第22話 先延ばし(だっていやなんだもん)
――ピュイーピピピピッ、ピューウウィ!
独特なリズムで指笛を鳴り響かせる。
数度繰り返すと、高くから黒い鳥が近くの木に舞い降りた。
おい、違うだろ。そこじゃない。俺のところに来いよ。
ここは俺の腕に颯爽と止まって、ユーウェに「凄い!」って見られるまでが台本のはず。打合せは……してないけど。
ジイーッとこっちを見てくる視線の圧に耐え兼ね、俺は籠の中から小さめの魚を一匹取り出してユーウェに尋ねる。
「これ、あいつにやってもいい?」
「うん、もちろんいいよ!」
なんで嬉しそうなの? 自分が釣った魚をあのふてぶてしい鳥が食べようとしてるから?
鳥と、ユーウェと、掴んだ魚を順に見る。
クッと何かに負けた感情を飲み込み、右手を素早く上に振り上げる。
手から離れた魚が宙高く舞い、バサバサと煩い羽ばたきと共に黒い影が頭上を通り過ぎた。
「すごいすごい!」
パチパチと両手を叩いて、見事に魚を掴んだ鳥に賞賛を送るユーウェ。
俺は感情の抜けた目で、堂々と木の上で食事を始める鳥を眺める。
あの鳥は飼い主にそっくりだ。ふてぶてしくて高慢で横柄で尊大。
あいつと会いたくないから、鳥の姿を見つけても無視してたってのに。
とはいえ、魔法使いの家を見つけたり、ユーウェと今の状況に至るまでの認識を合わせたりするのは必要だったから、別に俺が間違った判断をしていたわけではない。
そう、これは個人の裁量に任せられている任務ということなのだ。そういうことだ。
魚を食べ終え、やっと鳥がゆっくりと両翼を広げて俺の元にやってくる。
右腕に止まった鳥を嬉しそうに見るユーウェの顔が近い。うううう……近いですよぉ。
両足にくくられた筒を外すとそいつはなぜかユーウェへと顔を向けて、小さく「グォ」と鳴いた。
「可愛い。ご苦労様ね」
「グウェ」
……この面食いクソ鳥め。
俺は両手に持ったペンのように細い二つの筒をカチリとつなぎ合わせ、二回手前に、それから五回奥方向に回す。
すると微かな手ごたえと同時に、筒の端が開いた。
「すごい、仕掛け。ギルドの人だけが知ってるの?」
「そう。決められた手順で開けないと、中に仕掛けられたインクが漏れて手紙が見れなくなる」
「うわぁ……秘密結社っぽい」
「まぁ、秘密結社っぽいよね。暗殺ギルドなんで」
「そりゃそうか」
筒から取り出した紙片を広げる。
そこに並ぶ数字を見て、思わずため息をついた。
相当、怒っている。
「なに、これ……全然分かんない」
「分かったら暗号にならないでしょ」
ただの数字の羅列に眉を寄せて呟くユーウェ。
これを判読出来たら、さすがに怖いから。
魔法陣に描かれた文字の組み合わせまでとはいかないけれど、そこそこ覚える量は多いこの暗号。
もちろん、ギルドメンバー全員が覚えているわけではない。裏路地に頻繁に顔を出せない立場のやつとかが多いかな。
俺? 俺は王都内をぶらぶらしてるだけのゴミ回収屋で特に必要はなかったんだけど、覚えなくちゃいけないやつの暗記の手伝いしてたら覚えれた。ふっふっふ、馬鹿ではないのだよ、俺は。
言動がアホだとはよく言われるけど。
「なんて書いていあるの?」
「早く連絡しろ、早く連絡しろ、とりあえず早く連絡しろ」
「え?」
「ってことで、連絡するから。んで、たぶん数日以内には仲間がここに来ると思うけど、いい?」
筒の中からまだ何も書かれていない紙片を引っ張り出す。
そして筒の外側にはめ込まれた針を外し、紙の表面を削ってメッセージを書き込んだ。
これを相手が受け取った時に表面にインクを塗るなどして読み取るのだ。外にいるとペンや紙などを持っていないことが多いので、合理的な仕組みになっている。
「へぇ、面白いね」
「ユーウェ、好きそうだよね、こういうの」
俺の手元を覗き込んでいたユーウェは顔を上げ、鮮やかな笑みを浮かべる。
うぉおおお、近距離でその神々しい笑顔は致死量です! 太陽に近づきすぎた男は焼け死ぬしかないのか! ああ、それはそれで本望!
……落ち着け、俺。大丈夫。思ってること全部口にしなければ、俺は多少はマトモな人間に見えるって裏路地の婆が言ってた。占いはことごとく外れてたけど、人生のアドバイスは的確だった。……占い師やめて人生相談で金取った方がいいんじゃないかな。
「来るのはたぶん二人。ギルドの任務は大抵魔力持ちと魔抜けが二人一組でこなすから」
「そうなんだ。あれ? だったらヴェインの相棒さんは?」
「あ、ごめん。説明が足りなかった。バディを組むのは実行部隊だけ。情報収集だけなら一人の方が動きやすいから」
「……そっか」
実行部隊、それはつまり暗殺任務だ。
その意味を察したユーウェの頬がわずかに強張る。
そう、ここに来る予定の二人は暗殺担当。ユーウェの暗殺依頼を本来受ける予定だった二人だ。
彼らがここに来れば、ユーウェが生死に関して王都ではどのように扱われているかを聞かせてもらえるだろう。
筒の中に紙を入れ、決められた手順でそれを二つに分解する。
それを「クウェェェ」とやたら甘ったれた鳴き声で、ユーウェに謎アピールをしているアホ鳥の足に付け直した。
「ほら、行きな」
「次もお魚用意しておくね」
「グウェ!」
この野郎。とっとと飛べよ。
ユーウェにご褒美ねだってんじゃねえよ。
筋肉にやたら食い込む鳥の足にイライラとし、右腕を大きく上下に振る。
おら,行けって、行けってばよ!
「クウェー!」
「行ってらっしゃい!」
バサバサと飛び立った鳥に向けてユーウェは手を振る。
ああ、可愛い。癒しだ。ありがとう。ユーウェの全存在が俺の生きる糧だ。
根性最悪の鳥が頭上を旋回して去っていくのを見送り、俺は数日以内に訪れるだろう面倒な奴らのことを思ってため息を飲み込んだ。