第7章 切なき事情
食事と風呂を済ませ、二階の自室に戻るリビュエ。
一方でヴァローは一階の居間で寛いでいた。
そこへ入浴を済ませたクーメイが、簡素なシャツを一枚羽織っただけというラフな格好でやって来る。
「お前…いつもそんな恰好でいるのか」
豊満で引き締まった肉体。然るべき場所にある美術品のような身体。
それを包み隠すには頼りない衣服は、むしろ情欲を煽る格好で、ヴァローも内心呆れてしまう。
「だって家には、いつもリビュエくらいしか居ないし。ヴァローだって、別に種族を越えて私に欲情したりしないでしょ?」
「お前はもっと男の目を意識しろ。俺にだってお前が種族の中では綺麗な方だと分かるぞ。あと教育にも悪いだろ。リビュエが同じ格好でうろついていたらどう思う?」
「それはあの娘の『今夜はOKです』という意思表示だと解釈して、部屋に――」
「――すまん。今の例えは忘れてくれ」
ドン引きするヴァロー。
彼はしばらく黙ったまま爪でテーブルを叩いていたが、タイミングを計っていたかのように話を切り出す。
「お前は……この先リビュエと、どうなりたいんだ?」
「ん?」
「お前たちが相思相愛なのは、わかってた。大体二年前くらいからか? 正直リビュエは強さへの憧れから、お前は庇護欲からだと思っていたが…」
「あー…私もね。始めはあの娘の保護者として一生を終えようと思ってたんだけど」
遠くを見るような表情になる女。
「六年前。初めて貴方が連れてきたあの娘を見た時、この家に妖精が来たと思ったんだ」
ヴァローの問いに答えることなく、思い出話をしだす。
「いやー…貴方を生かしておいて良かったと思ったわ」
「お前な…」
「いや冗談。ネモが去った後、貴方が居てくれて本当に助かったわ。……ありがとうね」
女が小さな手の上に掌を乗せて来ると、ヴァローは照れ隠しのように僅かにそっぽを向く。
「…リビュエを連れて来たのは、あの娘自身が、ここに来たいと言ったからだ」
「うん。六年前『あの男』の元から助け出した後、保護者に私を選んでくれたって聞いたけど。……でもさ、今でも思うんだ。本当に私で良かったのかって」
寂しげな眼差しで天井を見つめる。
視線の先は、リビュエの部屋のある辺りだった。
「想いを伝えあった上で何をいまさら」
苦笑するヴァロー。
「俺もお前が保護者なら問題ないとは思って、託したんだ」
「そうなの? それは初耳なんだけど」
意外そうに対面の相手を見つめる女。
「九歳までのリビュエを支えたのは、恐らく同じ境遇の仲間たちだと思うが、それ以後に人格に影響を与えたのは、間違いなくお前だろう」
思い出すうちに、ヴァローの苦笑が大きくなる。
「何せお前と来たら、あの娘が立てば褒め、座れば褒める勢いだったからな。あの娘が時折でも笑うようになったのは、お前のおかげだ」
「えへへぇ~…そうかなぁ…?」
照れて身をぐねぐねと捩じらす女。
「それに傷心によって、さらに怠惰になったお前になら、あの娘はぴったりだとも考えたがな」
「ぐっ……たし、かに…助かったけれども…」
リビュエはその生真面目な性格から、来たその日からクーメイの家を徹底的に掃除した上に、今でも彼女のため家事に勤しんでくれている。
(流石に私も保護者として申し訳なく感じたし、あの娘を不衛生な場所に住まわせたくないと思って、掃除を任せっきりにしなくなったけど……)
今でも結構怠けて、リビュエに叱られてしまっている。
「でもリビュエはあれだけ完璧な娘なのに、劣等感を抱く相手がいるのがね」
「……システィーナのことか」
同じ人物を思い浮かべる二人。
「今回の任務には来てないんでしょ?」
「別任務で動いてるらしい。後で合流するかもしれんが」
「美少女同士は仲良くして欲しいもんだよね。出来ればベッドの中でも裸でちゅっちゅするくらいにはさ」
「……それは、安易には同意できないが」
――翌朝。
早起きしたリビュエが階下に降りると、既に師が庭先に居るのを確認して驚く。
家の中から窓越しに覗くと、クーメイは老婆と会話していた。
(マリーシャさんだ…)
リビュエよりもずっと昔からクーメイと付き合いのある、村の女性。
クーメイが仕事で長く家を空ける時、庭の面倒を見てくれる女性とリビュエは認識していた。こっそりと窓に近づき、耳をそばだてる少女。
「いつもありがとうね、マリーシャ。帰って来てすぐにまた頼むことになるけど…」
「いいんですよ、クーメイ様。好きでやっている事ですから。それに、貴女様にはこの村も大変助けられてますので…」
クーメイはおもむろに屈みこみ、老婆の皺だらけの手を取り、優しく包み込む。
「マリーシャは、いつまでも綺麗なまま。長生きしてね…」
「……もったいないお言葉」
深々とお辞儀する老婆に、優し気な笑みで応える女。
リビュエには、その笑みがとても寂し気に見えた。
「………」
窓の傍で、思わず隠れるように座り込む少女。
恐らくマリーシャも子供の頃からクーメイと出会い、年を経た女性であることは想像できた。だがリビュエは、自分もいずれ老いて、師を残していく事は考えなかった。
ただ師がこうして大勢の知人を見送ってきたことを想像し、師の物寂しい表情を見ると、切ない気持ちになった。
皆が馬車の中に荷物を積み込んでいる間、クーメイはケースに入れる武具を厳選してい た。
魔法のかかった品である手提げのケースは、中に入れる武具を縮小して収納することが出来る。取り出す時にその名を呼べば元のサイズに戻る優れもので、クーメイの仕事には常に必須だった。
「もっとたくさん収納できればいう事ないのに…」
「贅沢言うな。それ一つの値段で家が建つ逸品だぞ。それにパズル感覚で隙間なく詰めれば入るだろ」
「私が苦手な分野だし……」
「先生。フード付きの外套です」
項垂れている師匠に、長旅用の外套を持って来るリビュエ。
「リビュエは優しいし、気が利く娘だぁ」
師である女性に抱擁されると、一瞬複雑な表情を浮かべるが、されるがままになる弟子。
「流石にリビュエは、燕尾服ではないのか」
「あれは先生の希望で着ていただけです。長旅には実用性を重んじさせていただきます」
チュニックとズボン。茶色と黒の組み合わせだった。
「もっと肌出したり、ミニスカに挑戦しないの?」
子供のように小首をかしげる女エルフ。
「戦いが予想されるのに、そんなの着せんな。しかも道中ミレニアス・ランゼの鉱山にも入るんだぞ」
明らかに汚れることが予想された。
「ギギギギ…しかしこっそりお楽しみ用の衣装も忍ばせておいたから」
「余計な荷物を増やして、馬に負担をかけるな!」
馬車の御者をクーメイが努め、隣にはヴァロー。幌の中にリビュエが座っていた。
先日の港町には南東への街道を使っていたが、今回は東への街道を使う。
ヴァローが広げた地図を爪で指しながら、今回の旅路を説明する。
「我々は、まず東の鉱山都市ミレニアス・ランゼに向かい、そこでミンテと合流する」
「わーミンテかぁ。もっと可愛くなってるかな、あの娘」
手綱を手に、嬉しそうに顔を綻ばすクーメイ。
師の様子を見ながら、対照的にリビュエは複雑な表情になる。
「あれ? リビュエはミンテ嫌いなの?」
幌の方に視線を遣りながら問う。
「いえ、嫌いではありませんけど…少し苦手なんです」
「話続けるぞ。ミンテと合流したら、そのままミレニアス・ランゼのユネムト鉱山に入っていく。鉱山を抜けた方が近道なんでな」
「鉱山の中には、モンスターとか居ないんですか?」
「深い層に入れば居るが、その必要はないから大丈夫だ。鉱山を抜けて、森を抜け、北の港町ミン・ハストに至る。そこからアファートマ連邦に船で渡る」
「それからは?」
「先行している情報部の人間と接触するが……状況次第だな。『ひび割れ』に足止めを食らって、到着が遅れないとも限らんからな」
少し天を仰ぎ、何事かに気づくクーメイ。
「…確実に目的を達成するために、鉱山都市に寄ってミンテと合流するってこと?」
ヴァローが頷く。




