賢者の蛹
ワンダーズの次の戦いの舞台は森だった。
今回の依頼主は二人のモンスター。
一人は緑の丸い上半身に木のような茶色い下半身のモンスター…サナギモル。もう一人は木の腕を持ち、人間の様な上半身、バッタに近い形の下半身を持つ異様な姿のモンスター、サナシュゴ。
そして二体の足元には虫の蛹。その蛹は草にしっかり張り付いており、文字通りびくともせずに羽化の時を待ち続けている。
サナギモルは周囲を見渡しながら言った。
「サナシュゴ。何かが近づいてくる。気をつけろ」
サナシュゴは鎌のような手を擦り合わせ、戦闘に備えている様子。
「ああ分かってる!何か来やがったら、俺達で蛹を守るぞ!」
この二体は蛹を守るという使命、及び生態を持つモンスターだった。この森で長い時を過ごし、この蛹を守り続けてきたのだ。
そして今、茂みの向こう側から近づいてくる気配に気を尖らせていた。
「…!」
サナシュゴの鎌の手から力が抜ける。
現れたのは、黄色いツインテールを優雅に揺らし、そして優雅とは真逆な間抜けな笑顔を見せる少女、れなだった。
「おめーらが依頼主かぁ」
彼女の後ろから続くのは、Fとクラナ。
サナギモルはサナシュゴの前に立ち、独特な下半身から生え揃う足を僅かに踏み鳴らしながら近づき、軽く一礼。サナシュゴもそれに続く。
彼らの話によれば、今この場にある蛹が闇姫軍の差し金に狙われているのだという。
一見ただの蝶の蛹…曰くこの蛹は森の中に百年に一度だけ出現するという伝説の蛹らしい。
そんな代物には見えないが、ワンダーズに協力を求めてまで守ろうとしているのだ。ただの蛹ではないだろう。それに生き物を守る事には変わりない。例え普通の蛹でも、何としても守り抜く。
サナギモルは襲撃者について説明してくれた。
「相手は鼠モンスターのネズドラ。やつは闇姫の命令でここを度々襲撃し、森の貴重な資源を盗んでいくコソドロ野郎だ。そしてほら、今回も…」
サナギモルは話の途中にある方向を指さした。その指の方向に目を向けると…。
…いつの間にか、茂みから謎のモンスターがこちらを覗き込んでいた。鼠のような顔をしているが首はキリンのように長く、体は馬のように筋肉に恵まれている。
何よりその鼠ヅラは、どこかこちらを舐めているような…ニヤリとした笑みを見せている。
噂をすれば何とやら、ネズドラ登場だ。
「その蛹、おでに寄越せ…」
突然の要求。サナギモル達が言った通りの様子。Fがネズドラの前に歩み出る。
「いきなり何だ、何故この蛹を狙う?」
ネズドラのニヤケヅラが一層濃いものとなり、Fの顔に近づけてくる。馬鹿にしている…その言葉があまりにも似合いすぎる、酷い顔だ。
「げひひ、えひひひ…この蛹の正体は分かってる。どんな事でも知っている賢者の蝶の蛹なのだろう?羽化してから最初に聞かれた質問に答えてくれるんだぁ」
賢者の蝶。
今足元にあるこの小さな蛹が、そんな知識を貯め込んでいるというのか?
Fはサナギモルとサナシュゴを見る。
…二体とも頷いている。どうやら本当の事のようだ。
ネズドラは前脚を振り上げ、威嚇する。
「どうせお前らは今日の晩飯とか便秘を治す方法とか聞くんだろ?そんな事を聞くより、闇姫様の美肌を保つ方法を聞き出す事の方が大事なんだよ!!」
振り下ろされる前脚。やはり闇姫軍、こういう時はすぐ力付くだ。
Fはかわさず、その前脚を片手で受け止める。そのままもう片方の拳を突き出し、ネズドラの巨体を吹き飛ばす!
草の地面の上に落ちるネズドラ。ひっくり返って足をバタつかせる様はまるで虫。鼠なのかキリンなのか馬なのか虫なのか。
「やりやがったなこの野郎!こうなりゃ、俺の奥の手を見せてやる!」
身構えるF。彼の横にれなも立ち、拳を構える。
奥の手…ようやく本気を出してきた。れなはどんな攻撃が来るのかと警戒しつつも、内心は高ぶる思いを燃やしていた。
戦闘狂の意が疼いていたのだ。
(どんなのでも、来いや!)
拳が震える。
ネズドラはしばらくこちらを睨み…そして、唐突に笑い出した。
「…なーんてな、バーカ。奥の手なんかねえよ!」
舌を出し、黒目は上を向き、口を斜め上につり上げ、やたらと高い声。
思わずれなも目を細める。
ここまで馬鹿にされるとは思っていなかった。
更にネズドラは、足をリズミカルに踏み込むふざけた動きを始める。こちらを小馬鹿にする事に全てを捧げたような言動の数々。
「お前ら馬鹿すぎん?奥の手という一言だけでそんな大袈裟に構えてさぁ。え、何?耳に飛び込んだ言葉で体が勝手に動く機能でもついてるんでしゅか?うわー凄い凄い!便利でしゅね〜ぱちぱち」
れなは…先程とは違う感情で拳を震わせ、歯を震わせ、髪を震わせる…。Fすらも、無愛想な顔に血管を浮かべ、ほんの僅かに息が荒くなっていた。
その時!
「…おら隙やり!」
ネズドラが突然声を張り上げ、前脚を振り上げる!
どこにどう隠していたのか、前脚からはナイフが飛んでくる!ナイフはれな、Fの足に炸裂し、二人を転倒させる。
突然の事に体が追いつかない二人に、ネズドラはのしかかる。重さが全て真上から襲いかかり、れなが声を上げる。
「うぎゃああ何すんじゃー!!」
足を押し付けながらネズドラは笑う。
「馬鹿が!奥の手なんかねえよと言う事で、相手を油断させるのが奥の手なんだ!俺の性格の悪さを舐めるなよ!?」
ある程度踏みつけ、蛹に目をやるネズドラ。サナギモルは慌てて蛹の前に立ちはだかり、サナシュゴは鎌の腕を向ける。守護者二人を前にしてもネズドラは怯まない。
前脚が守護者二人に突きつけられる。異形のモンスター同士が睨み合う様は文字通り異様。
そして…更に異様な光景が付け足された。
「待てー!まだアタシが残ってるぞー!!!」
慌てた足取りで両者の間に割って入ってきたのは…クラナだった!足元の草を散らし、泥に靴をめり込ませ、風を切って立ちはだかる。
ネズドラはまたもや嫌な笑みを見せ、軽く息を吹く。こんな子供相手に騙しうちを使うまでもないと考え、前脚を更に高く上げる。
「おいクソガキ。潰れたくねえだろ?どけや」
威圧するネズドラだが、クラナは嫌な笑顔を見せ返す。
少しばかり後ずさるネズドラ。あれだけ人を煽れるくせして臆病らしい。
所詮目の前にいるのはガキ。
恐れる必要などない。
必死の自己暗示の末に、ネズドラは嘘偽りない笑みを作る事ができた。
「…クソガキが!このネズドラ様の前に立ったのが運の尽きだなぁ!!」
やかましく怒鳴り、前脚を振り下ろす!
…そんなネズドラの顔面に、クラナは飛びかかり、両足で蹴りを決めた。難なく攻撃を決めたのだ。
「ぶほ!!」
間抜けな声を発しながら倒れるネズドラ。クラナは容赦なく、ネズドラの顔面に拳を連続で叩きつける!
「子供扱い…するなーっ!!!」
この場の誰よりもネズドラの挑発に乗っていたクラナ。あまりに怒りすぎて、本来怒りの中に生じる隙すらなくなっていた。
倒れたネズドラを蹴り上げ、空中に吹き飛ばして次々に殴りつける。踵落としを決めて地面に叩き込み、土砂が辺りに飛び散る。
そこから間髪入れずに地面に激しくネズドラの全身を打ち付けさせ、顔にビンタ、肘打ち、ストンプ、ヒップドロップ…思いついた技を全て打ち込み、森全体が揺れ動いていた。
サナギモルもサナシュゴも思わず呆然。れなに至っては「クラナ、やり過ぎじゃ」とネズドラを気遣ってしまう始末。
Fだけは表情を変えなかった。
「くそ…覚えてやがれ…いや、もう忘れてください…」
たんこぶとアザだらけの顔でトボトボ去っていくネズドラ。完全に諦めたようだ。
尚も殴りかかろうとするクラナを抱き上げるF。
ともあれ、蛹は守られた。
サナギモルは異形の体で器用にお辞儀をし、ホッと肩の力を抜く。
「本当にありがとう。君達のおかげで蛹は守られたよ」
…その時!
「おい!蛹が!」
サナシュゴが叫ぶ。
再び戻る警戒心。
だがその時起こった出来事は、警戒すべきものなどではない。
一同の成果そのもの…ネズドラとの戦いによって得られた勝利の産物。
蛹の背中にあたる部分が…ひび割れたのだ。
「羽化する!」
まさしく羽化の最中。サナシュゴは鎌を構え、この瞬間も敵が来る事を考えて警戒を怠らない。
蛹からは光が漏れ、やがて緑色の何かがゆっくりとその姿を蛹の中から現す…。
「…ん?」
蛹から出てきたのは…明らかに蝶ではない。
人の手だった。
次に頭、胴体、足…明らかに物理法則を無視した何かが、さも当然のようにその全貌を現していく。
「ふぁーー、ようやく羽化できたわい」
…現れたのは、どう見ても蝶ではない。
いや、そもそも虫ですらない。
人間だ。
「え…」
サナギモルとサナシュゴが目を丸める。この二人にすら予想外だったようだ。
その人間?は…背中からピンク色の蝶の羽を申し訳程度に生やし、緑の全身タイツを纏った中年男性。
その場で軽くストレッチをした後、両手を広げて名乗る。
「私こそが賢者の蝶!何でも聞きたまえ!!」
彼こそが、賢者の蝶。
伝説にもその「姿」を見せなかった…あらゆる知識を備えた「蝶」。
はっきり言おう。
その姿は、あまりに想像と違いすぎた。
…一同は背を向けた。
「おおおい!!どこ行くんだ!!」
追いかけてくる賢者の蝶…。
悲鳴を上げながら、ただただ逃げるしか無かった…。




