカメリアがユーウェを見ると、彼女は大輪の花よりも鮮やかな笑顔を浮かべて告げた。
「ヴェインは私の大事な人なので、傷つけないでくださいね?」
ズギュグルウンッと心臓が異常な音を立てる。
ああ、俺、今この瞬間に死んでしまうかもしれない……。
逆の意味で瀕死の表情を浮かべたカメリアを目の端に映しつつ、俺は耳の奥で何度もエコーするユーウェの声を堪能していた。