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第12話 迷子の聖女様(おーい、どこだー)



「ユーウェ? ユーウェ、どこに行った?」


 体の向きを変えながら名を何度も呼ぶ。


「……遊んでるのか? 笑えねえからな?」


 隠れて俺を驚かそうとか、そんなくだらないことをしようとしてるんだったら怒るぞ。

 強く叱れないとは思うけど、気合入れて叱るぞ。俺、怒ったら怖いから!


「ユーウェ?」


 手にした木を地面に下し、数歩戻る。

 さっきまではそんなにも近い場所にユーウェはいた。

 木漏れ日を浴びて白銀の髪を光らせて。


 心臓が激しく暴れる。

 ここ数日やっと落ち着き始めた脈が、嫌なリズムを刻み始めた。


 慎重に歩を進める。

 地面に微かに残る俺と聖女の足跡。それが不自然に途絶えていた。

 目と耳で気配を探る。


「どこだ?」


 葉っぱを引っ張った跡。

 木に巻き付いた蔓を採取した跡。

 そこにユーウェがいた証。

 それなのにユーウェの姿だけが忽然と消えてしまった。


「クソ……」


 握りしめた拳を額に当て、肺の中の空気を押し出すように長々と息を吐く。

 追っ手が来てユーウェをさらったのなら、近くにいた俺が確実に気づくはず。

 それなのに彼女だけいない。

 なんでだ? なんで?

 暴れる心臓をなだめるように、服の胸元を掴む。

 深呼吸を繰り返し、一旦さっきユーウェを見失った場所に戻る。


 ここからもう一度探そう。

 もしかしたらはぐれたことに気づいて、湖に先に戻った可能性もあるし。

 そう考えれば、焦る必要もなくなってきた。

 地面に散らばった木を一本一本拾い上げながら、自分を納得させる。

 緑色の葉の間から、空を優雅に飛び回る鳥の姿を見上げる。

 俺が鳥だったら、この森の中からユーウェを見つけられるかもしれないのに。

 その時、ふと、なぜか、ユーウェが語った言葉が耳の奥で響いた。


 ──死の森の魔法使い

 ──魔法を狂わせる場所

 ――魔法使いの呪いが残る森


 顔を上げる。

 目に映るのは鮮やかな緑色の木々。ただの何の変哲もない森。

 それなのに、今更になってここが死の森であるという恐怖が背中を這いあがる。


「……魔力を持っているから?」


 ユーウェがはぐれたとしたら、それは彼女が魔力を持っているからかもしれない。

 気づかないうちに浅くなっていた呼吸を、意識して深く吸い込む。

 拾い上げた枝を再び地面にばらまき、右手に剣を握る。

 兵士から奪ってきた剣。使うことはないだろうと思いつつ、常に腰にぶら下げていた。慣れない重みが、俺の体を硬くする。


 冷静になれ、冷静になれ、冷静に。

 そう唱える時点で冷静じゃないだろと頭の片隅で鼻で笑う自分をなだめ、森の中を歩き出した。


 自分が歩いた道筋を見失わないように、右、左と規則的に木の幹に跡を残す。

 時折足を止め、ユーウェの名を呼んで耳を澄ます。

 耳奥で暴れる自分の脈が煩い。

 いっそのこと止まってしまっ……いや、それはダメだ。脈が止まったら死ぬ。それはダメ。うん、冷静になれ、自分。冷静に、冷静に、冷静に。よし、俺、冷静。


「魔力があると何か見えなくなるとか、どこかに飛ばされるみたいな罠?」


 それだとしたらこの森の中のどこに飛ばされるのか。

 あの時、ちゃんと手を繋いで歩いていたらはぐれなかったのか。

 でもそんな、こ、ここここ、こここい、恋人みたいな、こと、で、でででできないし!?

 俺の心臓、過労死しちゃうし!!

 それでなくともここ最近酷使しすぎていたんだから。


「ふぅぅぅぅぅ」


 足を止め、息を吐きながらナイフで邪魔な枝を落とす。

 鼻息の粗い男は嫌いって、裏路地でちょっとイヤラシイお店のお姉ちゃんが猫に愚痴ってた。そんな男にはなりたくないものだ。よし、呼吸、大丈夫。

 そうやって一時間も進んだ頃だろうか。

 視界の端に、緑や茶色以外の色が映った。

 何だろうと思いながら慎重に歩を進める。途中、木々に印をつけるのも忘れない。

 数分進めば、その正体が分かった。灰色の岩、巨大な岩壁だ。


「……魔法使いが拠点を作ってるとしたら、こんなところか?」


 確かに、死の森に引きこもった変人だったら岩をどうにかいじって住めるように改造していそうだ。

 ははは……図らずともユーウェの期待通りのことが起こってるってことか。


「入口ー、どこだー、入口ー」


 あると決まったわけじゃないけれど、壁沿いをあるきながらどこかに通じる道でもないかと探す。

 剣ではなく、木の枝で岩肌をコンコンンと確かめつつ、足元に怪しいトラップがないかも見る。

 目と耳が忙しい。


 コンコンコン、コンコンコン、コンコンカン、カンコンコン……


「ん?」


 一瞬音が違った。

 前に出そうとした足を後ろに引き、木の枝をさっきまでよりも短い間隔で岩肌に宛てる。


 ココココ、コココカカ、ココ……


「なんだろ」


 怪しい。怪しいぞ。

 音が変化した岩の前に立ち、じっと観察する。

 灰色。石。岩。

 上下左右の岩と比べても何の違いもない。

 コンコン、カンカン、コンコン、カンカン。

 違うのは音だけ。


「……魔法の仕掛け?」


 死の森に住んでいた変人は魔法使い。

 仕掛けるとしたら、確実に魔法の罠だ。

 ふっふっふ、ということは、だ。魔力を持たない俺がその仕掛けに触ったらどうなる?

 仕掛けが物理的な矢を飛ばしてくるとかだったらまずいけど、少なくともこの岩にかかっている幻術みたいな魔法は解ける、はず! 勘だけど! 勘大事!

 木の枝を地面に転がし、右手に剣を持つ。

 体の左側を岩に向け、なるべく遠くから左手を伸ばした。

 そーっと、そーっと、慎重に、慎重に。


 ぺと。


 ぷるぷる震える指先が岩に触れる。今の俺のこの態勢、めっちゃ格好悪い。ダサい。

 指先から伝わるのは、少しだけ冷たい、ざらりとした岩の感触。

 触れる範囲を広げるように、二本目、三本目の指先を岩にあてていく。

 でも何の変化もない。

 ついに五本の指が岩に届く。

 いまだに変化なし。


「音が違うだけ?」


 はずれだったかと、一気に手の平まで岩に乗せた。

 その直後──ピキッと軽い音がした。


「んあ?」


 ピキッピキピキピキッ!


 まるで岩に亀裂が入ったような音が続く。

 慌てて壁から距離を取り、剣を両手で持って身構えた。

 その間も続くピキッピキッと亀裂が広がる音。

 岩に変化はない。少なくとも、目に見えている岩には。


「くそ、何だ?」


 これは魔法が崩れる音なのか? そんなに、大きな魔法、変人魔法使いが死んだ後にも残っているものなのか?


 ピキピキッ……バギッ、バリバリバリバリッ!!


「う、おおおおお!?」


 破裂音の後に続く轟音。

 耳をつんざく爆音にとっさに顔をそむけた直後、強風が岩の中から噴き出した。


「うぎゅ、わああああ!」


 予想もしなかった状況にアホみたいな声が出る。

 黙ろう。俺、黙って叫ぼう!?

 体が押され、咄嗟に剣を地面に落として体を守った。


「ぐっ」


 吹っ飛ばされないように踏ん張る。

 長かったのか、それとも一瞬だったのか。

 魔法が弾けた後に襲ってきた風は、始まった時と同様、突如止んだ。


「ふぇ~」


 呼吸さえ奪うような爆風がおさまり、肩をなでおろして息を吐く。

 まずは放り出した剣を探そうと視線をさまよわせた俺の目に、信じられない光景が入って来た。


「んは、え?」


 はい、黙ろうね、俺の口。黙ってればそこそこいい顔してるって、裏路地にいたしゃがれた声のよぼよぼ婆が褒めてくれたんだし。婆の占いは全く当たらなかったけど。年長者の意見は聞くものだ。

 でも今、誰かが俺のそばにいたらもっと情けない声を挙げていたと思う。

 だって、さっきまでそこにあったはずの岩は影も形もなく──その代わりに、王都にあってもおかしくない豪邸が佇んでいたのだから。



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