洞窟宝石店
事務所で新聞を読んでいる粉砕男。
目の前には机の上でミニカーを走らせるれみとクラナ。そして向かいのソファーに腰掛け、「銃大全」の一文字が表紙にデカデカと刻まれた分厚い本を夢中で読んでいる。
「ほう、こんな場所が…」
とある見出しに興味を抱いた粉砕男が、思わず口を開く。
葵も顔を上げ、首を傾げる。何も言わずとも、粉砕男は新聞を広げて突き出すように見せてくる。
そこに書かれていた一文は…「宝石洞窟発見!」。それだけでも好奇心煽る一文だが、粉砕男が指を使って下の文章へと誘導していく。
「この洞窟…テクニカルシティのすぐ近くじゃない」
その頃には葵は銃大全をテーブルに置き、新聞を両手で握りしめていた。
その洞窟は葵の言った通りここからそう離れていない場所にある。そこに突然無数の宝石や水晶が出現、質素な洞窟が一夜にして宝石箱になったらしい。
その夜に何が起きたのか?気になるところだった。
葵と粉砕男は顔を見合わせる。…その間で、銃大全に目を通して楽しむれみとクラナ。
…その日の午後、葵、粉砕男の二人は洞窟へと向かった。
決して欲に目がくらんだのではない。本当にただ、調査が必要だと感じたから来た。それ以上の事はない。
事務所から飛行して目的地の洞窟に辿り着いたのは、ほんの五分ほどだった。
その洞窟は森の中に佇んでおり、普段なら誰も気にも留めないような場所。
現在は…宝石が出現したと聞いて、欲に満ちた人間達が散り散りになりながら洞窟内を進もうとしていた。
宝石を求めて夢中で走り行く者、何故こんなに宝石が現れたのか真剣に話し合う者…その反応もまた、散り散りと言えた。
「呆れたものね…」
彼らの横を通り抜けていく二人。目立つ容姿の二人だが、人々は全く気に留めない。これくらい夢中になってくれた方が、こちらも調査しやすいというものだ。
洞窟内は…暗がりの中にいくつもの光が灯される、異様な空間となっていた。
天井、床、壁…至る場所から水晶が飛び出し、所々にある岩の表面には鱗のようにカラフルな宝石が形成されている。中には、水晶の表面に宝石がついているという場所まで。人々はそれらをピッケルなどの工具で器用に採集していく。
宝石についた砂埃を手で払い、引っこ抜いた水晶の根元の泥を落とす。彼等は真剣そのものだ。
その横で、粉砕男は指先の力一つで洞窟の壁を掘り進め、葵は持参してきた虫眼鏡で宝石の表面を調査…上手く周りに溶け込めていただろう。
それぞれの時間が平等に進む。葵と粉砕男が洞窟に潜入して十分が経過した時。
ふと、洞窟の奥に一際怪しげな赤い光が見える。
「あれはなんだ…?」
その光は宝石のようだが、明らかに他の宝石以上の力強さを放ってる。
あれは何なのか。その単純な疑問を胸に近づくと…。
その光は更に激しさを増し…赤い光線を撃ってきた!
「うおお!?」
間一髪かわした粉砕男。かわした際の姿勢のまま、洞窟の人々に叫ぶ。
「お前ら逃げろー!!」
彼の声を聞いても、人々はすぐには逃げなかった。その足を動かし始めたのは…実際に光線が視界の隅をよぎってからだ。
赤い光線が唸る中、人々は悲鳴をあげて、逃げ出す。それでも宝石や水晶を、まるで家族の手の如く離さない。人間とは愚かだった。
二人は光線をかわしながら、洞窟の奥へと走っていく。その光は徐々に全貌を表していく。
現れたのは…赤い宝石だった。ルビーかと思ったが、何やら無数の棘が生えている。その棘一つ一つに光が灯っており、この光が光線として発射されてるようだ。
「何だこれは…」
粉砕男が呟く。同時に、葵がワンピースのポケットからハンドガンを取り出した。
「気を付けて!何か来るわ!」
…彼らの前方から、一つの影が近づいてくる。
その影…人物は、あまりに異様だった。全体的なシルエットは魔法使いのようだが、青い宝石で構成された体を持つ、いわば宝石人とでも呼ぶべき姿。その人物は手に杖を持っており、掲げる。
赤い宝石の光が強くなり…葵と粉砕男を照らし出す。
二人は悟った。自分達は銃口を向けられていると。
宝石人には顔らしきものが見当たらないが、平然と口を利く。
「お前達も、私の店を荒らしに来たのか!」
その声は、男のような低さは見当たらず、かと言って女のような高さも感じさせない…不思議な声だった。
「私の店?どういうこと?」
葵は人工の肌に冷や汗を流しつつ、ハンドガンの照準を合わせる。宝石人は杖を動かしながら続ける。
「私はジュエメイ。この洞窟に店を建設した宝石商売人だ。しかし看板を立てる前に人間どもが現れ、金を払う事なく宝石を奪っていってしまった!」
…この洞窟は、ジュエメイの店だったのだ。
確かに、ろくに調べもせず我先にと宝石を漁る人間達も悪い。しかし、葵は強気にこう怒鳴った。
「なら、看板先に建てておくべきでしょーが!」
「黙れ!お前らもあの強盗どもの肩を持つと言うなら、ここで始末してやる!」
ジュエメイはついに杖を振り下ろし、宝石から光線を発射してきた!
粉砕男は気力を集中させた拳でその光線を殴って相殺、葵は宝石目掛けて発砲!
弾丸に直撃した宝石は僅かにひび割れるが、まだ光線を撃つ余力を残しているようだ。赤い光は消えない。
ジュエメイはより勢いよく杖を振るう。今度は三本の光線が同時に放たれ、二人を狙う。周囲の宝石や水晶を惜しむ事なく、壁に体を叩きつけるようにかわしていく。ジュエメイにとっては宝石、水晶は商品…彼(?)の怒りは更に燃え上がる。
「この野郎!器物損害罪、営業妨害罪で訴えてやる!!」
渾身の力で杖を振り下ろす!宝石は更に激しく輝き、今までで一番派手な光線を撃ち込んできた!
葵と粉砕男は飛翔して光線をかわし、洞窟の天井を蹴飛ばして勢いよくジュエメイに向かっていく!
葵はハンドガンにエネルギーを込め、緑色に輝く弾丸を発射。その弾丸は宝石を瞬時に破壊し、ジュエメイの攻撃手段を無効化した!
粉砕男は…そのままの勢いでジュエメイに拳を叩き込む!
「ぎゃああああ!!」
仰向けに倒れるジュエメイ。赤い宝石の破片が雨のように降り注ぎ、虚しい輝きがその場を覆う。
葵はジュエメイを助け起こしながら、こう言った。
「全く…。確かに人間達も悪いけどね、はっきり言ってここ店っぽくないのよ。値札つけたり…さっき言った通り看板置いたりしたら良いじゃない」
ジュエメイはふらつきながら、杖を持ち直す。だがその様子は今までよりも明らかに落ち着きがある。どうやら頭が冷えたらしい。
「…確かに、ここまで人間達が見境なくなったのは我にも責任はあるのかもしれない。分かった…少し工夫してみよう」
それから…ジュエメイの店は、より活気ある外見へと改装された。
入口には「宝石店」と大きく書かれた看板とネオン板。中に並べられた水晶、宝石の前にはきちんと値札が置かれている。
…店らしくはなったのだが…。
「そもそも洞窟のまんまじゃ…」
変わらず、店には見えない。監視カメラの類も置かれていない為、万引き犯が続出。
その店は、1年も持つ事はなかったという。