第8章 次なる脅威
林の中にひっそりと佇む廃墟。それは、かつて貴族が狩猟の拠点として建てた館だった。
その居間で、一組の男女が向かい合って立っていた。
男は傭兵団『蠍の尾』の副団長・グルガン。
頬がこけ、彫りの深い顔立ちをしている。ジーデスに比べて色男ではないが、優れた容姿だった。傭兵らしく鎧を身に着け、その上から外套を羽織っている。
「貴方の相方、やられちゃったみたいね」
愉しそうに、女の方が語り掛ける。
カーテンを閉め切った上に、灯り一つ点けていない部屋。
更には調度品の影に隠れているため、その姿はハッキリと見えない。だが小柄であることと旅装束は確認でき、あとは声から妙齢の女性だと言う事が窺えた。
「仕掛けるなと忠告したのですが」
ため息を吐く男。
「ですが共闘計画は、まだ修正できます。もし引き続き私と組んで下されるのであれば、報酬は一対二ということで、話を続けさせていただきたい」
「へえ。もちろん、こちらが二…という訳よね?」
女の興味ありげな言葉に、頷くグルガン。
『ママ! ダメだよ! コイツのこと信用しちゃ!』
二人以外は誰も見えないのに、女の背後から声が聞こえ出す。
あまり思慮のある語調ではないが、その声は力強く、高い位置から発せられていた。
「どうしてそう思うの、坊や?」
女の語調が少し柔らかく、媚びたものになる。
『コイツ仲間が死んだのに、全然悲しんでない。信用できないよ!』
「あぁ~坊や。ママもそう思ったわ。でもね、私たちにはまだまだお金が要るの。だから彼の申し出は、とてもありがたいのよ」
グルガンは影の中に目を凝らし、黙って二人のやり取りを聞いていた。
「ネダ博士の特別報酬も合わせて、お金の話はそれでいいわ。でも『遊戯』の方は、どうするのかしら?シュメンハイニー卿は、あの連中…特に『コウ蛇』を討ち果たした者に得点を与えると言っていたけど」
グルガンの瞳が細められる。
「貴方は『遊戯』の勝利によって得られるモノに興味がない。そう思いましたが、メルクリスト市長殿?」
「――――」
「メルクリスト」とは、クーメイたちが向かうアファートマ連邦の誇る大都市の一つである。
「『元』市長よ。なるほど…よく調べているわね。その上でこちらが欲しているモノも、よく理解していると言う事ね」
(メルクリスト元市長であるこの女――現職時代は、強硬な政策で経済を建て直すだの期待されていたが)
過去の記録を呼び起こすグルガン。
(実態は着服、市の予算の私的流用、収賄と不正が次々と発覚。しかもそれらが一人息子のために使われ、法も捻じ曲げられていた事が大々的に知られ、結果彼女は更迭された。しかし彼女は着服した金を持ち逃げして、一人息子と共に姿を消した。つまりこの声の持ち主が、その一人息子だろう)
恐らく現在も金を使って、別人の姿に成りすましていると思われた。
仮に正体が露見しても『ひび割れ』として、魔獣の姿に変化して窮地を脱することができる。
「……わかったわ、グルガンさん。貴方の言う条件でいいわ」
影の中ゆえに表情は窺えないが、笑っているようだった。
「では我々が連中に対して行う作戦行動について、説明させて頂きます」
――――それから一同は埃っぽい居間の中で、作戦を話し合った。
「…既に連中の懐に食い込んでいるとは、お見事です。これは我々の計画に大いに有利に働くことでしょう」
「貴方の立案も見事だわ。流石人を欺くことには長けているのね」
グルガンは女の言葉に、今度は返答しない。
「それじゃあ、向こうで会いましょう。行くわよ、坊や」
女はそのままドアを開けて部屋から退出する。
それと共に、大きな気配も消えた。
周囲を見渡し、ため息を吐くグルガン。
懐から青く光る水晶を取り出すと、合言葉を唱えて起動させる。水晶が鈍く光ると、二度三度と点滅する。
「こちら『クイーン』。連中は今どの辺りまで来ている?」
水晶を口に近づけて話しかける。
通話相手は『蠍の尾』の傭兵部隊。つまりグルガンは、始めからジーデスの索敵行動に期待していなかった。
『こちら「ポーン」。連中は、現在ミュー・トリスの宿場町で宿を取るつもりの様です』
傭兵部隊の隊長から反応があった。
「……ミレニアス・ランゼまで目と鼻の先ではないですか。足止めは出来ていないと言う事ですか?」
『狙撃や毒殺など様々な手段を試みたのですが、コウ蛇の勘があまりにも鋭すぎて、ことごとく失敗しました』
暗殺者どころか盗賊でもないただの傭兵たちが、殺し屋に対して暗殺の真似事をしても上手くいくはずがなかった。
「何人残っています?」
『幸いコウ蛇はこちらの命を取りませんでした。ですが武器を奪い、腕を折るなどで戦闘能力を奪われております』
「…動けるのはどれくらいいますか?」
『十名。ただ歩くのが困難なものが五名です』
「……では動ける五名で宿に放火しなさい」
グルガンの冷徹な言葉に、傭兵隊長が絶句する。
『し、しかしこの宿には冒険者たちも――』
「――やるのか、やらないのか答えなさい」
できるかどうかは、もう聞いた。
後は自分の言葉に従うかどうかを問うグルガン。
『や、やります。命令を実行します』
「宜しい。成果を期待します」
通話機能を備えた魔法の水晶を停止させる。
グルガンはそのまま廃墟から出て、繋いでいた馬に乗り、移動する。
彼もジーデスと同じく『ひび割れ』として魔獣に変化する能力を得てからは、そこらの魔物には一人でも負けることは無くなった。
故に、危険な場所でも単独での行動が可能になったのである。
これは慎重な性格であるグルガンに大きな自信を与えた。
(確かにジーデスが過信してしまうのも無理はないかもしれない。この力は人にあらぬ大胆さをもたらす。しかも常人には無い妙なスタミナも得た気がする)
気が付けば、グルガンは徒歩に切り替えて目的地近辺の荒野に辿り着いていた。
場所は、ミレニアス・ランゼの鉱山の周辺。
位置を確認していると、再び通話用の水晶が点滅していた。
こちらから起動したわけではないので、これは傭兵隊長からの報告である。
「こちら『クイーン』。成果は如何です?」
水晶を耳と口元に近づけ、尋ねる。
『へえ。貴方がクイーン? つまりジーデスがキングだったってこと?』
「――――」
初めて聞く声だが、誰だか察せられた。意外な相手からの声に、グルガンは動揺する。
『初めまして、詐欺師の副団長殿』
「……初めまして、『コウ蛇』殿。部下はどうされましたか?」
努めて冷静に応じる副団長。
『先に言っておくけどさ。隠密兼破壊工作を素人にやらせるとか、どういう頭してるの? 音は丸聞こえだったし、臭いもするし。そもそもこちらには精霊使いも居るから消火できるんだけど?』
挑発する様に、グルガンをなじるクーメイ。
相手が見えていないためか、それとも暗殺ターゲットと見なしたのか、コミュ障の割に強気で会話していく。
『あー慎重な割に無能な上司に仕えてしまった、可哀想な部下たちね。殺すつもりはなかったのに、貴方が余計な命令したせいで』
わざとらしい溜息が、水晶から漏れ聞こえる。
『無関係の人間まで巻き込みそうだったし、流石に法的機関に委ねたわ。宿の主人も宿泊者たちも頭に来てるし』
グルガンは沈黙を続けながら、考える。
(捕まったか…だが我々は傭兵だ。依頼主に危害は及ばない上に、作戦行動に関して、部下たちには一切情報を伝えていない)
「参りました「コウ蛇」殿。どうやら貴方を殺すのは不可能のようだ。団長…ジーデスまで失っては、打つ手がない。我々は手を引き――」
『――つまりこの先で待ち受けるってことか。しかも他の「ひび割れ」と一緒に。グルガン。貴方は嘘吐きだ。その上一人では何もできない。手を引く? このまま大手の顧客であるシュメンハイニーを失って?』
水晶からの声に嘲笑が含まれる。
『仮に本土に帰っても、彼を見殺しにしたことが知れたら、傭兵団の面子は丸つぶれ。商売は上がったりでしょう』
わざと煽る様に言葉を続けるクーメイ。
『しかも貴方たちは「ひび割れ」になるのに金を使った。今はのし上がるしかない。ならやってみるといい。どうせ仕掛けてくるのは、ユネムト鉱山で――』
――グルガンは、クーメイの言葉を遮るように水晶を停止させる。
普段沈着冷静な彼だが、このままだと怒りに任せて、何か余計なことを言ってしまいそうだった。
彼は水晶を思わず握りつぶさないか右手の力加減に気を使ったが、無意識のうちに左手を力の限り握り締めていた。




