表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/56

氷のアート

その日の依頼は、遥か北に住む住人からのものだった。

氷が張り巡らされた、極寒地帯。ここに住む一人のペンギンモンスターが出してきた依頼だ。


それは…「究極の四角い氷」を作る手伝いをしてほしいというものだった。


内容としては、氷を慎重に削って四角い氷を作り上げるというもの。依頼主のペンギンモンスターは芸術家らしく、この作品に命をかける覚悟でいるという。


その日、事務所で手が空いていたのは…ラオンだけ。

戦闘を何より好むラオンからして見れば、この依頼は専門外だ。

だが客観的に見ると、この依頼にラオンは適任だった。丁度予定が空いているというだけでなく、氷を削る…すなわち切るという作業に関しては、ワンダーズ1のナイフ使いであるラオンが一番合っている。


「ちっ、便利屋じゃねえんだぞ…」

とはいえワンダーズは何でも屋のようなもの。文句を垂らしつつも、ラオンは北の方角へと猛飛行していった。




街、森林、山、そして、海。かなりの速度で飛んでいるので、何もかもがあっという間に通り過ぎる。まるで美術館に並べられた絵画を流し見するようだ。

海面上に出ると、無数の小島が見えてきた。多くの生物が暮らしているであろう未知の島だが、この高さから見ると目につくのは木々の頭ばかり。目に映る情報一つで、視界は一気に退屈なものになる。


…あっという間に、ラオンの全身に冷気が降りかかる。


所々に浮かぶ氷が見え、雪が積もった小島が見え、そして…一際大きな氷の島が近づいてくる。


水色の光が放たれる。晴れ渡る青空の下、照射される日光の光を反射して輝く氷達。暑いと氷は溶ける、という事も忘れてしまう程の力強い反射…。



島の一部に、依頼主らしいペンギンモンスターがぽつんと立っていた。その姿は、確かにペンギンだが…やたら四角い。

島に降り立つと、そのペンギンはぎこちない足取りで近づいてきた。

「もしや、あなたがワンダーズの?」

「ラオンだ」

手早く返事する。そのペンギンは喜んで飛び跳ねる。着地の拍子に足を滑らせ…海に落ちる。

「何やってんだあああ!!??」




ずぶ濡れになったペンギンは、恥ずかしそうに自己紹介する。

「私はカクペン。こう見えて芸術家をしています」

やはりそうか、とラオンは目を細めて話を聞く。正直、芸術に興味はない。

「あなたに今回頼みたいのは、この氷を完全な正方形にして頂く事です」

そう言うとカクペンは、一つの氷塊を置く。あちこちに角や出っ張りが見受けられ、乱れて歪な形をしている。両手に抱えるくらいの大きさで、どっしりと重い。

ラオンは早速ナイフを取り出す。氷塊を地面に置き、狙いを定める。

まずは横から…水色の氷は光を反射してラオンに目眩ましを仕掛けてくるが、そんなものでは彼女の刃は止められない。

「おらぁ!!」

ここだ、という位置でナイフを振り下ろす。


左横部分を切り裂き、氷は一気に左右非対称となる。

手応えは中々。かなりまっすぐに切り分けており、この調子で行けば真四角の氷などすぐに出来そうだ…。


「だめーー!!」

突然カクペンが叫ぶのだから、驚いたラオンはナイフを落とし、氷塊に突き刺してしまった。

カクペンは切断面を羽で激しく撫でながら、早口で言う。

「これでは駄目だ!まだ僅かに真っすぐになっていない!それにナイフを振り下ろした痕跡が僅かに残ってる!ほら、ここの部分とか刃が掠った切り傷が残ってて全然自然体じゃない!!」

ラオンは、気づかれないようにため息をつく。

これはまた、面倒なやつだと…。



それから、カクペンはそこら中から氷塊を用意しては、ラオンに切らせ続けた。

角が残ってる、切り傷がある、自然体じゃない、汚れてる、光が足りない…ありとあらゆる粗を探してはやり直しさせる。

ラオンはうんざりしていた。

例えラオンが戦闘好きでなくとも、これは戦闘よりも過酷な任務だ。

(おのれ、このペンギン野郎め…こいつの首を、とってくれる……)





ようやく、カクペンが納得いくものができた頃には、ラオンは氷の地面の上に仰向けになって息を切らしていた。

カクペンの目の前にある氷…まさに正方形だ。

「素晴らしい!!やればできるじゃんか!!」

「誰の為にやってると思ってんだボケええ!!」

ここは一発言ってやろうと、彼女が立ち上がったその時…。



氷の地面が、震え始めた。

その時、カクペンの表情が変わる。

「ま、まさか…この振動は…」

恐る恐る、カクペンはある方向を見る。北の方角だ。

そこには一際大きな氷塊…いや、氷山がある。振動はそこから来ているようだった。


ラオンはナイフを構え、カクペンの前に出る。



…氷山の壁が突如破壊され、中から何か大きなものが歩み出てきた。


それは…大きな球体にペンギンの顔をつけたような、巨大なモンスターだった!

そのモンスターは二枚の翼を広げ、こちらを威嚇するような動きを見せる。カクペンは恐れおののき、氷の地面に(こうべ)を垂れる。

「べ、ベーベン様!!お元気そうで!!!」

そう言いつつも、カクペンは明らかに怯えている。ベーベンはカクペンをしばらく見下ろした後…その隣に置かれていた氷の塊に目をやる。

それは、今まさにラオンが作り上げた一作だった。苦労の末に作り上げた、文字通り努力の結晶…。

ベーベンは足を振り上げる。

「お、おい!!」

ラオンの声など気にもとめず、足を振り下ろすベーベン!


氷は…粉々に砕け散った。


「…ああああああ!!」


ラオンは頭を抱え、カクペンも呆然。いきなり出てきていきなりこの仕打ち。あまりに理不尽だ。

更にベーベンは軽く息を吸い…口から冷気を吐き出してくる!

ラオンはカクペンを抱えて飛翔し、回避する。氷の地面に更なる冷気が加わり、氷の棘が無数に生成された!

地上にいては危険だ。ラオンは空中飛行し、ベーベンを見下ろす。

「気を付けて!!ベーベンはまだ飛び道具を持ってるぞ!」

カクペンの一言が終わるか終わらないかのタイミングで、ベーベンは羽毛の中から何かを取り出す。

今度は雪玉だった!

空中のラオン目掛けてがむしゃらに投げつけてくる。ラオンは右手にカクペンを抱え、左手でナイフを振るう事で雪玉を切り裂いていく。

ある程度雪玉を切り裂かれると…ベーベンは飛翔してラオンに突撃してくる!

「来るんじゃねえ!」

迷わず蹴りを仕掛ける事で地上へ送り返すラオン。氷の地面にヒビが入り、衝撃を物語る。

ベーベンは立ち上がり、今度は空中目掛けて冷気を吐く!迫りくる白い霧から離れながら、ラオンはナイフを顔の前で構える。

エネルギーを刃先に集めていく…紫色の光が散り始め、彼女の必殺技「紫電斬り」の準備が整う。

あとは斬りかかる隙を見つけることだ。



「…ここだ!」

ベーベンの視界からラオンが僅かに外れた瞬間。ラオンは一気に飛び出した!

ベーベンの体を斬りつけ、周囲に紫電が飛び散る。一瞬にして高いダメージを与え、ベーベンはひっくり返る。

氷の大地を破壊し、海に落ちる。氷の瓦礫を散らしながら、ベーベンは慌てて泳ぎ出し、近くの島へと逃げていった。


戦闘には勝ったが…。


「畜生、折角作ったのに」

粉々になった氷を見下ろし、ラオンはらしくもない暗い表情を見せた。あれだけの努力を費やして作り出した形が、今では砕け散ったただの小さな氷粒。

また作り直しか…諦めて立ち上がった時。


「残念だ…でもまあ、スペアなら沢山ある」

カクペンの謎の一言に、ラオンは間抜けな声を出す。

「え?」


振り返ると…そこには、先程作った氷塊にも負けない正方形の氷が大量に置かれていた。

カクペンはその氷を背に、得意げに両翼を広げている。

「君にあの氷を作るのを頼んでいたのは、念の為もう一個欲しかったからだ。見ての通り、この氷自体は沢山あるんだよ」



「…あったのかよ!!!!」

ラオンの声が、冷たい大気を貫いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ