第17話 カイブツ
怪物の正体が自分と分かって以降、私は夢を冷静に観察するようになった。
不思議なものだ。
怪物の正体が分からなかった時には怯え、恐怖し、どうにかできないかと焦ったのに。
ソレが自分だと知ってから、一歩引いて見られるようになった。
だってどんな形であろうとも、そこにあるのは私なのだ。
だからだろうか。
私に夢を見させている何かは、より鮮明で詳細に情景を映し出した。
劇場のように広がる法廷の中央、予め書かれた台本通りに裁判は進む。
「汝は神の名を騙り、信徒を惑わし、王命に背き、禁断の術をもって禁忌を侵した。聖女の権利をはく奪し、王都から追放、神の御許に召されるまでその力を封じる」
「嘘よ! 私はやってない!」
「聖女の口を封じよ」
罪状が告げられた直後、私の口に枷がはまる。
両手は投獄された時から魔力を封じる手枷で固められている。
これでは何もできない。
声を出して魔法を詠唱することも、純粋な魔力を放つことも。
まるで魔法を扱えない魔抜けと同じ。
罪状を宣告した裁判官や、並ぶ王族貴族を睨んでも何もならない。
それでも培った聖女としての矜持から涙を見せることすらできずに、私はまっすぐに背筋を伸ばしてこの茶番に加担した者たちの顔を見回した。
眉を顰める者、侮蔑の視線を向ける者、怯えた表情を作る者。
彼らは皆、無実の私を政治遊戯の盤上からはじき出すためだけに、ありもしない罪をでっち上げた卑怯者たちだ。
「聖女、いや、罪人を連れ出せ」
裁判官の言葉と共に、兵士に引きずられるようにして私は法廷を後にした。
一旦どこかに収容されるのかと思えば、みすぼらしい馬車に押し込まれ、そしてすぐにそれは動き出した。
柔らかいクッションがある訳でもない、むき出しの座面。
両手にはめられた枷のせいで体のバランスを崩し、肩を思いっきり強打する。
塞がれた口から出るうめき声。
馬車はガタガタと音を立てて王都の中を進み、やがて門をあっさりと通過して街道を進み始めた。
時折、御者の調子はずれな鼻歌が聞こえてきて、それが余計に神経を逆なでする。
長時間馬車に揺られている間、肩や腕、頭を繰り返しぶつけ、さらに馬車酔いまでして頭がくらくらする。
込み上げた胃液は、口枷によって一部はダラダラと口の端を伝い、残りはまた喉を通って戻っていく。
何度それを繰り返したのか。
肉体も精神も疲弊しきった頃、突如馬車が停まった。
そう気づいたのは、馬車の扉が開いたから。
体も頭もグラグラと揺れ、気づいていなかった。
「出ろ」
男の声に、のろのろと顔を上げる。
すぐに出ようとしない私に焦れたのか、男の手が伸び、両手の枷を繋ぐ鎖を掴んだ。
強く引っ張られ、私の体は馬車の床に崩れ落ちる。
「んんっぐ!」
「ちっ、もたもたすんな」
くぐもった悲鳴を上げる私に気遣うこともなく、男は鎖を引いて私の体を馬車の外へと投げ出した。
地面に強かに体を打ち付け痛みに呻く私の顔の前に、兵士たちの足が見えた。
「こんばんは、聖女サマ」
悪夢の幕開けだった。
血が、降り注ぐ。
男たちが戯れをもっと楽しむために外した手枷。
その顔を見るためにと取り去った轡。
彼らは忘れていたのだ。
たとえ体を屈服させようとも、その身に宿る魔力は王国随一であることを。
その傲慢さの代償は、彼らの命。
解き放たれた聖女の魔力は、細かな刃となって男たちの四肢を切り刻んだ。
血と肉片が霧雨のように空気を満たす。
それを全身に浴び、血濡れになった聖女は歩き出す。
死の森へ。
怪物が産まれる場所へ。
世界を滅ぼすために。