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ラーメン屋の辛党バリア

闇姫はその日、テーブルに頬杖をつきながら書類を読んでいた。

これからの兵士達への指示を始めとした計画の数々が記されている。一見地道なこの作業もまた、悪の道の中では重要なもの。


その時まで、彼女は集中していた。そう、その時まで。



「おおおいい闇姫えええ!!」

とんでもなく騒がしい声が、部屋にこだます。

今この部屋にいるのは闇姫一人。つまりこの騒がしい声は部屋の外から聞こえてくるのだが…部屋の中に声の主がいるのかと思うくらいにはっきりしていた。


そして次に響くのは…扉がやかましく開く音。乱暴に開けられた扉の向こうから、水色の髪の少女が現れた。

コットン製のとんがり帽子を被っており、水色の厚着を着ている。赤いマフラーを巻いていて、いかにも「防寒」といった格好だった。

…そして、その格好が意味をなさない程に彼女の様子は暑苦しい。

「闇姫!このパリア様が直々に来てやったぞー!!近くの街に辛い料理専門店ができたぞ!一緒に行こう!!」

「私は甘党だ。一人で唐辛子でも食ってろアホ」

彼女の名はパリア。闇姫の親友…を名乗る少女。こう見えて彼女は氷を操る悪魔であり、かなりの実力の持ち主。どうやら闇姫を食事に誘いに来たようだ。しかしご覧の通り、闇姫にそんな暇はない。いや、暇があっても乗らない誘いだろう。

「釣れねーなぁ」

パリアはふくれっ面で背を向け、両手の拳を握る。

「良いもぉん。人間界で大暴れしてくるから!」

「勝手に暴れてろ」

パリアが駆け出すその瞬間まで、闇姫の表情は冷たかった。



パリアは人間の街…及びテクニカルシティへと駆け出し、人々を突き飛ばしながら目的の店へと向かっていた。

「早く食べてええ〜!唐辛子ぶっかけラーメン!この日をどれだけ待ち望んだか!」

彼女の顔は本当に嬉しそうだ。大の辛い物好きな彼女にとって、その店のオープンはまさに朗報だった。

例え人間の店でも関係ない。辛い物さえあれば。それがパリア本人が言う、「辛党の極意」というやつだった。

そうこうしてる間に目的の店へ到着。唐辛子を描いた看板が大きく描かれた、誰が見ても辛党の聖地だった。

…実際、店の名前も「辛党の聖地」だった。


パリアは勢いよく入店。ここへ来店するのは初めてだった。

カウンターが伸びており、その向こうで厳格な店主が腕を組んでいる。彼の目の前には…黄色いツインテール髪の少女と、黒いスーツを着た…骸骨男。

パリアはこの二人を知っていた。…そしてこの二人も、パリアを知っている。

「れなとテリー!!」

パリアの声に、店中の目線が彼女に集まる。


「え、パリア…あづーー!!!!!」

…激辛ラーメンを頬張っていたれなは驚きのあまり、口から火を吐いてしまった。

その火はパリアの顔面を直撃。髪を焦がされたにも関わらず、彼女はにんまりと笑う。

「…めちゃくちゃ辛そうじゃん!期待あり!!」


パリアは椅子に座り、注文を済ませる。

彼女を横目に、れなとテリーは顔を見合わせ、ヒソヒソと話し合う。

「テリー…何であいつがここに?」

「いや俺にも分からなんよ。でも…やつは闇姫すらも困らせるマイペース野郎だ。何かやらかさないと良いが」

その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで…。



「いただきぃ」

パリアが身を乗り出し、テリーの目の前から激辛ラーメンを取り上げてしまう!そして当然のように、麺をすすっていく。

呆然とするテリーの横で、れなが激怒。

「おいこら!!早速窃盗か!!」

「だって待ち切れないんだもーーん」

憎たらしく笑うパリア。

彼女はその激辛ラーメンを凄い速さで食べ…というより吸い込み、汁一滴も無くなった丼をゴトンと置く。

れなは拳を握り、一発重い一撃をぶちかましてやろうと考えたが…パリアの次の言葉に背筋が凍る。

「あー、あんまり辛くないね」


辛くない…その言葉が、れなとテリーの脳内で点滅する。


あのラーメンはこの店の代表メニュー。メニュー表にも「要注意」の一言が添えられる程のモンスターラーメンだ。それを辛くないなど、ハッタリにも程が…。

いや、パリアはあのラーメンを、十秒程で完食していた。どうやらハッタリではないらしい。


そんな彼女が正式に注文した逸品…それは一体何なのか?どんな化け物がこのカウンターテーブルに鎮座するのか?


何よりの疑問は…「それ」を見た傍観者の目は、目の前に広がる真実を受け入れられるのか?



…答えはNOだ。


「へい、お待ち!」

一連の騒動を目撃していなかった店主が、明るい笑顔でパリアの前にある物を差し出す。


…それは、もはや料理ではない。


赤とオレンジ色に輝く球体だった。

手の平サイズの太陽とでも言うべきだろうか?それは常に光を放ち続け、れな達のいる場所にまで不快な熱が伝わってくる。


明らかに、人間が作る物ではない。


「え、それ食べるの?」

料理に対して放たれたれなのその一言は、愚問かもしれない。だが、この時くらいはそんな愚問も許されて良い。



パリアはその「料理」を手に持つ。



…すると、彼女の手から火が噴き出す。

「えっ!?」

そう声を上げたのは、店主とパリアを除く客全員。

彼らの理解が及ばぬまま、パリアはそれにかじりつく。



沈黙がよぎる。



「…素晴らしいいいいい!!」

そう叫ぶと…。





「ぼ」






彼女は口から何かを吐き出した。


それは、特大の火球だった。

火球は店の壁に叩きつけられると同時に弾け、周囲に火を散らす。あっという間に店に火が広がっていき、客は悲鳴をあげながら逃げていく。

れなとテリーもこれにはたまらず避難する。

天井から火の雨が舞い散る。パリアはその火の雨の中でも微動だにせず、かじり続けていた。



結果…店は全焼。焼け跡を見て、店主が空っぽの笑みを見せた。

「激辛料理職人として俺の全てを注ぎ込んだ作品だった。だが…強大な力を持つものは代償を払う必要がある。この場合、店が消えるという代償を払う必要があったのさ…」

それでも、彼は笑顔を見せていた。最高傑作を食べてもらえた喜びなのだろうか。


パリアは火の中から何事もなかったように歩いてきて、店主に親指をたてた。

「最高だった!また来る!」

…金も払わず、店主の横を通り過ぎていった。



こうして氷の悪魔は、熱気を纏いながら街から去っていったのだった。




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