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第6章 ヴァロー

 翌朝。

 リビュエがうっすらと目を覚ますと、そこには上半身裸の美女が天井からぶら下がっていた。

 ぎょっとして目を開いて瞬きすると、それは逆さになった師の姿だった。

 足の裏は天井にぴったりとくっついており、簡素なショーツ一枚の姿で、露わになった上半身を濡れた布で拭っていた。


「――――」

 奇妙な光景だが、リビュエは師の姿に見惚れていた。カーテンの間から差し込む朝の光が、陶器のように白い肌を包み、神秘的な美しさを脚色している。

 布が触れるたびにぷるん、と揺れる豊満なふくらみ。下に向けて、垂れ下がる銀白色の三つ編み。

 六年間、この女武術家は弟子の外見を事あるごとに褒め称えるが、一方でリビュエは、師の外見に畏れすら抱いていた。

 絵画で描かれるような女神の如き裸婦。それが今正に、眼前で身体を拭いている――逆さになりながら。


「――あ」

 クーメイが弟子の視線に気が付き、急いでブラを身に着けると椅子の背もたれを掴む。そのまま天井に着いた両脚をゆっくりと離すと、椅子を微動だにさせずに下半身をゆっくりと下ろしていく。


「恥ずかしい所見られちゃったね」

 ばつが悪そうに衣服を身に着けていく女。肌を見られた事を言っている訳ではなかった。

「先生。眠らずに見張っていてくれたんですか?」

「まあ夜には強いからね。その分馬車の中で眠るつもりだけど」

「……夜の間に鍛錬もなさっていたんですね?」

 弟子の態度が気遣いから、詰問へと雰囲気が変わっていく――それを察したクーメイも、苦笑いが凍り付く。


「だ、だって昨日は全然鍛錬してなかったし、見張りの間も暇だしさ…」

「私は、そんなことで怒っている訳じゃないんです。先生はまた私に教えていないことを、こっそり鍛錬をなさってたんでしょう?」

 リビュエはクーメイの弟子ではあるが、その戦闘スタイルは師と異なっていた。

 クーメイは弟子が九歳までに身に着けていた武術をそのまま使わせて、戦い方そのものを発展させる鍛錬を施し、教えもした。

 だが「殺し屋としての技術」は、何も教えなかった。


「さっき天井に張り付いていたのは何ですか?」

「『壁虎功』っていうけど、リビュエは知らなくていいよぉ。見た目キモいし、女性が見たら絶対叫び声を上げるもの」

「……叫ばれた経験が?」

 聞かれて、気まずそうに視線を逸らす女。


「……それより朝食食べに行こう」

「結局教えてくれないんですか、先生…」

「リビュエを殺し屋にしたいわけじゃないからね。さ、ご飯ご飯♪」

 それだけ言うと、気を取り直したようにクーメイは、さっさと階下に降りていく。

「き、昨日私だって、一人殺しましたけど!?」

急いで師について行く少女の表情は、複雑であった。



 朝食を済ませ、馬車に乗って帰宅の途に就く二人。

 御者は今日もクーメイが受け持とうとしたが、彼女が昨夜眠っていないのを慮り、リビュエが手綱を引き受ける。すると出発してすぐに女は、頭を弟子の肩に乗せて眠り込んでしまう。


 少女は師の際立った顔を、まじまじと眺める。

 普段は物憂げで、戦いとなれば冷徹な側面を見せるのに、少女の前では締まりのない笑顔を見せ、そして今ではあどけない子供のように眠る。

 それがリビュエの「不満」という毒気を抜いていく。だがリビュエの生真面目さが、すぐにネガティブな思考へと戻していく。

(先生が先代より継承したとされる技を私に教えないのは、私が正式な弟子じゃないから…?)


 六年前にクーメイと出会った時から、何度もはぐらかされてきた事。

『生きるために戦う方法は教えるが、殺す方法は教えない』

(先生は確かにそう言った。確かに今の私の戦い方でも、人殺しはできる。でも本当に必要なのは、先生の戦い方なんだ。『あの男』と渡り合うためには)


「でゅふふ…リビュエったら、結構大胆なんだね…」

 師の寝言が聞こえる。

 一体どんないかがわしい夢を見ているのか、問い詰めたかった。

(でも…子供の頃から、先生は私のことを常に気にしてくれていた。だから暗殺術を教えないのは、私を巻き込まないため? でもそれなら何故、戦い方は教えてくれるのか…)

 思い切って聞きたいが、しつこく聞いて師を悲しませるか、嫌われてしまうのが怖かった。

 これまでクーメイが、リビュエに対して激昂したことなどない。だからこそ本当に叱責されるのが、少女は恐ろしかった。


「えっ…つ、角を使うの…? それはちょっと過激すぎない…?」

(本当にどんな夢を見てるんだろう…?)



 日が暮れてきた頃。

 夕日を浴びた馬車は、街道から外れた先の、のどかだが寂しげな村の外れに辿り着く。

 二人の自宅は、白い石造りの複数の建物からなる、年季の入った質素な住居だった。

「先生、お疲れ様でした。お風呂とお食事どちらにしますか?」

 馬小屋に馬車を入れながらリビュエは尋ねるが、師である女は返事をせず、すんすんと鼻を利かせていた。


「……どうしました?」

「ヴァローが来ている」

 褐色の少女が意外そうな顔をする。

「この距離で分かるんですか?」

「まぁ入ればわかるよ」

 クーメイは何事もない態で馬車を下りる。


 二人が二階建ての住居の玄関から入っていくと、食堂の方から物音がした。

 ここまで来ると、リビュエでも何者が食堂を使っているのかが分かった。

「……よお。お邪魔してるぜ」

 見ると、食堂では革のベストを着てサングラスをかけたモグラが、食べ物をテーブルに並べて食事をしていた。


「馬車と部下を用意してくれたのはありがたいけど、上司は人の家で食事とはね」

「そう言うな。俺達モール族にとっては重要な事だ」


 モール族――は見た通り、直立した人間大の土竜もぐらの人族である。

 人間やエルフに比べればドワーフのように小柄だが、非常に手先が器用で鋭い嗅覚を持つ。

 彼らは頻繁に食事を摂る必要があり、二人は彼が食料を持ち込み、勝手に台所を使う光景も見慣れていた。


 このモール族の名はヴァロー。

 クーメイたちが住む地を治める国家・オムパリオスの諜報員であり、連絡係でもある。


「むぐむぐ…ともかくご苦労さん。目標は始末したか?」

 ヴァローが爪の長い指先で、器用に腸詰を口元に運んでいく。

「いんや。でも最後は天に判断を委ねたわ」

 クーメイが事の顛末を手短に話すと、ヴァローはうんうんと頷くだけで、機嫌を損ねた様子もない。

 彼は懐に手を遣ると、金貨の詰まった袋を取り出してクーメイに手渡す。


「これで…十二人目だ。ムオーデル小隊のものと合わせると、丁度二十名」

 女殺し屋は袋の感触を確かめると、中身も確かめずにリビュエに手渡す。

 少女はそれを木箱へと移し替えながら、枚数を確かめる。


「それから…襲撃を受けた。しかもこの領内で」

 ヴァローの食事の手が、ぴたりと止まる。

「何者だ。いやどんな奴だった?」

「多分だけど、貴方が話してた『ひび割れ』って連中。リビュエが倒してくれたけど――」

「ほう。リビュエが…と言う事は初陣を飾ったのか。おめでとう」

 ヴァローの言葉に、丁寧に頭を下げる少女。

「ありがとうございます。でも――」

「――能力を使っちゃった」


 師弟二人の言葉に固まり、怒鳴りこそしないが眉をひそめるモグラ。

「何してくれてんだよ、お前ら」

「ごめん。でも私がミスちゃってさ。リビュエが人的被害を出さないために使ってくれたんだよ」

「……どれくらいの人数に見られた?」

クーメイはリビュエを庇い、襲撃の様子をつぶさに説明する。


「なるほど。召喚魔法の一種だと誤魔化したか。襲ってきたのは確かに『蠍の尾ビチュワ』のジーデスだろうな」

「でしょ? んで『ひび割れ』のことを、リビュエも交えて詳しく聞きたくて」

 ヴァローは、自分の髭を扱きながら説明する。

「んー…まずリビュエには、シュメンハイニーの事から説明せにゃならんな」


 ナルアダ・シュメンハイニー。

 アファートマ連邦と呼ばれる都市国家で、権力と財力を一手にしている商人である。


「こいつが今、俺達が追い詰めなきゃならん相手なんだ」

 リビュエが確認するように師を見遣ると、クーメイも頷いて返す。

「私たちはこれまでシュメンハイニーの行方を追ってきた。奴の隠れる甲羅を剥がすため、奴が金で雇った私兵団・傭兵団を、それはそれはたくさん潰してきたの。んで一方で財力も削るために、アイツに資金を流していた連中、二十人ほども始末してきた」

「…今日のタベンロード卿も、その一人だったわけですね」

「そうだ。だがシュメンハイニーの奴、最後の悪あがきというか、自分を守る金と戦力を、同時に増強する手段を使いやがった。それは大金と引き換えに、お前たちが見たような魔獣に変身する能力を授けるって商法だ」


夕刻の草原に四本足で立つ魔獣の姿を、思い出すリビュエ。

「えぇ……大金を払ってまで、あんな姿になりたいかなぁ?」

「そりゃ生身で強いお前から見るとそうだろうが。事実傭兵団長であるジーデスは、なりたいから金を払ったんだろうよ」

「んむむむ…まあ一足飛びにあれだけの能力を得られるなら、そうかな。それにリビュエに能力を使わせたって意味では、結構やれる方か」

 複雑な表情で腕を組み、唸るクーメイ。


「でもその能力を得た上で、私たちを襲ったのは何故です? しかも他国の領内に入ってまで…」

「それも説明する。まず魔獣化の能力を授けられた連中だが『ひび割れ』と呼ばれている。その理由は、識別のためか副作用なのか、元の身体のどこかにひびのような紋様が現れるかららしい」

「それが分かれば見分けがつきそうだけど、まあ普段は隠してるよね」

ジーデスの場合は最初から魔獣の姿だった上に、死んだ時その肉体は、証拠隠滅のため溶解した。


「新たに得た情報では、シュメンハイニーは『ひび割れ』連中から金と引き換えに能力を授け、今度は遊戯ゲームと称して、俺達を狙わせているらしい。遊戯に勝った奴が、何を得られるかは知らんが」

「お金…は無いかなー。折角連中から得たお金を返す様なもんだし。なら権力? 地位? 或いは更なる能力とか。なるほど奴らは新たなシュメンハイニーの護衛……というよりこちらに仕向ける戦力なんだね」

 納得する師とは対照的に、リビュエは意を決したように質問を続ける。

「あの…それでは『ひび割れ』と私の能力って、同じ人物によって作られたんでしょうか?」

一番知りたかった情報であるかのように、真剣な表情で答えを待つ少女。


「なるほど同じ変身能力だが……何とも言えんなぁ」

 細い腕を組んで考え込むヴァロー。

「リビュエ…お前自身、子供の頃から長い年月をかけて、『あの男』によって、今の能力を植え付けられ、修得させられた。連中は違う。金さえ出せば、あっと言う間だ」

「だからその分能力は段違いだよね。リビュエは、蹄の一撃だけでアイツを葬ったし」

 クーメイは得意げにテーブルに置いた拳から二本の指を振り上げ、馬の蹄を再現する。


「ちなみに向こうはどれだけ長い間、変身出来ていた?」

 それを聞くと、今度は腕を組んで考え込むクーメイ。

「恐らく…森の中を追跡してる時からずっと。あーそっか。変身できる時間は『ひび割れ』の方が相当長いのかー」

「リビュエの能力は破格の強さを誇るが、その分消耗が激しく、姿を保っていられる時間が短い」

 ヴァロ-の現実的な言葉に、少女は唇をきゅっと結ぶ。


「『あの男』……シュメンハイニーを助けるために、『ひび割れ』たちに即席の能力を与えたってことかなぁ?」

「もしそうなら俺達の狙いは、間違ってないってことだな」

 ヴァローは、したり顔で酒をあおる。

「『あの男』が資金源であるシュメンハイニーを助けているのなら、追い詰めれば姿を現すかもしれない」

 師弟が見つめ合って小さく頷く。


「一旦情報を整理した上で、これからの任務を確認する」

 モグラ男が爪の長い手を合わせる。

 その様子を見た女性二人は無言だが、心の中で「可愛い」と思ってしまう。


「我々の目標は『あの男』だが、長い間その所在を掴めないでいた。だが奴の所在を知る者として挙げられるのが、シュメンハイニー卿だ。何故なら卿は、奴の出資者であることが分かったからだ。卿はアファートマ連邦に居るが、これまた行方を晦ましている。だが我々が奴の隠れ蓑をじわじわと剥がしていくことで、その所在を情報部に掴ませることが出来た」

クーメイが目を閉じたまま、うんうんと頷く。


「明日ここを発ち、アファートマの領内に渡って、ナルアダ・シュメンハイニーを捕らえ、情報を聞き出す。ここまでが俺達の任務だ」

「でも恐らく――『ひび割れ』が道中襲って来ることが予想されるね」

「奴らは護衛ではない。こちらの領内でも委細構わず、餌を求めて襲って来る猟犬だ。

しかも返り討ちにしても、証拠は自動的に隠滅される優れものだ」

 皮肉っぽく、ヴァローは吐き捨てる。


「既にデビュー戦を済ませたリビュエにも同行してもらうぞ。もう立派な戦力だからな。それとも保護者様の同意が必要か?」

 ヴァローがクーメイを見据えると、女は渋い表情で自分の長い耳を弄ぶ。

「あーはいはい。分かったよぉ」

「とはいえリビュエ。能力はなるべく使うなよ」

「善処します」

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