氷のアート
その日の依頼は、遥か北に住む住人からのものだった。
氷が張り巡らされた、極寒地帯。ここに住む一人のペンギンモンスターが出してきた依頼だ。
それは…「究極の四角い氷」を作る手伝いをしてほしいというものだった。
内容としては、氷を慎重に削って四角い氷を作り上げるというもの。依頼主のペンギンモンスターは芸術家らしく、この作品に命をかける覚悟でいるという。
その日、事務所で手が空いていたのは…ラオンだけ。
戦闘を何より好むラオンからして見れば、この依頼は専門外だ。
だが客観的に見ると、この依頼にラオンは適任だった。丁度予定が空いているというだけでなく、氷を削る…すなわち切るという作業に関しては、ワンダーズ1のナイフ使いであるラオンが一番合っている。
「ちっ、便利屋じゃねえんだぞ…」
とはいえワンダーズは何でも屋のようなもの。文句を垂らしつつも、ラオンは北の方角へと猛飛行していった。
街、森林、山、そして、海。かなりの速度で飛んでいるので、何もかもがあっという間に通り過ぎる。まるで美術館に並べられた絵画を流し見するようだ。
海面上に出ると、無数の小島が見えてきた。多くの生物が暮らしているであろう未知の島だが、この高さから見ると目につくのは木々の頭ばかり。目に映る情報一つで、視界は一気に退屈なものになる。
…あっという間に、ラオンの全身に冷気が降りかかる。
所々に浮かぶ氷が見え、雪が積もった小島が見え、そして…一際大きな氷の島が近づいてくる。
水色の光が放たれる。晴れ渡る青空の下、照射される日光の光を反射して輝く氷達。暑いと氷は溶ける、という事も忘れてしまう程の力強い反射…。
島の一部に、依頼主らしいペンギンモンスターがぽつんと立っていた。その姿は、確かにペンギンだが…やたら四角い。
島に降り立つと、そのペンギンはぎこちない足取りで近づいてきた。
「もしや、あなたがワンダーズの?」
「ラオンだ」
手早く返事する。そのペンギンは喜んで飛び跳ねる。着地の拍子に足を滑らせ…海に落ちる。
「何やってんだあああ!!??」
ずぶ濡れになったペンギンは、恥ずかしそうに自己紹介する。
「私はカクペン。こう見えて芸術家をしています」
やはりそうか、とラオンは目を細めて話を聞く。正直、芸術に興味はない。
「あなたに今回頼みたいのは、この氷を完全な正方形にして頂く事です」
そう言うとカクペンは、一つの氷塊を置く。あちこちに角や出っ張りが見受けられ、乱れて歪な形をしている。両手に抱えるくらいの大きさで、どっしりと重い。
ラオンは早速ナイフを取り出す。氷塊を地面に置き、狙いを定める。
まずは横から…水色の氷は光を反射してラオンに目眩ましを仕掛けてくるが、そんなものでは彼女の刃は止められない。
「おらぁ!!」
ここだ、という位置でナイフを振り下ろす。
左横部分を切り裂き、氷は一気に左右非対称となる。
手応えは中々。かなりまっすぐに切り分けており、この調子で行けば真四角の氷などすぐに出来そうだ…。
「だめーー!!」
突然カクペンが叫ぶのだから、驚いたラオンはナイフを落とし、氷塊に突き刺してしまった。
カクペンは切断面を羽で激しく撫でながら、早口で言う。
「これでは駄目だ!まだ僅かに真っすぐになっていない!それにナイフを振り下ろした痕跡が僅かに残ってる!ほら、ここの部分とか刃が掠った切り傷が残ってて全然自然体じゃない!!」
ラオンは、気づかれないようにため息をつく。
これはまた、面倒なやつだと…。
それから、カクペンはそこら中から氷塊を用意しては、ラオンに切らせ続けた。
角が残ってる、切り傷がある、自然体じゃない、汚れてる、光が足りない…ありとあらゆる粗を探してはやり直しさせる。
ラオンはうんざりしていた。
例えラオンが戦闘好きでなくとも、これは戦闘よりも過酷な任務だ。
(おのれ、このペンギン野郎め…こいつの首を、とってくれる……)
ようやく、カクペンが納得いくものができた頃には、ラオンは氷の地面の上に仰向けになって息を切らしていた。
カクペンの目の前にある氷…まさに正方形だ。
「素晴らしい!!やればできるじゃんか!!」
「誰の為にやってると思ってんだボケええ!!」
ここは一発言ってやろうと、彼女が立ち上がったその時…。
氷の地面が、震え始めた。
その時、カクペンの表情が変わる。
「ま、まさか…この振動は…」
恐る恐る、カクペンはある方向を見る。北の方角だ。
そこには一際大きな氷塊…いや、氷山がある。振動はそこから来ているようだった。
ラオンはナイフを構え、カクペンの前に出る。
…氷山の壁が突如破壊され、中から何か大きなものが歩み出てきた。
それは…大きな球体にペンギンの顔をつけたような、巨大なモンスターだった!
そのモンスターは二枚の翼を広げ、こちらを威嚇するような動きを見せる。カクペンは恐れおののき、氷の地面に頭を垂れる。
「べ、ベーベン様!!お元気そうで!!!」
そう言いつつも、カクペンは明らかに怯えている。ベーベンはカクペンをしばらく見下ろした後…その隣に置かれていた氷の塊に目をやる。
それは、今まさにラオンが作り上げた一作だった。苦労の末に作り上げた、文字通り努力の結晶…。
ベーベンは足を振り上げる。
「お、おい!!」
ラオンの声など気にもとめず、足を振り下ろすベーベン!
氷は…粉々に砕け散った。
「…ああああああ!!」
ラオンは頭を抱え、カクペンも呆然。いきなり出てきていきなりこの仕打ち。あまりに理不尽だ。
更にベーベンは軽く息を吸い…口から冷気を吐き出してくる!
ラオンはカクペンを抱えて飛翔し、回避する。氷の地面に更なる冷気が加わり、氷の棘が無数に生成された!
地上にいては危険だ。ラオンは空中飛行し、ベーベンを見下ろす。
「気を付けて!!ベーベンはまだ飛び道具を持ってるぞ!」
カクペンの一言が終わるか終わらないかのタイミングで、ベーベンは羽毛の中から何かを取り出す。
今度は雪玉だった!
空中のラオン目掛けてがむしゃらに投げつけてくる。ラオンは右手にカクペンを抱え、左手でナイフを振るう事で雪玉を切り裂いていく。
ある程度雪玉を切り裂かれると…ベーベンは飛翔してラオンに突撃してくる!
「来るんじゃねえ!」
迷わず蹴りを仕掛ける事で地上へ送り返すラオン。氷の地面にヒビが入り、衝撃を物語る。
ベーベンは立ち上がり、今度は空中目掛けて冷気を吐く!迫りくる白い霧から離れながら、ラオンはナイフを顔の前で構える。
エネルギーを刃先に集めていく…紫色の光が散り始め、彼女の必殺技「紫電斬り」の準備が整う。
あとは斬りかかる隙を見つけることだ。
「…ここだ!」
ベーベンの視界からラオンが僅かに外れた瞬間。ラオンは一気に飛び出した!
ベーベンの体を斬りつけ、周囲に紫電が飛び散る。一瞬にして高いダメージを与え、ベーベンはひっくり返る。
氷の大地を破壊し、海に落ちる。氷の瓦礫を散らしながら、ベーベンは慌てて泳ぎ出し、近くの島へと逃げていった。
戦闘には勝ったが…。
「畜生、折角作ったのに」
粉々になった氷を見下ろし、ラオンはらしくもない暗い表情を見せた。あれだけの努力を費やして作り出した形が、今では砕け散ったただの小さな氷粒。
また作り直しか…諦めて立ち上がった時。
「残念だ…でもまあ、スペアなら沢山ある」
カクペンの謎の一言に、ラオンは間抜けな声を出す。
「え?」
振り返ると…そこには、先程作った氷塊にも負けない正方形の氷が大量に置かれていた。
カクペンはその氷を背に、得意げに両翼を広げている。
「君にあの氷を作るのを頼んでいたのは、念の為もう一個欲しかったからだ。見ての通り、この氷自体は沢山あるんだよ」
「…あったのかよ!!!!」
ラオンの声が、冷たい大気を貫いた。