ゾンビを働かせるやつ
その日の事件は、Fがクラナと共にある敵を退治した事から始まる。
その敵は、以前闇姫が送り込んだゾンビ軍団の残党ゾンビだった。
このゾンビも人を襲っていたのだが、他の個体と比べると何やら不自然な動きをしていた。
拳を構えるFを睨みつけるような動作、勢い余って転んだクラナを見下し、笑うようなうめき声をあげる…明らかに通常のゾンビにはない行動が確認された。攻撃手段こそ噛みついたり腕を振るったりと単調だが、その何気ない動作はゾンビではなく人間でも相手にしているかのようだった。
勿論やつらの脳味噌は腐っており、理性ある行動は基本的にとらない。ではあの行動は一体?
その調査の為、Fは残党ゾンビを倒した付近にある洞窟を探索していた。
クラナをしっかり身に寄せ、彼女を守りながら周囲を見渡す。
かなり暗い洞窟だった。その上段差も多く、転倒の要素はこれでもかと揃っている。
「畜生、昼間なのに進みにくいな」
Fは右腕を捲り…狼の入れ墨、導狼の証を見せる。導狼の証からは青い光が放たれ、広がっていき…洞窟全体を照らし出す。
「わあ、明るい!」
はしゃいで先走ろうとするクラナを止めるF。
しばらく洞窟を歩いていく。ここが怪しいと感じたものの、まだ確証はない。そもそも何が原因なのかも分からない。この洞窟と同じで闇に覆われていた。
「お、ランタンがかけられてる」
岩の壁に、ランタンがかけられているのが見えてきた。Fは導狼の証による光を解き、周囲を警戒する。
ふと、怪しい人影を見つけて二人は岩陰に隠れる。
覗き込むと…。
「あっ」
クラナが小さく声をあげ、Fが人差し指を口の前に添えた。
そこにいたのは、紛れもなくゾンビ達だ。彼等は大きな荷物を運ばされていた。
だが一際目をひくのはそのゾンビ達の近く…。
そこには一人の魔術師が立っていた。
その魔術師もまた、明らかに普通とは言えない姿。何と両手が五本ずつついているのだ。
ある手は指を差し、ある手は他の場所へと誘導するような仕草を、ある手は自分を扇ぎ、ある手は指先で手遊びをしている…手だけでなく、脳も複数あるかのようだ。
「おら、働けゾンビども!闇姫様の為だ!!」
その声に答えるように、ゾンビ達は呻く。
闇姫…彼女の為に働かされているゾンビ達らしい。魔術師は、聞いているかも分からないゾンビ達に向かって更に続ける。
「こっちは死体の手も借りたい状態だ!闇姫軍の次の攻撃目標への支援物資運搬をスムーズに済ませれば、俺は闇姫様から正当な評価を受けるだろう!俺の為にやるんだ!モタモタするなぁー!!!」
彼を見て、クラナはFに耳打ちする。
「あんなに腕があるのに、あの人全然働いてないね」
頷くF…。
あの魔術師が何かしらの魔術でゾンビ達を操ってると見て間違いないだろう。
Fはゆっくりと岩陰から身を出し…魔術師に一声かける。
「おい」
魔術師の手の動きが止まる。ゆっくりとFの方を向き、硬直する。
「何だ…?お前」
「ゾンビどもを操ってるのはてめぇだな。今すぐやめてもらおうか」
魔術師の表情が歪み、何本かの手が拳を握る。
「俺のやり方に口出しするんじゃねえよ!!さてはお前も闇姫軍の一人か?俺から評価を横取りしようとしてるんだろ?」
ありもしない言いがかりをつけられる。Fはため息をつき、コートのポケットに手を入れた。その後ろではクラナが見事なまでのアカンべー。
魔術師は再びゾンビ達の方を見て、また指示を出し始めた。予想通り、やめる気はない。
Fは魔術師にゆっくり近づき、ゾンビ達を見る。
「ふん。死体を操るとはまたふざけた野郎だな、てめぇも。眠らせてやれよ」
「何なんだお前はさっきから」
魔術師は視線をそのままに苛立った声をあげた。…一本の手がFを指さす。
「がぁぁぁぁぁ!!」
突然一人のゾンビがうめき声をあげ、Fに迫ってくる!
Fはゾンビの腹部に拳を叩きこみ、一撃の下仕留める。ゾンビから魔力が抜け、元の死体に戻った。
魔術師は文字通り手を止め、Fを睨む。
「お前…そこまでして軍内での俺の立場を蹴落とそうとしてんのか!?暴力ダメ、絶対!!」
「ちげーよ!!」
その一声と共にクラナが飛び出し、魔術師の足元を蹴りつける!魔術師はバランスを崩し、転倒する。その衝撃で魔力が一気に抜け去り、ゾンビ達の動きが止まってしまった。
「あああっ、何て事を!!」
魔術師は器用に全ての手で頭を抱え、洞窟の奥へと逃げ出す。兄妹は彼を追いかけていく。
凸凹した一本道を駆け抜けていき、やがて広いスペースに飛び出す。
そこには…沢山の箱が積まれており、ゾンビ達が呻きながら目的もなくウロウロと彷徨っていた。
魔術師はその中心に立ち、得意げに高笑いする。
「フハハハ、どうだ?闇姫軍内での作業を効率化する為に俺が設立した作業場は!努力の証だ!」
「ただ荷物置いてるだけだろーが」
Fのツッコミに対して手を横に振るい、全力で否定する魔術師。
「何を言う!!嫉妬も大概にしろ!そんなお前にはゾンビ達の制裁を受けてもらおう!」
彼は十本の腕を一気に振るい、魔力を撒き散らす。ゾンビ達の声が反響し、ゾンビの群れが直進してくる!
「やるぞクラナ」
「うん、お兄ちゃん!」
二人は逃げも隠れもせず、真正面から立ち向かう。
Fはゾンビの顔面を殴りつけ、体を持ち上げて投げ飛ばす。時々導狼の証による念力で彼らを空中に浮かべ、地面に叩きつける。クラナは小さな体を活かして素早く動き、次々に打撃を決める。時々落ちていた岩石を軽々投げつけたり、地面を殴って小規模の地割れを発生させるなど、その姿からは考えられない豪快さを見せていた。
数を武器としたゾンビ達は、たった一分足らずで死体へと戻ってしまう。Fとクラナは並びあい、魔術師の前に立つ。
魔術師は二人を交互に見渡し、冷や汗まみれに。
「こ、この野郎…なんつー事を。俺の作業員達を全滅させやがって。あ!さ、さてはお前ら…!お前らは…!」
全ての手が指を指してくる。
「まさか、反逆者か!!??」
「今更かよ」
呆れた目のFと、あくびをするクラナ。
魔術師はすぐさま飛行し、天井付近に移動。魔力を固めて炎を召喚し、空中から投げつけてくる!
導狼の証の魔力でFはバリアを展開し、自身と妹の身を守る。魔術師は地上に降り立つと、今度は黄色い光のハンマーを形成して殴りかかってくる!バリアが破壊され、魔力の破片が飛び散る。
「フハハハ。覚悟しろ!!」
知性のないゾンビよりは実力はあるが、それでもFに言わせて見れば所詮毛が生えた程度だった。
振られるハンマーをFは片腕で防ぎ、クラナが魔術師の腹部を殴りつける。
ハンマーが消え、後退る魔術師。やけになったのか、全身を振り回すように次々に魔弾を発射してくる!
二人は高速で動いて回避しながら反撃のタイミングを見計らう。魔弾は周囲にある荷物を次々に撃ち抜き、中身の食料や武器が撒き散らされていく。
「今だ、クラナ」
魔弾が小爆発を起こす騒がしい音の中、Fは冷たく呟く。
クラナは壁を蹴って真っ直ぐ飛び出し、魔術師の顔面を蹴る!
魔術師は動きを止め、隙ができる。
「ふん」
Fが飛び出す。飛び出した勢いで周囲に岩が飛び散るなか、彼は全力の拳の一撃を魔術師の顔面に炸裂させた!!
「ぶげええええええっ」
間抜けな声をあげながら、魔術師は壁に叩きつけられる。
悔しげに立ち上がる魔術師…。全ての手の拳を地面に叩きつけながら悔しがる。
「く、くそ…!!俺の計画が!お手伝い作戦が!!全て台無しだぁー!!」
ヨタヨタと力なく立ち上がり、しばらく俯いていた魔術師だが…。突如不敵に笑い出す。
「ふ、ふふふふ…まあ良い。まだ荷物は残ってる。俺一人でこれを戦地に運べば結局俺は評価されるんだ。まだまだこれから…」
動きを止める魔術師。
先程彼が暴れた事で、荷物の箱には大穴が空いて中身が無残に飛び散っていた。
「何て事をっ!!!!!」
魔術師はまたもや複数の手で器用に頭を抱える。
Fとクラナはもはや呆れをも通り越し…そのまま背を向けて洞窟の入口へと去っていくのだった。
「ちくしょーー!!!!」