フグ
ワンダーズが拠点としている事務所。ここでは、ある「観賞魚」が飼われている。
リビングの近くにある水槽。その中を泳ぐのは…黄色い髪、その髪に刻まれた黒い大きな水玉模様、黄色い服を着た手の平サイズの小人の少女が泳いでいた。
彼女はフグ。
ただのフグ。呼び名も「フグちゃん」だ。
つい最近海で釣り上げ、以来この事務所に住み込み、ワンダーズの癒しとして裏から活躍している。
葵が水槽に近づき、フグちゃんの好物である小さな海老を水面から投入した。
フグちゃんは海老達をその小さな手でキャッチ、頬張りだす。その速度、0.01秒。
小さな口で海老を懸命に食べるフグちゃんをガラス越しに見守る葵。そんな彼女の隣に、ドクロが立つ。
「フグちゃんに何か良い物食べさせたいわね」
フグちゃん本人は海老だけでも満足してるのだが、やはりそれだけでは舌も退屈だろうと見たのだ。
フグちゃんは地上でも呼吸できる。ドクロはフグちゃんを頭に乗せ、商店街へ向かう事にした。
…商店街ではある店にて。
「はあーー、今日も客が来ねえな」
ある男が、カウンターに頬杖をついている。真っ黒な体に、鱗に覆われた手…人型モンスターだ。周りには沢山の棚が並べられているが、陳列されているのはチョコレート、剣、銃、けん玉にリュックサック。全くもって統一性が皆無。
「何でも屋を開いたは良いものの、やはり最近の客は見る目が無いみてえだな。このまま一銭も稼げないままだったら、闇姫様に合わせる顔がねえ」
何でも屋であるこのモンスター、どうやら闇姫の手先らしい。武力よりも商売で悪事を成そうとしているようだ。並んでる商品も、勿論普通の物ではない。
「お」
モンスターの声に期待が走る。
誰かが来店してきたのだ。白い髪の少女が、頭に黄色い髪の小人をのせて何気ない顔で店に入ってくる。
ドクロにフグちゃん。死神に魚類。珍客到来だ。
最後に来た客の顔も覚えていなかったモンスター。ドクロの到来にはしゃぎ回し、大声を発して大騒ぎ。
「らっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃい!!!!お嬢さん何をお求めでい!?」
少し引き気味に、ドクロはフグちゃんを指差しながら言った。
「この子が喜ぶおやつとかない?」
モンスターは踊るような動きでカウンターの下から何かを取り出した。それは…蟹の腕だった。
殻を外した小さな蟹の腕が、つまみのように小皿に乗せられている。モンスターが宣伝文句を発するより前に、フグちゃんはその小皿に飛びついた。
「あっ、フグちゃん勝手に食べちゃ…」
適当な蟹を小さな手で拾い上げ、咥える。
…フグちゃんは罠にかかった。突然顔が真っ赤になり、そのまま小皿から落ちてしまう。
「あっ!」
ドクロが急いで彼女を受け止める。手の中で目を回すフグちゃんを見つめながら、ドクロはポカンと口を開けている。
「おっとこれは失礼しやした!蟹かと思ったらこれ唐辛子でしたわい」
そう言ってモンスターは指先で蟹…及び唐辛子を摘んで何故か得意げ。手の上で悶絶するフグちゃんを見つめながら、ドクロは変わらず唖然。
はじめこそ、この店員もわざとやったのではないだろうと思っていたが…ドクロは徐々にこの店の本質に気づいていく。
モンスターは両手を顔の前で合わせながら、今度はこう言った。
「これは申し訳ない事をしやした。このチビちゃんにせめてもの償いを致しましょう」
モンスターはフグちゃんをドクロの手から取り上げ、また何かを取り出す。
今度は小さな桶だった。既に水が浸されており、そこにフグちゃんを突っ込む。
今の唐辛子攻撃で気が立っていたフグちゃんは、フグ特有の威嚇行為に出る事に。
桶の中の水を飲んで、お腹を膨らませて威嚇しようと、口をつけるが…。
「っっっ!!」
何とも言えない小さな鳴き声を発して彼女は仰向けになり、桶の水面に浮かぶ。
よく見るとこの水、粘り気があるのだ。不気味な柔らかい感覚がフグちゃんの全身に染み付く。ここでモンスターはタオルと、「SLIME」と書かれたボトルを取り出し、フグちゃんを洗おうとする…。
「ちょ、待てーい!!」
ドクロが桶をひっくり返し、水が派手に床にまき散らされる。
いや、やはりただの水ではない。これは透明なスライムだったのだ。
モンスターはしばらく濡れた床を見つめていたが…深くため息をつく。
「うわあ、こりゃ困りますよ、お客人。店を汚しちゃ」
「あ、ごめんなさい」
床を拭くものがないか見渡すドクロ。が、ここでモンスターは予想外の要求をする。
「何かお詫びしてもらわんとな、これは…。そうだ、珍しいもんを寄越してくれれば許してやるぜ」
突然態度が傲慢になるモンスター。相手に非があれば調子に乗るタイプのようだ。ドクロは気づかれないように、ため息をついた。
モンスターはカウンターに右肘をつき、左手の指でフグちゃんを指さした。
「そのフグを寄越せ。そいつを売りゃあ沢山の客の目を引けるだろう!」
…フグちゃんは喋れないが、言葉を理解する事はできる。モンスターの言葉にフグちゃんは怒り、ドクロの手の上で今度は犬のように威嚇している。
モンスターは構わず彼女に手を伸ばす。ドクロはその手を払いのけようと手を構えるが…。
それより前に、フグちゃんがモンスターの顔面に飛びかかり、張り付き、視界を塞ぐ!
「うわ、この野郎!!」
モンスターは拳を振り上げ、顔面のフグちゃんを殴り潰そうとするが、その前にフグちゃんは飛び跳ねて顔から離れる。勢い余って自分の顔面を殴ってしまうモンスター。
勝手に倒れて勝手に悶絶するモンスターを見下ろし、ドクロは逃げようとする。
「フグちゃん!逃げよう!」
フグちゃんはドクロの肩にのってしがみつくが、怒り狂ったモンスターがそうはさせない。
彼は直ぐ様起き上がり、カウンターに隠していた包丁を投げてくる!
その狙いは、ドクロの肩のフグちゃんだった。こればかりはフグちゃんも血の気が引いたようで、体から力が抜けかける…。
…が、殺気をいち早く察知したドクロは飛んできた包丁に後ろ蹴りを仕掛ける!
粉々になる包丁。そして、唖然とするモンスター。
「く、くそ!そいつをフグ刺しにして闇姫様に送ろうと思ってたのに!」
壁に背中をつけ、使える物がないか辺りの棚を見渡すモンスター。
ドクロは店の入り口で足を止め…。
「あんたなんか、この靴がお似合いよ!」
足をゆっくり振り上げ…凄まじい勢いでモンスターに向かって飛び込む!
赤い靴がモンスターの顔面に直撃!モンスターは背中から壁に直撃し、衝撃の塊が店を襲う。壁はひび割れ、棚からは商品が落ちる。天井に蓄積していた埃が舞い落ち、ドクロは頭を手で払う。
モンスターはピクピクと震え…気絶した。
ドクロとフグちゃんは床に落ちた商品を物色する。
「ひひひひひ、お詫びしてもらわんと困るからねえ…」
彼女はフグちゃんと共に、店に落ちていたオヤツをたんまりと頂いたのだった。