第1話 金は正義!(これ、ほんね!)
イメージは「白雪姫を森に捨てに行った猟師が白雪姫の可愛さにメロメロになってる話」です。
『国外追放の刑となった聖女を、死の森に捨ててこい』
その依頼を成功させれば、一生かけても使いきれない金がもらえる。
あ、前金は半分だけだったけど。
まあ、そんなわけで、ちょこーっと金に目がくらんだ。
ただそれだけ。
なのに、なんで、こんなに、追いかけられねえといけないのかな!?
「!!!!」
「すまんね、聖女様! ちょっと揺れるけど、踏ん張って!」
馬車の中から聞こえた、声にならない悲鳴に、声を張り上げる。
いや、っていうか、お前がそれを言うか。
お前、聖女を森に捨てて来いって言われてたんだぜ?
んで、その途中で、やたらキラキラした鎧を着た兵士たちに追いかけられ始めて。
最初は聖女を取り返しに来たのかと思った。
でも、はっはっは! まぁ、違ったね!
だって全力全開の殺傷能力ヤバヤバな魔法ぶっぱなしてきたんだからさあ!
──ドッガン!
「うっひぃ、や、やめ、車輪は、ちょ、や、ぬおおおおお」
魔法が車輪スレスレに当たり、馬車が大きく揺れる。
いや、悪いね、聖女様。舌だけ噛まないように気を付けてねってそんな状態でもないだろうけど!
俺は普段安全、安心、時間厳守のごみ回収業者だったんだけどね。
さすがに立派な馬に乗った兵士に追いかけられながらってのは、経験したことがなくってさ。
気を付けろ、甘い話にゃ、裏がある!
おお! なんかいいリズムの言葉が浮かんだ!
でも時すでに遅しってやつだがな、はっはっはぁ!
──ドン!
──ヒィィィン!
飛んで来た魔法が前方で弾けて、馬が体をくねらせる。
ガンッガンッとボロ馬車が、抉られた地面の凸凹を受けて跳ね上がった。
「あー、くそ。やべえな。もう無理だぜ」
騎馬と馬車じゃ、そもそものスピードが違う。
さらにあっちは訓練された兵士。こっちはただの城下町のごみ回収馬車とよぼよぼの馬たち。
開いていたはずの距離はあっという間に詰められて、さっきから魔法が当たる精度が上がってきている。
止まったら死ぬ、止まらなくても死ぬ。
地獄の二択! やっべえな! はっはっはぁ!
──バギィ!
ぬおおおお!! ついに魔法が馬車の後部に当たった。
同時に中から抑えた悲鳴が上がる。
なんだか、こっちの迷惑にならないように一生懸命我慢しているのが分かる。
ええ子やなぁ、聖女!
んで、聖女を殺そうとするやつ、マジ死ね!
お前が言うなって感じだけどな!
聖女、森に捨ててこいとか言われて、ホイホイ金を受け取っちゃうクズがな! はっはっはぁ!
「だぁ! ちくしょ、聖女様! 思いっきり揺れるんで、しゃがんで、どっかにつかまって!」
聞こえたかどうか分かんねえ。確かめるすべも暇もねえ。
「ホリーばぁ、オットーじぃ、すまん!」
二頭の愛馬に声をかけ、手綱を引く。
馬たちは苦し気なひゅーっという息を上げ体を曲げる。
馬車が大きく旋回し、僅かに見えた木々の間に突っ込んだ。
枝が馬車の側面に当たって、まだ若い枝葉がバラバラと俺の上に降り注ぐ。
鋭く尖った枝が頬をかすめ、肌を浅く切り裂いた。
──ドオオン!
左手奥に魔法が突き刺さる。
火は出ない。だが衝撃で木が倒れ、行く手をふさいだ。
「だああああ!」
手綱を握りしめて体を低くし、ついでに御者台の手すりにもつかまって襲ってくる衝撃に備える。
直後──
車輪がふわりと浮き上がり、俺の体から重さが消えた。
……ってのは、ほんの一瞬。
次に襲ってきたのは体重の何倍もの衝撃と痛み。
体が上を向いているのか、下を向いているのか分からないほどの揺れ。
「ぐおおおお、お? だ、ででっだ!」
もっと静かに叫べよっと自分につっこむ。あほ丸出しすぎだろ。
静かに……叫ぶってなんだ? 分かんねえ! とりあえず、ケツいってえ!
てか、ケツだけじゃなくって左肩と、腕と、ぐっほ、たった今、右太もも追加! はっはっはぁ!
「ぬお、おお、ふぁ!」
最後に大きくガンッと音を立て、やっとこさ馬車が止まる。
馬車なのか、ボロ箱なのかも分からない様相だけど。
いや、あの衝撃でも持ちこたえたこいつ、すげえ。もう二度と会わないかもしれない王都の裏路地の元大工のおっちゃん、あんがと。お礼に行けないのは許してな。
「あたたた、おお、あー、ってぇ」
意地でも離さなかった手綱を、強張った手から無理矢理に引きはがして顔を上げる。
バサリ、と裏路地に捨てられた年季の入った箒みたいな髪の毛が両目を覆う。
「くっそ、邪魔」
ああ、視界が変だと思ったら、馬車は横倒しになってたみたいだ。
ホリーばあ、オットーじぃが一生懸命に体を起こそうとしているのが見える。確実にどこか怪我しただろうな。
まじいな。頼みの綱の馬がこれだと、もう先に進めないかもしれない。
どうにかして馬を、と思った背中に衝撃が走った。
「ぐぶふぉぉぉ!?」
背中をのけぞらせたまま、体が前に吹っ飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がり、オットーじぃのそばで止まった。
背中、いてえ!
なんだ!? なんだよ! クソ痛えじゃねえか!
全身を苛む痛みに、手足がピクッピクッと不規則に震える。
霞んだ視界に、木々の間から進み出てくる兵士たちの馬が映った。
ちきしょう。魔法攻撃か。ずりーぞ、馬鹿野郎!
「聖女を引きずりだすぞ」
誰かの声がする。多分、兵士の一人。
見える馬は二頭。ってことは追っ手は二人?
もっとたくさんの奴らに追われていると思ったけど、
「ったく、めんどくせえ。あとちょっと追い込めば死の森だったじゃねえか」
「でもよ、ここまで追ってきたんだから、せっかくの聖女様の顔見てよ、ちょっと遊んでからぶっ殺すのもいいだろ」
「趣味わる……ま、分かる」
下卑た会話をしながら男たちは馬を下り、馬車へと足を進める。
聖女に手を出すつもりだ、こいつら。
油断しきった二人は俺のことなど気にも留めず、無防備な背中をこちらに向けた。
――今だ!
腰のホルスターから筒を引き抜き、底を地面にこすりつけて二人の顔めがけて放り投げた。
すぐさま、目を半分閉じて馬車へと駆けだす。
──パパパパパパパパ!
「うわぁ!?」
「な、なん、ぐあ!」
パン、パン、パンっと弾ける音と共に閃光が奔る。
はっはっは! ざまぁ! 超至近距離で火薬の破裂と光を浴びれば、数秒は稼げる。
倒れた馬車の壊れた扉をこじ開け、中に手を伸ばす。
反対側の扉にうずくまるように小さくなっていた聖女が顔を上げた。
良かった、少し怪我をしてるみたいだけど、意識はある。
だったら、次に俺がすべきは──彼女の力を開放することだ。
「聖女様、手を!」
ピクリと体を震わせた聖女の目に怯えが走る。
そりゃそうだ。こんな俺を信用するわけが……一瞬引きそうになった俺の手に、白く、細い手が伸びる。
たった一秒もない時間で、聖女は何を覚悟したのか。
華奢な両手を繋ぐ重い鎖がジャラリと音を立てた。
俺は聖女の手を握る、のではなく、その武骨で邪魔な鎖に指先を伸ばす。
あと少し、爪の先ほどの距離で手が届くという時、再び強い衝撃が俺の背中を襲った。