第13話 秘密を暴く(たんけん、どきどき)
「えーっと、お邪魔しますぅぅ」
ぼーっと観察していても仕方がない。
さっきの幻惑魔法が溶けてしばらく経っても、ユーウェが現れる様子はない。
外にいないのであれば、この屋敷の中にユーウェはいるはず。
魔法で無理矢理この中に飛ばされてしまったとしたら、助けなくては。
……うん、ここで聖女を颯爽と助け出せたら格好いいんじゃね? とか変なこと考えてないから。そんな邪で野蛮な計算はしていません。
ちょーっと、ちょこーっとだけ、美味しい場面だなとか考えてたりしません。
純粋にユーウェが心配ですから。誓います。
汗ばむ右手を服にこすりつけ、剣を握り直す。
あれだけ高度な魔法が掛けられていたのだから、屋敷の扉にも何か仕掛けがあるのかと思いきや、正面の扉はすんなり開いた。
中からひんやりした空気が外に漏れてくる。
スンッと思わず吸った鼻は特に異臭を感じない。変人魔法使いの時代から数百年経っているとは思えないほど、綺麗に澄んでいる。
「保存魔法とか?」
そんなものがあるのかすら知らないけれど、この場所が不思議な力で保たれているというのは正しいはず。
「おーい、いるかー?」
中に入らず、外から呼びかけてみる。
扉の向こうに広がるのは不自然なほど艶々な石床と、何十人も使用人が並べそうな玄関ホール。
数秒待っても返ってくるのは静寂だけ。
虚しい。裏路地でかくれんぼしていて、いつの間にか友達に帰られちゃった子供を見た時と同じくらいの悲しみ。あの時の小僧、元気にしているだろうか……たくましく生きていてほしい。
すぐに扉の中に入っていいものか。
お邪魔しますと言ってみたはいいけど、お邪魔したいようなしたくないような。
足元に転がっている小石を拾い、試しに一個、投げ入れてみる。
カーン、カンカン……。転がる石には何も起こらず、ホールの中央を越えたあたりで止まった。
「罠は、ない、かなぁ」
たった一つの小石では断言はできない。
仕掛けられた罠が魔法ならば、俺の体自身で解けるということはさっきの場所で証明できた。
でも物理的な罠があるのなら、慎重にいかないと。
役に立つか心もとないけれど、適当な大きさの石を数個拾ってポケットに入れる。
「こんにちわぁ」
おお、我ながら情けない声。
ちょっと情けなさ過ぎたので、丸まっていた背を伸ばし、気持ち的には堂々とホールの中まで進む。
「上か、下か?」
中央から踊り場、そこからさらに左右に分かれる豪華な階段を見上げて独り言ちる。
直感で、こういう時ってなんか地下とかに捕らわれてるイメージ。
うん、めちゃくちゃ根拠のない意見です。はい。でもたぶんそんな気がするから、上じゃなくて下に行く階段を探そう。勘って大事。
裏路地の人間をここに何人詰め込めるだろうかと思いながら、広間や食堂の扉をいい加減に開けて奥へと進む。
変人魔法使いはどうやって掃除してたんだろう。
変人と呼ばれるからにはきっと召使もいなくて一人だっただろうに。魔法でちゃちゃちゃっと綺麗にしてたのかな。
人間の雇用を増やそうぜ。仕事がなくて裏路地でダラダラしてる人間なんて山ほどいるし。森に勝手に連れてきても誰も文句言わないだろうし。
魔抜けなんて市民登録もされてないから、森にさらってきてもばれないぜ! はっはっは! うん、犯罪はやめよう。
「下、ないかな?」
これだけ広い屋敷にわざわざ地下を作る意味なんてないのかもしれない。
そう考えながら手を近くにあった簡素な扉に当てた時、パシンッとどこかで聞いたような音がした。
「うぉお?」
魔法だ。
弾かれるように引いた手を、再び扉の取っ手に伸ばす。
今度は何も起こらない。
慎重に、扉の陰に隠れるようにゆっくりと開ける。
半分開けても何も起こらないことを確かめてから、扉を完全に開いて奥が見える位置に回った。
「よっしゃ、下り階段。俺、すげー」
なんとも簡単に隠されていた階段を見つけ、気分が高揚する。
宝探しでもしている感じ。実際には消えた元聖女様探しだけど。
かがんで、階段がどこまで続くのかを覗き見る。
うっすらと八段目辺りまでは見える。でもその先は闇だ。
「これはさすがに、怖え。おーい、誰かいるかー?」
ここで「いますー」とか返事が返ってきたらさらに怖いけれど、物は試しと奥に向かって声をかける。
当たり前と言うべきか、何の音も聞こえない。ふぃー、良かった良かった。
さっき外で拾った石をポケットから取り出し、勢いをつけて階段へと投げ込む。
カーンカン、カンカンカンカン、カーーーーーン。
いくつの階段を跳ねた後、どこか平らなところに到達して転がる音。
水没してるとか、階段が途中で崩れているとかはなさそう。
階段上でしゃがみ込み、どうするべきか考える。
考えても、行く行かないでいったら「行く」しか選択肢はないんだけどな! はっはっは!
「よーし、男は度胸」
立ち上がって、ふっと大きく息を吐き出す。
この先、闇に続く奈落が待っていても進むしかない。
気合を入れ、最初の一歩を踏み出した。
一段、二段、三段……数えながらゆっくり、足元と先を交互に確認して進む。
魔法の気配はない。罠もない。
ここに住んでいた魔法使いがこの階段を頻繁に行き来していたのだとしたら、もしかしたら面倒な罠は仕掛けなかったのかも。そんな淡い期待を胸に進む。
外の岩肌の仕掛けだって十分大がかりだ。
あの魔法をかいくぐって進める奴がいたら、恐らく魔法使いもすぐ気づくはず。そうしたら屋敷の中ではなく外で対処したに違いない。
自分を鼓舞するように、でも気は抜かないように。あらゆる可能性を挙げつつ足を動かす。
段の数が二十に到達したところで、床が見えた。
玄関ホールの磨かれた石の床とは違う。艶のある木の床だ。
逸る気持ちを抑えて、最後の一段まで慎重に降りる。
カツンッと足音がその場所に響いた。
「なんだ、ここ……」
地下だ。
地下だけれど、屋敷の半分を切り取ったように天井が高い。
地下と、地上二階分を合わせたら相当な高さがある。
ぽかりと口を開け、天窓から糸のように僅かに降り注ぐ光の線を見つめる。
それからぎこちない動きで首を回して、部屋の内部を確かめた。
二階部分まで届きそうな本棚にはびっしりみっちり本が詰め込まれている。
本ってそんなに長く保存できるのかな? やっぱり保存魔法ってやつ?
この屋敷にいたら俺も保存されちゃう? あ、でもそれだったら魔法使い本人も生存してることになるから違うか。
……魔法使い、生きてないよね。やだよ、干からびてても生きてる魔法使いとか。
本には興味ないから、次に視線を巡らせて、なんとなーく嫌な予感がある場所に足を向ける。
部屋の中央部分から奥、木の床から丁寧に磨かれた石の床へと変わる。
問題はその床に描かれた模様、あるいは――魔法陣。
この屋敷の半分の面積はありそうな巨大な魔法陣だ。
隠された屋敷の、さらに隠された部屋にあるってだけで、なーんか嫌な感じがする。
「なんだ、これ」
恐らくだけど触れただけでは発動しないだろう。
それでも二歩ほど手前で足を止め、しゃがんで陣を注視する。
「書いたんじゃなくて、彫り込まれてる?」
近くで見ると、魔法陣は指の第一関節ほどの深さに彫り込まれていた。
溝に手を伸ばしそうになる誘惑を押さえて、両腕をしっかりと組み、首を捻る。
「何度も使うため?」
魔法陣を発動させるたびに一から書き直していたら面倒臭い。
床に魔法陣を刻むというのは一見効率的にも見える。だけど書き直せないという欠点もある。
こんな隠された場所にこんなに大きな魔法陣を刻むということは、よっぽど重要で繰り返し使うためだったとしか思えない。
俺はここに来た本来の目的を忘れ考え込む。
「これって刻むだけで発動できる? インクとかいるのかな?」
ふと、あの日の光景が頭に浮かぶ。
ユーウェはなにで魔法陣を描いていた?
この溝の意味は……?
ぞわりと首筋が粟立った。
「そこに魔力がこもった血を流し込むんです」
カツンッと小さな足音共に、聞きなれたはずの声が耳に届く。
しゃがみ込んだまま、体を捻るとユーウェがいた――両手で掲げた短剣の刃を俺に向けて。
「……俺は、魔抜けだから、俺の血じゃ魔法陣を発動させられないと思うけど?」
突然呼吸がしにくくなった喉から声を絞り出す。
俺の言葉にユーウェはゆるりと首を振った。銀糸のような髪がさらりと流れる。
「私を殺せば、十分です」
いつか、町で見た時のような硬い表情で、硬い言葉遣いで答える聖女。
いったいなぜ、そんなことを、そんな顔で言うのか。
「俺がそんなことをすると思う?」
俺の問いに、ユーウェは一度、ぱちりと瞬きをしてから告げた。
「そのために、この場所を見つけに来たんでしょう? 王都の暗殺ギルドさん?」