毒獣が暴れる理由は?
ある調査隊が、森の中を探索していた。
この森は昔から人々が行き交い、動物たちと交流を深めてきたという歴史の深い場所。人が行き交う場所でありながら、動物の数も多い自然溢れる聖域。
ヘルメットに作業着の男達が、妙な噂話をしながら突き進んでいた。
「この辺りじゃ、毒獣とかいう怪物が出るらしいな」
「どくじゅう?」
一人が聞き返す。
この辺りには、毒の牙を持つ危険なモンスターが潜んでいるのだという。そいつはとても凶暴な性格で、この森に干渉した者に襲いかかり、毒の牙の餌食にするという…。
「そんなの、視界に入ってほしくもないな…」
不安になってきたが、それでも彼等は歩みを止めない。まさか自分達がそんな危険に遭うなど、考えていなかった。
人は、噂という言葉に危機感を抱く事はあまり無いのだという。この男達は良い例だった。
しばらく歩いていくと、彼等の目的の木が見えてきた。
「よし。今日はこの木の根元を探査する。地質調査の一環だ」
彼等は専用の機器を取り出し、慣れた様子でしゃがみ込むが…。
「ん?」
一人が何かに気づく。
草むらが揺れたのだ。
「おい。何かいるぞ…」
耳を澄ましてみると…自分達の周りから不気味な音が聞こえている事が分かった。
どうやら一匹…それもかなり大型の獣がいるようだった。
男達は互いの背中を寄せあい、未知の恐怖に冷や汗をかいていた。これから起きる危険な事態…そして、肉体に生じるであろう苦痛などを予感し、嫌な妄想が止まらない。
そして…。
「ぎゃ、ぎゃあああああ!!!」
ワンダーズの事務所に、依頼が舞い降りた。
森の中に現れた毒獣。荒れ狂う毒獣の攻撃により、数名の作業員が病院に搬送された。
命に別条は無いものの、毒はかなり悪性の物…長期入院が必要になったらしい。
今回出向くのは、葵と粉砕男。常に慎重なこの二人なら、毒を使う相手でも心配は要らないだろう。
「ここが例の森ね」
その森は、毒獣の影響か、それとも人間達が何かをやらかしたのか、話に聞いていた以上に静まり返っていた。僅かに鳥の鳴き声も聞こえるものの、二回程鳴いてすぐに森に溶け込み、消えてしまう。今のところ危険なモンスターもおらず、安全に進めるが、ここまで静かだとかえって不安なものだった。
「おい葵。これを見ろ」
粉砕男が地面を指さす。
土に刻まれていたのは…足跡だった。
猪の足跡に近いが、明らかに普通ではない。紫色の液体のようなものが一緒に刻まれている。
その液体は僅かに黒光りしており、危険性を周囲に伝えているかのよう。これに触れるのはやめたほうが良さそうだ。
獣の足跡、毒。例の毒獣だろうか。
足跡は森の奥まで続いており、二人は慎重にそれを辿っていく。草むらをかき分け、森の暗がりへと身を投じていく。
途中、葵が何かの気配を感じてライフルを構える。
…森の奥の暗がりから、大きな影が近づく。
「…あっ、まさかこいつが!」
それは…赤紫色の体を持つ猪だった。
赤い目、紫色の牙…その姿は敵意に満ちており、例えるなら体全体でこちらを睨みつけているようだ。
勿論葵も粉砕男も初対面。恨みを買われるような事はしていない。
粉砕男は、その毒獣の姿を更に深々と観察する。
「…こいつ、体の所々の体毛は普通の猪と同じだ。つまり…全身に毒が塗りたくられてる可能性が高い」
「え?」
葵が驚いた刹那、毒獣は突撃してくる!その走り方もまた、二人がよく知る普通の猪と同じだ。
間一髪回避する。毒獣は直ぐ様方向を変え、第二撃を仕掛けようとする。
地上では危険と見て、二人は飛行する。毒獣は空飛ぶ二人を睨みつけながら、鼻息を荒くしている。
ここは下手に攻撃せず、まずは原因を探ったほうが良さそうだ。二人は木々に隠れつつ、高速で飛行して一気に毒獣との距離を離していった。
木々に体が擦れる度に僅かに葉が舞い落ちる。それを見て、毒獣も後を追ってくる。
二人は飛行しつつ、木々の隙間から地上の土を見下ろす。毒獣が追ってきているが、幸いこちらの飛行速度のほうが上だ。
見ると、所々にやつの足跡がついている。その足跡は、まるで一定のルートを辿り続けているかのように規則正しいものだった。
足跡を目で辿り続けていくと、特定の地点で引き返し、また同じ場所に戻ってる。やつはここらを往復しているようだ。
「粉砕男。あれを見て」
葵が見ていたのは、足跡とはまた別の場所だった。
そこには、森には明らかに不似合いなものが落ちていた。
…紫色の水溜りだ。
それは、毒獣の体についてるものとそっくりだ。どう見てもこの森の自然から生まれたものではなく、人工的な物だった。
薄々感じてはいたが、やはり人間がここで何かしらの科学実験をしていたのだろう。
そして、毒獣は人間を襲っている。
恐らく…人間への復讐を考えている。葵と粉砕男にあれほどの敵意を見せたのも、二人が人間とよく似た姿をしていたからだろう。
「葵、何とかしてあいつを落ち着かせよう」
「そうね。でもどうする?」
とにかく、顔を合わせないといけない。復讐を誓える程の知能を持つのだから、言葉も通じるかもしれない。
木々の隙間を見ると…毒獣は変わらずこちらを睨んでいる。二人は顔を見合わせ、ゆっくりと降下していく。
地上に降りるなり…毒獣は身を屈め、足先に力を込める。また突進攻撃を仕掛けようとしているのだろう。
粉砕男が毒獣と目線を合わせ、こう言った。
「待て。俺達は戦いたい訳じゃない」
葵の方は、両手を挙げて敵意はない事を伝える。しかし毒獣は聞く耳を持たない。再び地を蹴り、突進してくる!
突進自体は単純だ。粉砕男はかわしつつ、もう一度呼びかけた。
「待ってくれ!まずは落ち着け!話はそれからだ!」
いくら呼びかけても、毒獣は止まらない。周囲の木々を器用にかわしつつ迫ってくる。
「仕方ないわ」
葵は…ポケットから何かを取り出し、それをハンドガンに装填した。
毒獣に狙いを定め…発砲した!
毒獣の分厚い皮膚に何かがぶつかり、作用をもたらす。毒獣は突如動きが鈍くなり…そのまま倒れてしまう。
麻酔弾だった。
「これ、今少ないから使いたくなかったんだけどね。何より、話し合いで済ませられるならそうしたかったわ」
とにかく、しばらく起きる事はないだろう。今のうちに調査を再開する。
怪しいのはあの足跡の周り…。人間への復讐の為、何かを隠してるのかもしれない。
「人間の手が、こんな場所にまで進行していたとはな。例の調査隊も無意識に何かここに遺してしまったのかもしれない」
そもそも、本来ならば動物の楽園であるこの森に人間が入る事自体、動物たちにとって心地よいものではないだろう。
二人はあの足跡を見下ろし、しばらく周囲を見渡す。
朽ちた木々が並んでるくらいで、変わった物は見当たらない。そう、変わった物は…。
「あれ?」
葵が、ふと何かを見つけ出す。
それは…木の根元に落ちていた。
…鳥の巣だった。巣の中には、何羽の雛鳥が鳴いており、心なしか不安げな表情のように見える。彼等は二人を見上げ、一層鳴き続ける。
そして、すぐ近くには…あの毒液が落ちていた。
「…まさか、あいつはこの子達を守ろうとしてたの?」
葵は巣をそっと持ち、木へと戻す。
…その後、毒獣は目を覚ました。
はじめは葵と粉砕男に相変わらずの敵意を向けていたが…。
木に戻された巣を見ると、途端に大人しくなって森の奥へ去っていった。
毒に侵され、本来の姿を失っていたであろう毒獣。人間を憎んで当然の状態だったが、それでも選んだのは森の仲間の安息だったのかもしれない。
「そうとも知らず、すまなかった」
人間達の分まで、粉砕男と葵は森の奥へ謝罪の声を届けた。
厳しい自然界の、哀しい優しさを知った瞬間だった。




