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第11話 魔法以外の方法(あるんです)



 俺たちは、というか、ユーウェは数日湖のそばで過ごしたいと言った。

 俺はそれに同意した。

 ずっと移動続きだったし、追っ手ならばこんな深くまではすぐに来ないだろうと思ったから。


「それじゃ、湖の周辺を回ってどこが一番過ごしやすいか見てみる?」

「そうね。魚を集めやすい場所もあるかもしれないし」


 ……またあの魔法に挑戦するの?

 うん、魚を捕まえやすいのはいいけど、あの目の集合体はもう見たくないな。もうちょっと釣りに近い感じで魚を獲れると嬉しい。

 どうせなら簡単でもいいから釣竿を作ってみるのもいいかもしれない。

 魔法より効率は落ちても、のんびりする時間を過ごすには楽しいし。

 そんな考えをユーウェに提案すると、彼女は大きく頷いた。


「釣りって、針がなくてもいけるの?」

「たぶん。ここの魚、警戒心全くなさそうだし」

「そっか。じゃ、どっちが釣れるか競争だね」

「そう来ると思った」


 なんとなく、ユーウェの性格が分かってきた。

 王都で見た時はあんなに人形っぽい顔していたのに、とても天真爛漫だ。

 何を見ても良く笑うし、食事はどんなにしょぼくても美味しそうに大きな口を開けて食べるし。めっちゃいい子だよ、本当。

 入り江っぽくなってる場所を見つけ、釣りと一晩過ごして問題なければそこを中心に数日過ごすことを決める。


「洞窟とかあったら楽しいのになぁ」

「楽しいって、何が?」

「奥に何かありそうじゃない? 例えば、死の森に引きこもった変人の家とか」

「洞窟に? 変人だって言っても、さすがにちゃんとした家に住んでたでしょ」

「変人だからこそ、そういうとこが似合うのに」


 ぶーっと口元を膨らませるユーウェ。

 ぐっふぅ、なんだそれ、可愛い。クッソ可愛い。

 おい、変人。絶対に平凡な家になんか住んでるなよ。めっちゃ変なところに住んでろよ。ちゃんとユーウェの期待に応えるんだぞ。分かったな!


「でもさ、洞窟って野生動物が住み着いてたり蝙蝠が大量にいそうで、俺はやだ」

「……だったら魔法で」

「狭いところで魔法をぶっ放したら危ないって」

「うっ」


 俺の至極真っ当過ぎる指摘にユーウェは言葉を詰まらせて、唇を尖らせる。

 反論したいけれど、俺を説得できそうもなくて諦めたってとこか。はっはっは、やったぜ。その顔も可愛いから俺の負けだけど。負け負けでいいんだ、俺。元から負けっぱなしの人生だし。


「んで、魚は釣るの? 魔法で捕まえる?」


 馬を適当な木に繋ぎ、ユーウェに聞く。

 彼女は水際まで近づき、少し考えてから「釣り、してみたい」と呟いた。

 俺は頷いて、馬から外した荷物を背負う。


「枝と、裂いて糸代わりにできそうな植物か何かを探しにいくか」

「うん!」


 満面の笑みで頷くユーウェ。

 可愛いだろ! こんちくしょう!





 釣りに使えそうな枝を物色しつつ、焚火に使えそうな枝も探す。

 後ろでキョロキョロと聖女が探しているのは、糸代わりの植物だ。


「ヴェインは釣りはしたことは?」

「ない」

「え? ないの?」


 若干落胆した声が返って来て、背後にちらりと視線を向ける。

 ユーウェはこちらを見ることなく、ひっぱった草がプチッと切れたのを見て「弱い」とか呟いている。

 綺麗な顔が真剣な表情をすると目が離せない。例えその視線の先が”釣りをするのに最適な蔓”を物色しているのだとしても。……うん、状況を吟味しなければよい。


「王都に釣りができるようなところないし」

「川は流れてるよ?」


 人が大勢住む王都に川がないわけない。生活すべてを支えていると言ってもいい。

 でもそこに気軽に近づけるのは、ちゃんと人間扱いされている者だけだ。


「魔抜けがそんな場所で悠長に釣りなんてできないって」

「……そういうもの?」

「そういうもの」


 ユーウェは物心がつくころには聖女候補として教会に通うようになり、十歳になる前に次代聖女として王都の教会で暮らすようになったと聞いた。

 常に周囲を守られ、魔抜けがどのように扱われているのかを間近で見る機会はなかったに違いない。

 俺の底辺の生活とは全く違う。それでも憎めないのは、あの日の出会いのせいなのかもしれない。


「それじゃ、私と一緒だね」

「一緒? 釣りの経験がないのが?」

「そう。条件は平等だわ」

「確かに」


 勝負だと言うのなら、どっちかに釣りの経験があったら平等じゃない。

 互いに初めての釣りなら条件は一緒。

 魔法なしならいい勝負ができるのではないか。

 互いにバチッと視線を合わせ、挑発するような笑みを浮かべる。


 なんだかただの旅の道連れなのに、本当に楽しくなってきた。

 ユーウェを隣国に送り届けたら、魔力の無い俺などまた底辺の暮らしに戻るというのに。

 もしかしたらユーウェは、俺に恩を感じてそばにおいてくれるかもしれない。

 でもそれは今の、この人として扱われている、対等に話せる空気を知ってしまった俺には辛い。

 何も持たない男なのに余計なプライドだけは育って、本当に使えない野郎だ、俺は。

 くさくさした感情を押し殺して、薪用の木を集めつつ竿になりそうな枝を物色する。


「あ、これ、いい感じでしなる」


 手にした枝を上下に振ると、ビュンッと風を切る音が鳴った。

 さらに二、三度振って手に戻ってくる振動を楽しみつつ振り返る。と──


「え? どこに行った?」


 すぐ後ろにいるはずのユーウェがいなくなっていた。




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