VSテディベア
クラナはよく、お気に入りのぬいぐるみを抱きかかえている。
ラミという名前をつけられたそのぬいぐるみは、兎の見た目をした小さな物。これはかつてれなから貰った物であり、クラナはこれを常日頃持って笑ってる。
彼女のおままごとの際には必ずと言って良いほど座り込んでいる常連だった。
ここまで気に入ってくれるとプレゼントしたれなも嬉しいものだった。今日も事務所のテーブルの上に座り込むラミ、そしてティーカップを片手に持つクラナを見て癒やされていた。
…好きな光景には何かもう一手、加えたくなる。それは人間にもアンドロイドにも同じく備わる本能だった。
「そうだ!新たな仲間を買ってあげよう!」
更にもう一人、ラミの友達を連れてきてあげる事にしたれな。早速彼女はテクニカルシティ随一の玩具屋へと駆け抜けていく。
この玩具屋は本当に人気だ。昔ながらのからくり仕掛けの玩具から、近未来的な電子器具まで。玩具と言うと、ここに並んでいない物は無いとさえ言われる程の場所。
ここにぬいぐるみが並んでいないという事は、天地が逆転してもありえない。
あちこちに並ぶ玩具に目を通して楽しみながら、れなは人形のコーナーへ足を踏み入れた。
沢山の愛らしいぬいぐるみが並んでおり、ついれな自身も欲しくなってしまう。だがあくまで今回はクラナへのプレゼントはメインだ。様々な動物のぬいぐるみを指差しながら、彼女は一人で騒ぎ立てる。
「うーん、こいつ可愛い!こいつはイケメン!こいつは頭良さそう!こいつはツヤツヤしてる!皆最高!!」
…恐らく彼女のテンションはクラナ以上だ。クラナではなく自分に買うのではないかと錯覚させる程の盛り上がりぶりだった。
そして迷いの末に、直感が囁くまま、とあるぬいぐるみに決める。
それは…茶色いテディベア。
「この金持ってそうな熊さんください」
レジに通した時、れなは気づかなかった。店員がほんの僅かに不敵な笑みを見せたのを…。
店を出て、クラナが喜ぶ顔を妄想しながら、れなは歩道を歩いていく。
ただただ、善意だった。
対価も礼も何も求めていない。
本当にただ、善意のままの行為だった。
事務所に戻ると、そこにはラミを抱いて静かに座るクラナの姿があった。近くには洗い物をしているFが見える。クラナもだが、Fの反応もぜひ見てみたいところだ。
(妹の喜びは兄の喜びでもあるしね。Fの喜ぶ顔も見たいなあ)
最も、れなが今想像してるFの喜ぶ姿は妹の喜びを共有する姿ではなく…F自身もテディベアを抱いてはしゃぎまわる姿だったのだが。
「ねえクラナ」
「なに?れな」
大切そうにラミを抱いたまま、クラナは体ごとれなの方を向いた。
「これ、あげる!」
袋を突き出すれな。
クラナはそれだけで目を輝かせる。子どもにとって、玩具屋の袋ほど好奇心を惹き立てる物はない。
中にあるのは果たして何なのか、自分の好きな物か、予想を超えたものか?
でも、玩具なのだからハズレだけは無いだろう。そんな確実な期待が、心に渦巻くのだ。
クラナは勢いよく袋を覗き込む…。まさにその時だった。
突如、袋から何かが飛び出し、クラナの顔に衝撃が走る。
彼女は後ろに向かって吹き飛ばされ、壁を破壊し、外まで吹き飛んでいく!
「クラナ!?」
Fは飛び上がるようにクラナの方を向き、後を追おうとする。
だがそんな彼の背後から発砲音が響き渡る。
「っ!」
体を横に傾けて、背後から飛んできた弾丸をかわすF。
振り返ると…。
テーブルの上に、ハンドガンを構えたテディベアが立っていた。
先程まで普通のぬいぐるみだったのに、突然敵意に溢れた風貌で動き出したのだ。
驚きのあまり白目を剥いているれな…。
「F…申し訳ない。アタシ、とんでもないバケモンを連れ帰ってきてしまったみたいだどー!」
れなも知らずに連れて帰ってきた事は、Fにもすぐに分かった。この驚きようを見れば嫌でも分かる。
「れなのせいじゃない。それよりこいつを何とかするぞ」
Fはテディベアに拳を向けるが、その目はクラナが飛ばされた方向を向いたまま。それを見て、れなは両手と首を同時に横に振るって叫ぶ。
「こいつはアタシに任せてほしいどー!!Fは早くクラナを追うんだどー!!」
有無をも言わさず、彼女はテディベアに飛びかかる!テーブルがひっくり返る音を背に、Fは崩壊した壁に穴をくぐってクラナを追いかけていく!
白昼堂々響き渡る戦闘音は、周囲の人々の視線を集めていた。Fは彼等を通り抜け、クラナを探す。
「クラナ!」
Fは、コンクリートの地面に倒れているクラナを見つけ出す。彼女はうつぶせに倒れており、Fの血の気が引く。
急いで抱き起こし、彼女の顔を手で払う。
「…あ、お兄ちゃん?」
何とか無事なようだ。クラナは目を細めつつも、意識ははっきりしていた。やはり他の子供より頑丈だ。
「ははははは!!無様な姿よのお!!」
突如、憎たらしい声が降り注ぐ。
顔を上げると…そこには、白衣を着た蛙型の怪人が飛行しながらこちらを見下していた。
闇姫軍の科学者、ガンデルだ。
Fはクラナを庇いつつ、じっとガンデルを睨みつける。その視線は蛇のように鋭い…。が、ガンデルの蛙面は全く怯えず、むしろ煽るような笑みを見せた。
「おー、怖い怖い。そんな顔すんなって。これは僕の計画の第一段階なんだ。もっと応援してくれよ」
「知るか。てめえ、ワンダーズから聞いた話じゃ闇姫軍随一の科学者らしいな。確か名前はガンデル…」
ガンデルは高笑いし、胸を張る。
「ほほー!評価が高くて嬉しいねえ!そう!僕は闇姫軍一の頭脳を持つドクターガンデル!」
周囲に声を響かせながら、彼はポケットから何かを取り出す。
それは…どう見てもポケットに収まる大きさではないテディベアだった。
あのポケットも闇姫軍の科学なのだろう…そう考えて、Fは一先ずテディベアに集中する。
ガンデルはテディベアを顔の前で揺らしながら語る。
「最近、ぬいぐるみを戦闘兵器に変える技術を開発してね。テディベアから始める事にしたんだ。行く行くは世界のぬいぐるみを全て戦闘兵器に変え、しまいには…闇姫様が支配する世界を作り上げるのだ!」
ぬいぐるみ改造から、突然闇姫による世界征服へと話が飛んだ…本当にこいつは頭が良いのかと一瞬疑うF。
ガンデルは変わらず笑いながらテディベアを顔の前で左右に揺らす。
「僕の力を込めたぬいぐるみは強いぞ!今頃れなも苦戦してるだろう!そこの小娘…クラナが持ってるぬいぐるみも戦闘兵器に変え」
「やめてーーー!!!!」
耳を裂かんばかりの叫びと共に、突然クラナが飛び出す!そして、ガンデルの顔面に拳を打ち込んだ!!
声にならない叫びと共に、ガンデルは地上へと落ちる。クラナは馬乗りになり、顔面へ容赦ない拳の嵐を決めまくる。
「ラミちゃんは!!アタシが!!守るうううう!!!」
「やめろクラナ。そんな野郎殴ったら手が腐るぞ」
クラナを引き離すF。ガンデルはピクピクと痙攣しながらも、またもや白衣から何かを取り出す。
今度は小さなボタンだった。そのボタンを親指で押し…不穏な音が響く。
突如、全方位から迫る無数の殺気を感じ取るF。クラナを両手で包むように庇い、付近に目を向けると…。
沢山のぬいぐるみが、こちらに迫ってきていた!
彼等はコンクリートの上にその柔らかい足を叩きつけながら走り、塀を乗り越え、人々の足をすくって転倒させていく。
いつの間にかFとクラナはぬいぐるみ軍団に囲まれてしまった。
「ひゃははは!!僕の行動力を舐めんなよ!?もう既にこの街のほとんどのぬいぐるみは洗脳済みだ!」
ぬいぐるみ達は、キリンや馬、モグラや犬、猫など可愛らしい動物を模した外見、そしてその可愛らしさには明らかに不似合いな武器を持たされている。ナイフに斧、鞭…単純ながらも、その単純さ故に効果を発揮する「武器」を、非力な手に持って向かってくる。
Fは彼等に拳を構え、迎え撃とうとする…。
「お兄ちゃん待って!!あの子たちを傷つけないで!」
「だがクラナ…」
困ったような声を出すFだが、クラナは歯を食い縛って彼の横から飛び出し、ぬいぐるみ軍団へ直行していく!
「お、おい!!」
手を伸ばすF!クラナはキリンのぬいぐるみに飛びかかり…。
そのまま抱きしめた。
すると…キリンから力がなくなっていく。
持っていたナイフを落とし、脱力していき…その体を動かすものはなくなった。ただ綿が詰められただけの、小さく非力な存在へと戻っていく。
「お兄ちゃん、抱きしめてあげて!ぬいぐるみは皆愛される事を望んでる!」
ぬいぐるみは愛される事を望んでる…つまり、言ってしまえばぬいぐるみの「理性」が残ってるという事。
いつもラミを大切に抱えてるクラナだからこそ、悟れたのだろうか。
とにかく、今は最善を尽くすべき。このぬいぐるみ達を抱きしめるのだ。
次々にぬいぐるみを抱きしめていくクラナとF。他のぬいぐるみが襲ってくる以上、長時間抱きしめてあげる事はできなかったが、それでも兄妹の意思は通じたらしく、ぬいぐるみ達は素直に倒れ、動かなくなっていく。
愛…漠然としたその力に科学が屈し、ガンデルは震えていた。
「そ、そんな事が…!?ぬいぐるみ軍団が!?」
頭に血が上ったらしく、ガンデルは地上に降り、突如Fに殴りかかってくる!
咄嗟に手を構えて拳を受け止めるF。
闇姫軍のエリートともあろう者がこの程度で怒りに身を任すなど…そんな言葉がFの脳裏に走りかけるが、拳から伝わる力を感じるなり、その言葉は霧のように消え去った。
こいつは…強い。
「クラナ!!ここは俺が引き受ける!れなが戦ってる熊野郎を落ち着かせてくれ!」
そう言うと、Fの右腕が青く光る。導狼の証の力を発動した上で、殴り合いを挑むのだ。
ガンデルは次々に拳を打ち込み、Fはそれを受け止める。しばらく手と手が交差し続けたが、ガンデルは突如後ろに飛び跳ねて距離をとり、両手から魔力の水を放つ!
凄まじい水圧の塊が直撃し、バランスを崩すF。クラナは立ち止まりそうになるが、兄の必死の思いに応えるべく、何とか足を止めずにれなのもとへと向かっていった。
そして…れなは、事務所から出て庭でテディベアを迎え撃っていた。
テディベアは銃撃と打撃を両立させて攻撃してくる。流石、ガンデルに作られた戦闘マシーン。その姿からは考えられない戦闘スキルを持っている。
互いに離れあい、睨み合う。
張り詰めた空気の中、両者は次の一手を考えていた。
(仕方ない。あれを使うしかない)
れなの右手が青く光る…。
彼女の必殺光線…アンドロイド特有の破壊技、オメガキャノンのの構えだった。
事務所が傷つく危険性もあるが、このテディベアを放っておく方がよほど危険だ。
手のひらを広げ、集めたエネルギーを放出しようとする。
「くらえ、オメガキャ…」
「まってー!!!」
耳から飛び込んだ声で、れなはオメガキャノンを中断する。一瞬にして光がなくなり、その一瞬をも見逃さずテディベアは飛びかかってくる!
…が、横から飛び出した影がテディベアを突き飛ばす。
助けに現れたのは、勿論クラナだった。
彼女なテディベアを強く抱きしめ、そのまま持ち上げる。あまりの出来事にテディベアは呆然として、銃を落とす。
「熊さん、遊ぼ!!」
テディベアは…先程の暴れぶりが嘘のように、瞬時に動かなくなった。無邪気な一言が、子供ならではの迷いない純粋さが響いたのだろうか…。
ようやくぬいぐるみ軍団騒動は鎮められ、元の可愛らしいぬいぐるみが地べたに転がる事となった。
…そしてガンデルもぬいぐるみの停止を悟ったらしく、Fから手を離す。
「畜生…所詮玩具か」
空に飛び出し、逃げていくガンデル。Fは息を切らしながら、額の汗を拭う。
その後、全てのぬいぐるみを拾い集め、事務所の前に山積みにする。
夕立の中、れな、クラナ、Fはそのぬいぐるみの前に立っていた。
Fは犬のぬいぐるみを手に取り 、ため息をつく。
「持ち主がいるのか分かんねえな…。もしいたとしても、どう返してやるか」
それを聞いてれなは、腕を組み、わざとらしく唸り声をあげながら考え込む。クラナも真似をして、組んだ腕にラミを抱えて俯く。
…と、その時。
「そいつらに持ち主はいない」
冷たい声がした。
後ろに立っていたのは…。
闇姫だった。
夕日に背を向け、ただでさえ黒ずんだ姿に更に影がかかっている。
赤い左目でこちらを睨みながら、彼女は静かに呟いていた。
真っ先に反応したのが、この世で最も闇姫を嫌うれなだった。
「や、闇姫!?なぜここに…とりあえずそのアホ面殴らせろおお!!」
飛び出そうとするれなを羽交い締めしながら、Fは冷静に聞く。
「闇姫。どういう事だ?持ち主かいないだと?」
「どういう事もクソもあるか、単純な話だ。そのぬいぐるみは、ガンデルが買ってきたもの。あいつに捨てられた今、主はいない」
少しの沈黙の後、一言だけ発する闇姫。
「そこのクソガキにくれてやれ」
指を差されたのは…クラナだった。
クラナは目を輝かせ、辺り一面のぬいぐるみを見渡しながら早口で言う。
「え!?この子達皆!?」
「勝手にしろ」
それだけ言うと、闇姫はその場を去ろうと背を向けた…が、方向を変えたまさにその時、彼女の目にあるものが映り込んだ。
「…おい」
突然、彼女は近づいてくる。
Fはれなを羽交い締めにしつつも闇姫を睨みつける…まだ何か用があるというのか?
いや、闇姫が向かっていたのは…正確にはぬいぐるみの山だった。
その中から、彼女は黒猫のぬいぐるみを取り出し、抱える。
そのまま彼女は無言で翼を広げ、空の果てへと去っていった。
「あれは…闇姫のぬいぐるみだったのか」
彼女の意外な一面を目にしたFだった。