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聖女を森に捨てるだけの簡単なお仕事です。  作者: BPUG
第三章 聖女の安らぎ
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第21話 地道に進む(おれのとくぎ)


「よっし、俺の大勝利!」

「数は、私の方が多いよ」

「総重量で比べてみる?」

「……いい」


 ぷいっとユーウェは唇を尖らせる。可愛いんだが? とっても可愛いんですが?

 誰か、この可愛さを一緒に愛でてくれないか? いや、俺だけ独り占めというこの状況は捨てがたいな。

 はっはっは、いいだろ。全世界でこの俺だけがユーウェのこんな可愛い姿を知っている! はっはっは! 自慢する相手もいねえけどな、こん畜生!


「小さいほうが料理はしやすいよ」

「慰めてくれなくていいよ,ヴェイン。それに次は私が勝つから」


 魔法使いの屋敷で見つけた籠に軽く締めた魚を放り込み、ユーウェは鋭い視線を手元の竿に向ける。

 今回の俺の勝因というかユーウェの敗因は、竿に使った枝の強度。

 彼女が選んだ枝は細すぎて、魚が食いついても引き上げるところまではいかなかったのだ。


「この枝は、小さい魚を狙いたい時用に取っておくわ」

「確かに、保存食にするには小さいほうが料理しやすいかも」

「慰めてくれてありがとう」

「いえいえ」


 むすっとした顔で言われても。

 褒められている気分にはならないよ?

 ピュンッと持っている竿をしならせたユーウェを横目に、水と魚が入って重たくなった籠を持ち上げる。


「ヴェインって、ほっそいのに力強いね。やっぱり魔力がない代わりに、体が強いのかな?」

「かもしれない。怪我も治るの早いし」


 腹のど真ん中に突き刺さった言葉のナイフに血を流しつつ、なんでもないフリで答える。

 ほっそい……つまり、頼りない見た目してるってこと?

 え? 俺って頼りない?

 確かにゴリゴリ筋肉とかないし、身長も普通だし、顔も普通だし……あ、へこんできた。

 風に揺れる花のようにさらり流れる白銀の髪と、流れ星を捕まえたような瞳を持つユーウェに並ぶにはしょぼすぎる。

 ここに他に誰もいないことに感謝。


「ね、明日は森に行かない?」

「ん? 魚に飽きた? 肉狙い?」

「ち、違う、ちょっと魔法陣の解読に煮詰まってて」

「そっか。気分転換必要だね」


 その途中で何か食料になるものを見つけられたらいいな。

 肉と、果物と、葉物。

 味付けが単調になりがちだから、薬味っぽいのも。

 裏路地の占い婆は占いは当たらなかったけど、料理は美味かった。婆ちゃんのお手伝い少ししててよかった。多少なりとも生きていくだけの料理はできるから。

 ユーウェは聖女だったから、基本的に料理経験はない。かといって、舌が肥えまくっているわけでもなく、ほぼ素材の味そのままでも美味しそうに食べてくれる。

 ユーウェ、いい子すぎん? 全人類が嫁にしたい子じゃね? 嫁になんてやらんけど! ってなんで俺が親の立場なの。どっちかって言えば、嫁にもらうほうじゃない?

 ……いや、そんなおこがましいことは申しません。すみませんでした。


 さて、変人魔法使いの屋敷を見つけて一週間ほどが経った。

 それはつまり俺の本職がバレて一週間である。

 それでもって、ユーウェから彼女が十歳の頃から見ていた夢を教えてもらって一週間だ。


 はっきり言って信じられないという気持ちは強かった。

 でも、ユーウェが乗り越えてきた、自分が怪物になるかもという恐怖を思うと否定はできなかった。

 未来を変えようと努力した結果が、魔法陣という禁忌に触れることだったと知り、もう何も言えない。

 それは単なる知識欲からの行動ではなく、自分と、そして怪物によって壊されるこの世界を救うためだったのだから。


「煮詰まってるかぁ……何か手伝えることは?」


 巨大な魔法陣は壊そうと思えば壊せる、らしい。

 ただ強固な保存魔法がかかっているのと、どうしてかそれを俺の魔抜けの特性を使っても解除できないのが難点。

 ユーウェが言うには、屋敷の隠蔽は魔法そのものだけど、屋敷全体にかかっている保存魔法はどこか別に魔法陣が刻まれているのではないかということだった。


「うーん、今でも十分手伝ってもらってるからなぁ」

「少しでも助けられてるなら嬉しいけど」


 俺がやってるのは、魔法陣に刻まれている文様や文言、飾り文字などを寸分たがえず模写すること。

 それからあの部屋に大量に残された本の中から、似通った文字を見つけ出すこと。

 地味な作業を続ける根気と忍耐力、さらには注意力と記憶力が求められる。

 とはいえ、これでも俺は王都の暗殺ギルドの情報収集担当。記憶力は良いと自負している。誰が、どこで、どんな話をしたか。メモに取ることもなく覚えておかなくてはいけないのだ。

 うん、そういう意味では俺って優秀な助手だと思うんだよね。


「文字の繋がりは大体分かるけど、そこから意味を見つけるのが……」

「はいはい。一旦そこは頭を休めて、明日は気分転換に行こう」

「うん」


 ユーウェは俺が書き出した情報から、魔法と同じような規則性を見つけようとしている。

 彼女が俺を助けるために使った魔法陣は、罪人の拷問に使われていた「人から魔力を引き出して魔法具に移す」用途を「人から生命力を引き出して人に移す」に即興アレンジしたものだ。

 ……一発勝負の大博打。俺、生きててすげぇ。

 ま、そんな感じで俺たち二人は、魔法陣の法則を読み取ろうとしている真っ最中。

 屋敷の床にあのまま残しておくには怖い魔法陣だけれど、何も知らないままぶっ壊すのも怖い。


 バサリと黒い影が空を舞う。

 二度、三度と大きく円を描くその姿を目で追い、俺は覚悟を決めた。


「……そろそろ、潮時かなぁ」

「ヴェイン?」

 

 釣竿を片手に、屋敷へ戻る道を進んでいたユーウェが振り返る。

 俺はへらっと笑って告げた。



「もうすぐ、ギルドの仲間が着くみたい」




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