第9章 ミンテ・トルティヤード
「――昨夜は思わず言葉が出てしまったなぁ…」
手綱を握りしめながら、御者を務めるクーメイがぼやく。
「いや、あれでいいと思うぞ。普段は冷静を装っている相手が、思わず応答を切るくらい見事な挑発だった」
昨夜の『通話の水晶』を通してのやり取りを褒めるヴァロー。
「本当? ちょっと感情に任せて言い過ぎたかもと思ってたけど…ふへへへ」
褒められると素直に照れる、齢百を超える女だった。
「あ。ミレニアス・ランゼが見えて来たよ」
クーメイの指す方角に、連なる山脈と接する街が見え始める。
国家オムパリオスの誇る首都ミレニアス・オルカと並ぶ大都市ミレニアス・ランゼ。
大都市と言ってもオムパリオスは小国であり、アファートマ連邦の商業都市に比べれば領土も国力も小さいものである。かつては鉱山によって栄えた都市だが、現在は鉱石の産出も低下している。
鉱山を有するという特性上、人間以外にドワーフ族やモール族が多数住んでいる。
「で、このまま伯爵の家に向かっていいの?」
「いやダメだ。『ひび割れ』どもが、トルティヤード伯爵家まで巻き込むかもしれん。ユネムト鉱山の入り口に直接行ってくれ」
「えー…伯爵家ならお茶とお菓子出してもらえるのに…」
あからさまにがっかりする女。
「しかしシュメンハイニーを追うために一刻を争うのは分かるけど、宿にも泊まらずこのまま追跡かぁ……」
「リビュエだって我慢してるのに、お前と来たら…」
「うー…ところでさ。ミンテは覚醒したって聞いたけど『パドマ』になったってこと?」
「先生、違います。『あの男』によって施術された者は、皆『パドマ』なんです。その中で覚醒した者としていない者がいるだけです。『あの男』は覚醒を『開花』と呼んでいましたが」
同じく『パドマ』であるリビュエが、幌の中から声をかける。
「そうなんだ。その覚醒して得られた能力が、シュメンハイニーを追い詰めるのに役立つってこと?」
クーメイが隣に座るヴァローに尋ねると、彼は黙って頷く。それ以上は街中のためか、答えようとしなかった。
一行が街中に入り、入り組んだ石畳の道を進むと、巨大な山への入り口に至る。
街のすぐ傍にそびえ、この地に住むドワーフ達にとっては、崇拝の象徴たる山。
その山の一部を、くり抜いて作ったトンネル状の入り口。
その手前は広場になっており、かつては多くの人の出入りがあったのであろう、馬車を止めるスペースが十分に用意してあった。
クーメイが余裕のある空間に馬車を止めると、近づいて来る人影があった。
「ん、ミンテだ。でも他に…友達かな? 誰か居るみたい」
「何? 聞いてないぞ。ていうか、お前大丈夫か? 見知らぬ人物が居て――」
「――いやちょっと待って!何か美少女の予感がする!」
どんな予感だよ…とモグラ人が呆れている内に、三人の少女が馬車に近づいて来る。
「せんせぇ! お久しぶりですぅ!」
少々舌っ足らずな声で話しかけて来る少女。
亜麻色の髪で髪型は、切りっぱなしボブ、瞳は赤。
そして獣人の証である、頭にぴょこんとついた犬の耳。
着ている服は上質な仕立て。帽子からハーフパンツに至るまでオレンジ色で、ファーのついた可愛らしい衣装だった。
「ミ、ミンテぇ…すごくいいよ! ますます可愛くなってぇ…」
女はにやけた表情のまま小柄な獣人少女に近づき、頭を優しく撫で回す。
ミンテはされるがままどころか、耳をピコピコと動かして、時折リビュエに意味ありげな視線を送る。
「……ッ!」
視線を送られたリビュエは、唇をきっと結び、少女に睨むような視線を送り返す。
「せんせぇ。今日は私の仲間も二人、着いて来ていいですよね?」
「え。ミンテの仲間って…冒険者仲間ってこと?」
ミンテの背後に立っている二人の少女がそれぞれ、クーメイたちに向かって頭を下げる。
「はじめましてー! マギー・ザイツって言います! 精霊魔術が使えます!
ミンテちゃんとはお友達で、冒険者仲間をやらせてもらっていまーす!」
ハイテンションな淡いピンクのツインテール少女。瞳は赤。
ハーツパンツにチュニック、ハイソックスに至るまでピンクを基調にした服装は、ミンテに近い。流石に外套は革製で革本来の色のままで、色を着けていない。
「……イシュナ・クズリ。……真理魔術士。よろしく」
マギーとは対照的に、口数の少ない少女。
ダークブラウンの短いふわふわの巻き毛に、眠たげな瞳。それに分厚い眼鏡。
オリーブグリーンと黒を組み合わせた真理魔術士らしいローブと帽子、それに分厚い眼鏡は、見る者に地味で物静かな才女の印象を与える。手には、黒い丁字型の杖を手にしている。
「はわぁああああ……どちらも可愛い…」
クーメイは、すっかりミンテの仲間たちを気に入った様子で、瞳を輝かせる。
「二人共、ミンテと仲良くしてあげてね? いっそのこと、のっぴきならぬ関係になってもいいから!」
女のとんでもない発言に「?」と小首を傾げる二人。
「ミンテが冒険者になるって聞いてたけど、こんな可愛い娘たちとパーティーを組んでたなんて知らなかったわー」
「でしょう? 我ながら良いチームだと思います。将来は歌って踊れる冒険者を目指してますんで!」
腰に手を当ててふんぞり返る獣人少女。
そんな三人の美少女にデレデレしっぱなしの師に対して、何処かリビュエは不満げだった。
そして、ヴァローは何処か納得していない様子だった。
「ちょ、ちょっと、お嬢。お話があります…!」
彼はミンテとクーメイを呼ぶと、少し離れた場所で話し合う。
主にマギーとイシュナに聞かれないように気を配りながら。
「お嬢、困りますよ! 今回の任務は国家による極秘のもの! それをあの二人に知られたら、まずいんですって!」
ちなみに彼がミンテのことを「お嬢」と呼ぶのは、彼女がトルティヤード伯爵の養女だからである。伯爵は情報部の重鎮で、ヴァローの上司に当たる。
「大丈夫ですよぉ。二人はミンテの仲間なんだし、もしばれても黙っててくれますよぉ」
何の根拠もない暢気な答えに当然ヴァローは納得しないが、上司の娘として強気に出れなかった。
「もし国家として動いているのがバレたら、アファートマ連邦とは戦になるかもしれません。あちらの首席が如何に傀儡と言えども――」
「でもお義父さんは許可してくれましたよぉ?」
「嘘だろ、閣下ぁ!」
上司に恨み言を言いながら天を仰ぐ、モグラの公務員。
「便宜上、お義父様が二人にミンテの護衛を依頼した事になっています。護衛は鉱山を抜け、港町ミン・ハストに辿り着くまでの内容になってますけど…それでもダメですか?」
腕を組んで考え込むヴァローは、隣のクーメイに意見を求める。
「どう思う?」
「あのマギーって娘。ちょっとミンテとキャラが被り気味ね」
「そう言う事を聞いているんじゃない!」
「アファートマ連邦までついてくるわけでも無し。大事なのは敵…特に『ひび割れ』の襲撃を受けた時じゃない? でも…ま、狙ってくるのは私だと思うけど」
「万一の時は、お嬢を連れて避難してもらうことはできるか…わかりました、お嬢。お仲間たちには、我々のことは適当に誤魔化しておいてください」
渋々と納得するヴァローと、笑顔で頷くミンテ。
話を終えた三人は、残る三人の元に戻る。
その途上――ヴァローはこっそりとクーメイに囁く。
「あのマギーという娘に、どんな印象を持った?」
「……年齢の割に、香水が濃い。ミンテやイシュナちゃんはつけてないのに」
「そうだな。俺も、あの年齢の娘がつけるものとは思えん」
「ひょっとしたら見た目より年齢高めなのかもしれないね。それだけな別に問題ないんだけど…ま、警戒しとくわ」




