Fとクラナ
闇の国にて。
闇姫は一枚の紙に目を通していた。
その紙は、彼女の軍…闇姫軍が一部の区域を調査して集めた様々な情報が記載されていた。闇姫が目をつけたのはそのうち一つ…「死体魔術」の一文だった。
「闇姫様。それが気になるのですか?」
ここで彼女に声をかけたのは、彼女の右肩を揉む小さな生物。
紫色の球体型の体に悪魔の羽を生やした、一見威厳のない容姿…彼の名はデビルマルマン。
こう見えて闇姫軍でも最強クラスの魔術を行使する大悪魔だった。闇姫軍四天王の一人にして、闇姫への忠誠心は軍でもトップクラスと呼ばれる男の一人。闇姫の前でも、その声は余裕に溢れている。
「死体魔術とは、まあ適当に言うとゾンビを使う魔術ですよ。最近高度な死体魔術を兵士たちが見つけてきたようでしてね。実験程度に、テクニカルシティで使いますか?」
また新たな悪の計画が始まろうとしていた。
テクニカルシティはその日、月に一度のバーゲンセール祭りだった。商店街の店のほとんどがバーゲンセールを行う、名前通りの日。はっきり言って店よりも主婦の勢いの方が凄まじく、行列が絡まり合うような日だ。この日経営者が受ける疲労は凄まじく、バーゲンセール祭りなどという行事を作り上げた市長を呪うものも度々見られた。
以前のお化け人参騒動でまともな買い物ができていなかったテリーとドクロは、人混みを押し退けながら必死に前へ進もうとしていた。全方位から迫る重圧感…どう進んでも疲れが蓄積していく。
魚屋の列に並びながら、ドクロが深いため息をつく。
「どんな敵と戦う時よりもキツイわこれ…早く終わらせてよ」
テリーは首の骨を鳴らしながらやけに張り切った様子。
「我が妹の為なら全力で終わらせるぜ!!だが順番は待たないといけないから、このまま待つんだ!!」
疲れる上に、兄のこの調子…今夜のドクロは足の痛みに悩まされそうだ。
ふと、視界の片隅に二人の人物が映る。
「ん?あれは」
ドクロは列から離れだす。テリーは列の先の方を覗き込むのに必死で、気づかなかった。
その二人の人物は、商店街の塀に設置されたありふれた張り紙を見つめていた。
青いコートの青年、ピンクの服の小さな少女。ドクロはこの二人を知っている。
いや、ドクロだけではない。他の仲間達もこの二人を知っているはずだった。
この二人は…戦友。
「F!クラナ!」
青年の名は、訳あってF。少女の名はクラナだった。
クラナはドクロと目が合うなり、凄い速度で走り寄って彼女に抱きつく。
「ドクロちゃん!!久しぶりー!!」
Fはあまり大きな反応は見せなかったが、ほんの一瞬彼の細い目が見開いたのをドクロは見逃さなかった。
「久しいな…。相変わらずだなこの街は。落ち着かず、騒がしい。だが…」
「退屈しない街、でしょ?」
ドクロは体を軽く傾けながら言った。
二人はある戦いを共にし、これまた訳あってテクニカルシティの研究所で暮らしている兄妹。研究所暮らしではあるが自由は多く、このように外出も許可されている。
二人…及びFが外出していたのは、バーゲンの為ではない。とある魔力を察知したからだった。
久々の再会の余韻に浸る間もなく、Fは低い声で忠告する。
「闇姫が来てる。気をつけろ」
ドクロはそれを聞いて驚く事もなく、深いため息を一発。
「はあ、マジか。あいつまた何かしようとしてるのか」
世界に悪事の波を広げる闇姫。彼女が戦いの火種になる事はしょっちゅうで、ドクロ達も日々悩まされてきた。そして今日、ただでさえ忙しいこの日にまで彼女が潜んでいる。勘弁してほしいものだった。
これだけでFとクラナの目的が分かった。闇姫を探しているのだ。
バーゲンなどドクロにはどうでも良かった。闇姫がいるなら、彼女を探し出すのに協力しなくてはならない。
そのまま流れに乗り、ドクロは二人と共に調査を開始する。
三人は飛行して、空から調査を始めた。店に並ぶのが目的ではない今、飛行能力を使う事ができる。飛行能力のありがたみを改めて思い知った。
クラナは地上をキョロキョロと見渡し、定期的に「いないねー」とだけ発する。子供らしい姿だった。
Fの方はと言うと、いつ闇姫が現れても良いように、警戒を全く解かない。クラナとは対照的…仲間であるドクロでさえもプレッシャーを感じる程だった。
さて、問題の闇姫は…はじめは人混みに紛れていると睨んでいた。
しかし、上空の広範囲の中でも彼女らしき姿は見当たらない。
人々が密集し、隙間無く押し合う様は見ているだけでも疲れてくる…闇姫探しは一苦労だ。
「闇姫…どこに隠れてるのー!!」
思わず叫ぶドクロ。
その時…。
「うるせえな。ここにいるだろうが」
酷く不機嫌な声が、頭上から聞こえてきた…。
驚いて顔を上げると…そこには、腕を組む闇姫の姿があった!
何と、彼女はずっと頭上から様子を見ていたのだ。
闇姫の背中からは灰色の翼が生えており、これで飛行を実現している。
ドクロは驚きながらも、指を差しながら威勢よく怒鳴る。
「い、居るんなら最初から言えや!それよりあんた、また何か企んでるんじゃ」
「ああそうだな。私は企んでる」
闇姫は突如、遠くの方へ目を向けた。その赤い目は、テクニカルシティより外の方へ向けられている。
まるで何かを待っているような…そんな顔だった。
「どこ向いてるのよ!あんたが何か企んでるなら、それを実行される前にやっつける!」
ドクロが飛び出し、拳を突き出すが…闇姫は視線一つ向けず、それを回避してしまう。そのまま流れるような勢いで、ドクロの背中に軽く拳を振り下ろす。
重い打撃音が響き、ドクロは地上に叩き落される!コンクリート片が闇姫の高さまで飛び上がり、白い粉が拡散した。
闇姫は拳法の達人なのだ。少しの攻撃はこの通り、息をするようにかわして反撃に移してしまう。
闇姫の実力を熟知していたFは、すぐに出ようとせずにクラナの前に塞がる。妹想いな事が伺える行動だった。
だが当の闇姫は、今回は張り合うつもりはないらしい。ドクロを殴った右手に軽く息を吹きかけると、先程自身が見ていた方向を指差した。
流されるようにそこへ目を向けると…。
遠くから、無数の人影が駆け込んできていた…!
その者達は、青い肌に傷だらけの体、血が口から垂れており、焦点が合っていない目…歩く屍、ゾンビだ!
彼等は不自然な挙動で互いを突き飛ばしあい、それを全く気にする事なくテクニカルシティへ一直線。その数は約五十人程だろうか。この数が今のテクニカルシティに押し寄せれば、街は大パニックだ。
Fは歯を食い縛る。
「畜生、闇姫…」
闇姫を一発殴ってやりたいところだったが、クラナがFのコートを引っ張ってゾンビ達を指差す。
「お兄ちゃん、早く止めないと!」
「そうだな…」
二人は地上へと急降下!
先程叩き落されたドクロも起き上がり、ゾンビ達へ向かっていっていた。
「闇姫め…いきなり派手な事するじゃん!」
ゾンビ達は、テクニカルシティへ続く草原地帯を駆け抜けていた。美しい草花が風に踊らされる中、ゾンビ達は臭い息を吐きながら街へ突撃しようとしていた。平和な光景、恐怖の光景が肩を並べ、その場を描く。
三人が降り立ち、ゾンビ達の前に立ち塞がる。ゾンビ達は一瞬動きを止め…そのまま飛び込んでくる!
Fは拳を振り上げ、一人のゾンビの胸を殴り上げた!ゾンビは呻きながら吹き飛ばされ、その拳圧で周囲のゾンビ達も派手に吹き飛ぶ。
ドクロも回し蹴りで迫ってくるゾンビ達を文字通り蹴散らし、クラナはその小さな体からは考えられない身体能力でゾンビ達の顔面を殴り、時には投げ技まで仕掛ける!
次々倒れていくゾンビ達。闇姫はそれを見下ろし、軽く頷く。
「ふん、Fにクラナ…力は衰えていないようだな。ではそろそろ本番といこうか」
闇姫がちらりと視線を動かす…。
…ほとんどのゾンビ達を倒したように見えた時だった。
倒れたゾンビ達を踏みつけながら、一つの影が近づいてくる。そいつは他のゾンビ達よりも一回り大柄で、両手に剣のような物を持っている…。
「こいつは…」
Fは見上げる…。
現れたのは、大柄なゾンビ戦士だった!
明らかに今までのゾンビとは違う。その佇まいは違和感なく地を踏みしめており、明らかな知性を感じさせる。
闇姫は上空からそのゾンビを紹介した。
「そいつはゾンビの中でも稀に誕生する、知性あるゾンビ戦士だ」
ゾンビ戦士は両手に持つ二本の剣を擦り合わせながら、三人を一通り見渡す。そして…はじめにFに狙いを定める。
「ぐがあああ!!」
二本の剣がFに振り下ろされる!Fはその軌道を読んで迷わず回避、ゾンビ戦士の真横に回り込み、蹴りを決める!
ゾンビだからか痛覚がほとんどないらしく、あまり怯まない。そのまま勢いに任せて剣を振り回し、Fを執拗に狙う。
その横から、ドクロが手の平を向け…黒い光弾、通称ブラックボムを撃ち出す!
ブラックボムはゾンビ戦士の手にぶつかり、爆発!剣を落とさせる。確実な隙ができたところでクラナが飛び出し、ゾンビ戦士の顔面に両足を叩き込む!いくら痛覚が薄くともこれだけの攻撃は誤魔化せない。
ゾンビ戦士は地面に手をつき、ようやくバランスを崩す。ここでFは自身の右腕を捲り上げ、ある物を見せる。
それは、右腕に刻まれた青い入れ墨…狼を模した奇妙な入れ墨だった。
ドクロがそれを見て目を輝かせる。
「導狼の証!」
これこそFの最大の武器、導狼の証。勿論ただの入れ墨ではなく、強い魔力が秘められている。
導狼の証が青く発光し、目の前のゾンビ戦士を照らし出す。
「これで終わりだ。眠れ」
その光はゾンビ戦士、そして周りのゾンビ達を包みこんでいく。昼間だと言うのに、夜の星空を見ているかのような美しい光景だった。
その光に宿る魔力はゾンビ達を動かす邪悪な魔力を打ち消していき…ゾンビという怪物はただの死体に戻っていく。
戦場が静まり返った。ゾンビ達の声は完全に無くなり、元通りの街に一歩近づいた。
あとはこの死体の山を元の墓へと埋葬してやる事で、テクニカルシティは元の姿を取り戻すだろう。
闇姫は導狼の証の魔力を見て、深く感心した様子だった。
「相変わらずの力だな。ゾンビ作戦は失敗か」
そのまま彼女は空高く飛び出し、去っていった。
闇姫の実力を知っていた三人は、彼女を深追いする事はなかった。
闇姫がこのように派手な犯行に及んだのは久々だった。
Fとクラナはこの事態を重く見て(正確にはFだけで、クラナはただ兄の調子に合わせているだけだが)、しばらく事務所に身を置いてくれるという。
れな達も喜ぶだろう。
「F、クラナ…やはりやつらは厄介だな」
闇姫は翼を羽ばたかせながら、黒い表情を見せていた。
はてさて、次はどんなトラブルを起こすのだろうか…。