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第4章 リビュエの初舞台

「先生。宿場町が見えてきましたし、今日はここで?」

「そうだね。おー良い景色だなぁ」

 宿場町には多くの旅や旅商人、商隊やその護衛たちが集っている。夕焼けの色が、そんな人々や建物を染め上げていく光景。

 人見知りなクーメイだが、遠くから人の営みを見るのは好きだった。


 すると――そんな絵画に描写されているかのような旅人たちが、何事かに気づき、クーメイたちの馬車の後方を指さし、ざわつき始める。

「――――先生!」

 旅商人たちの様子を窺っていたクーメイの耳に、すぐ隣のリビュエの声が入って来る。

 少女は師の袖を引っ張りながら、馬車の後方を指さしている。


 クーメイたちの馬車から百メートル程後方。

 街道から外れた草原の上に立つ、巨大な四足の魔物。


「『地獄の猟犬ヘルハウンド』か?」「いやそれにしてはデカすぎる…」

 護衛の冒険者たちが相手の正体を特定できず、警戒する。


地獄の猟犬ヘルハウンド』とは魔界に棲む猟犬であり、見た目は漆黒の毛並みに、子馬ほどの体躯をもつ。だが今現れた四足獣は、明らかに『地獄の猟犬』より一回りも二回りも大きく、毛は燃え盛る炎に包まれている。

 何より、その頭は猟犬のそれではなく、巨大な髑髏となっていた。眼窩にも炎が灯され、眼光が爛々としていた。両側頭部からも炎が噴き出し、揺らめく角のようだった。


地獄の猟犬ヘルハウンド暴君タイラント』――――

 ジーデスはこの能力を金で買った時、名を聞いていた。



「先生、見たことの無い魔物です」

「あー…こりゃ『あの男』が関わってるかもねぇ」

「え……」

 師の言葉に驚く弟子を尻目に馬車を止め、軽やかに下りるクーメイ。

「リビュエ。ケース出して」

 少女はすぐに幌の中から、持ち手のついた長方形の容器を取り出す。


(しかし…わざわざ姿を現すとはなぁ)

 ケースを手に前方の魔獣を見据える女殺し屋。

 クーメイとしては、尾行者が人前で堂々と姿を現すとは思わなかった。

(あの異形は人族である姿と使い分けられるはず。なら何でわざわざここで異形の方の姿を晒したのか? しかもこれだけ大勢に見られているのに。これでは例え目的を果たしたとしても――)


 ――巨大な獣は唸り出し、四肢を踏ん張らせて口を開ける。

 牙の並ぶ口の中に、熱と光が収束されていくのが見えた。

(まずっ――――)

『醒蛇撃徹』

 クーメイが駆け出しながら名を呼ぶと、ケースが開き、中から一本の小さな剣が飛び出す。玩具のような剣は光を帯び、回転しながらみるみると大きくなり、通常サイズの『広刃剣ブロードソード』としてクーメイの手元に収まる。


「シッ――――」

 次に爆ぜるような呼気と共に、一気に駆け出すクーメイ。

『迅雷歩法』と呼ばれる独自の歩法。

 体重を乗せて大地を踏みしめることで力を得て、加速する。

 土煙を次々に巻き上げ、一足につき十メートルを進み、魔獣・ジーデスへの最短距離を、一気に駆け抜ける。


 魔獣が口から何か――恐らくドラゴンのような炎を――を吐き出すのは、最早誰が見ても察することが出来た。

 しかも射出されるであろう方角は――宿場町で最も人が密集している場所。


 それを阻止せんと、クーメイは駆ける。

 彼女にとって、美しい光景が損なわれるのを防ぐため。

 彼女は極度の人見知りで殺し屋だが、人々の営みが、理不尽な暴力によって損なわれるのを嫌う。

 例えその営みの中に、自分が居なくとも。

(殺すのは私一人でいいだろうが。この醜悪な獣が――!)


今更ながら弓矢を持って来なかったことを、彼女は悔いる。

(暗器の類なら携帯してるけど、このサイズの化け物じゃ怯まないだろう、し――)


 魔獣の口から、いよいよ火球が発射されるのが見えると、クーメイは阻止できないと判断。

『迅雷歩法』の加速は直進にしか適していないため一旦これを解き、踏み込んだ彼女は横に飛ぶ。

 火球の射線上に立つことで、身を挺して止めようとした。

 だが火球は轟音と共に、クーメイよりも先に草原を通過。

「くっ―――」


 草原を焦がし、宿場町に集う人々の命を狩るために高速で飛ぶ炎。

 その進路に――リビュエが立っていた。彼女は迫る火球を恐れることなく、正面から見据えていた。


 次の瞬間――少女の身体が光の繭に包まれ、白い装甲を纏った人馬一体の怪人の様な姿へと変化する。

 その白銀の騎士は両の掌をぐっと握り締めて拳を作り、左右に広げ、魔獣の火球を自らの肉体で受け止める――


 激しい光と共に爆発――と見えた次の瞬間。

 広がる爆炎が、映像を逆再生でもしたかのように収縮していく。

 見ると炎は銀の怪人と化したリビュエの身体に吸収されていき、飛び散った火花すらも白の甲殻へと消えていく。


「――――」

 宿場町に集う人々は、唖然とした表情で白の怪人の背中を見つめ、ジーデスは訝し気に首をひねる。

 そしてクーメイの反応は――


「あ~もぉおおお~……ッ!!」

 心底悔しそうに、地団太を踏んでいた。

「私が間に合わないと分かった時……こうなるんじゃないかと思ったわ!お前のせいだぞ、この…その…髑髏犬!」

 表現する言葉に迷った末に魔獣を罵りながら、リビュエの元へと近づいていく女。


 一方凛々しくも異形へと変化したリビュエは、火球を吸収したためか、白い装甲を赤熱させた状態でクーメイに近づいていく。

 遠くから見れば白い甲冑を纏った女騎士にも見える姿。或いは全身に白い甲殻をまとった女ケンタウロス(半人半馬の種族)か。


「リビュエ! 不本意だけど、貴女のデビュー戦だ! 一応アドバイスすると、アイツは火球を放つ時、必ず四肢を踏ん張る必要があるみたい!」

 言いながら剣の持ち手を先にして少女に向かって投げつけ、更にはスーツの中から小さな槍を取り出す。

『――銀尖嶺・角圭』

 剣と同じく名を呼ばれると通常のサイズとなった業物の槍を、リビュエに放る。

 少女は右手に広刃剣、左手に槍を持ち、ジーデスに向かって進む。


『必ずや敵を討ち果たし、先生の名を貶めるような真似は致しません』

 純白の鎧の怪人から、くぐもった少女の声が発せられる。

「やだもう…綺麗で可愛い上に、口上もカッコいいし…!」

 少女の後姿を見送りながら、瞳を煌めかせるクーメイ。


『何だ、その姿は? 貴様も俺達のような異形の姿を持っているという訳か? その割には少々迫力不足のようだが』

 眼窩から炎を噴き出す獣が、嘲笑する。

 確かにリビュエの姿は変化こそしたが、身体が特段大きくなったわけではない。


『――参ります』

 少女は獣の嘲笑に応じることなく、剣と槍を構え、四つの蹄で大地を蹴る。

 正に人馬一体の姿で草原を疾駆する、白き騎兵。


(普通に走って接近してきやがる…! 火球をも吸収する能力があるのは分かったが、白兵戦でこの体格差を覆すことができるものか。それとも『コウ蛇』が渡した武具は、相当の業物か? わざわざ自分は手を出さず、剣と槍を一本ずつ与えたと言う事は、この小娘が白兵戦で勝つ見込みがあるということか?)


 自分の爪で薙ぎ倒せば、恐らくこの白き騎兵はそれだけで肉塊と化す。だがジーデスとしては、騎兵の突進する姿に妙な自信を感じていた。

 これは勝機のない悲壮感漂う突進ではない――と。


 相手の騎行速度は素早く、接敵までに相手の出方を予想できる時間は限られている。

 とにかく右手の剣、左手の槍に対して、まず仕掛けてくるのは槍の方だと予想した。

(槍は通常そのリーチからけん制にも用いられるが、この体格差なら――)

「――投げろ!!」

 騎兵の後方で、クーメイが叫ぶ。

 それを聞いて驚いたのは魔獣の方で、見るとリビュエの左腕は、既に投槍の構えをとっていた――


 ブゥンッ――と淀みの無い動きで、槍を投げつけるリビュエ。

『コウ蛇』の女の叫びにつられ、ジーデスは咄嗟に右前足で頭を庇う。

 槍は深々と炎を纏う黒い魔犬の皮膚に突き立てられ、ブシィッ!!と鮮血が噴き出す。


『ギ、イィ――――』

 ハッタリで生き延びてきた故にジーデスは、傭兵生活でも、これほどの痛みを味わったことがなかった。

 魔犬と化した彼の喉の奥から、呻き声が漏れる。

(い、いてぇえぇ…何て膂力だ…くそったれが…!)

 激痛のあまり、ジーデスは右前足をだらんと草原に横たえる。

 そのせいで体勢がぐらつくが、左前足で己の巨躯を支え、遂に接敵する白い騎兵を睨み付ける。


(この身体であれば、腕でなくとも牙がある…!)

 眼前まで迫ってきたリビュエに対して頭を突き出し、咆哮と共にその牙を突き立てんとする魔犬。


 が―――騎兵が突如「さらに」加速した。

 ジーデスが加速を認識した時には、既にリビュエは敵の懐に潜り込んでいた。

 そして次の瞬間――――


 鈍い打撃音と共に、何かがひしゃげる音がした。

 同時に、空中に高く放り上げられる四足の魔獣。

 その身体はねじれており、肉片と鮮血が飛び散っていく。


 その遥か下には、ジーデスをその二つの蹄で蹴り上げた白き騎兵の姿。

 蹴り上げられた魔獣の姿を、唖然とした表情で見上げる旅商人たち。

 そして胡坐あぐらをかいて座り込み、当然の結果とばかりに無表情で見届けるクーメイ。


 ドォン――!と魔犬ジーデスの巨躯が落下し、土煙を巻き上げ、轟音と振動を響かせる。

 身体を纏っていた炎は消え、草原には血の染みが広がっていく。

 髑髏の頭にもひびが入り、牙や破片が飛び散っていた。



 クーメイは服についた草を払いながら立ち上がり、変化を解いたリビュエの元へと近づく。

 リビュエは決着がついた後そのまま少女の姿に戻り、ぺたりと座り込んでいた。初の実戦を生き延びた安堵と共に、彼女はひどく疲れている様子だった。


 クーメイも自ら屈みこんで、振り返った少女を抱き締める。

「よくやったね、リビュエ。貴女は私の誇りだよ」

 変わらない温かな髪の匂いを嗅ぎながら、少女の無事を安堵するクーメイ。

 だが最早異形の化け物すら倒すまでになった少女の成長を、保護者として頼もしくも、寂しく感じていた。


「はぁ…はぁ…せ、先生が私に武器を二つとも渡して…はぁ…槍を投げろって叫んで、武器を必ず使うことを相手に意識させてくれたから、簡単に懐に飛び込めました。それにあの魔獣…はぁ…あの身体になってからの期間が短ったのかも。獣のように噛みつく動作は、凄く…拙い感じでした」

「しかし……リビュエ。あの姿はかっこいいけど、体力、気力、魔力の消耗の激しさは、やっぱりちょっと頂けない。活動時間は短いわ、疲労の果てには動けなくなるわだし」

「はぁ…はぁ…はい。もっと…精進…します。でも…これで私、先生のお傍で戦えるんですよね…?」


 しょげた顔になったかと思ったら、疲労困憊の中でもうっすらと笑みを浮かべ、期待の眼差しを向ける少女。

(んんんん~……愛い奴。結婚したい。でもこんな可愛いリビュエを、命を落とすような危険に遭わせたくないという気持ちもあるんだよなぁ…)


「でもあの魔獣…結局何者だったんでしょうか?」

 抱き締めていた少女がふと漏らした言葉に、思い出すクーメイ。

「そうだった。ちょっと確認してみるわ」

 座った少女から一旦離れ、魔犬の骸を確認する女。


 魔獣は煙と共に元の人間の姿に戻りつつあったが、既に人間としての遺体も溶けていき、身の回りの物だけが残っていた。

(ほー…やっぱり隠ぺいのために証拠は残さないか。でも鎧や武具が残っているのを見ると、持ち物ごと変身――)

 クーメイの視線が、金属鎧の胸甲部分を捉える。

 そこに描かれている蠍の尾のマークを見て、何かに気付く。

(ただの間抜けか、それとも矜持ってやつか。コイツ、リビュエなら元の姿でも勝てたかも。他には…流石に何もないか)


 クーメイはリビュエの元に戻り、彼女を軽々と抱えて宿に向かう。

 命を助けられた人々は、口々にリビュエに感謝するが、彼女が変化した異形の姿を訝しんでいた。

(人間のような姿だったけど、明らかに違ったよな…?)

 一般に人族に化ける魔物は居るため、警戒する者もいた。


 まずい――と感じたクーメイは、人見知りなりに咄嗟に声を絞り出す。

「あー…す、すいません。しょ、召喚魔法を使って魔力を消費したので、弟子が大変疲れ切ってしまって…や、宿まで道を開けてくださーい」

 たどたどしい言葉だが、旅商人の護衛である魔術士らしき男が、召喚魔法という単語に反応する。

「あぁ…召喚魔法か。それならわかる」

「何だ…どういうことだ?」

「召喚魔法は名前の通り、精霊や失われた神々の力を召喚して行使する魔法ですが、中にはその姿を一時的に術者に憑依させる術もあると聞きます」

「そうなのか。じゃあ、あの銀の騎兵も古代の神様か何かか?」

「召喚魔法は基礎的なもの以外は、大抵個人ごとに契約や修得するらしいので分かりかねますが、恐らく…」

 魔術士の説明に、人々が納得していく。


(……実は召喚魔法とは全く無関係の能力なんだけど、誤魔化せたわ)

 人々の反応に安堵するクーメイ。

「そうか。疑って悪かったな嬢ちゃん」

「アンタはワシらの命の恩人だというのに…」

「あの勇姿を歌にしたい。どうかお名前だけでも…!」

 クーメイの腕に抱えられたまま、うっすらと笑みを浮かべて応えるリビュエ。英雄譚を紡ぐ吟遊詩人にも名を求められるが、曖昧に断っていく。

 彼女を抱えるクーメイは急いで宿へと入り、カウンターに向かう。


「――大変だったな、クーメイ。ありゃお前たちを狙ったのか?」

 顔見知りで事情を知る宿の主人が、声を潜めて話しかけて来る。

「申し訳ありませんが、多分…」

 ちなみに宿の主人は中年男性だが、人間のためクーメイより遥かに年下である。だがクーメイは深い付き合いのない相手に対して、大抵敬語になる。顔見知り程度なら、それは彼女にとって初対面と変わらないのである。


「気にするな。ヴァローさんには世話になってるしな。一番奥の部屋を用意しておいたから、好きに使え」

「あ、ありがとうございまーす…」

(働いている私よりヴァローへの感謝か。いやアイツの方が働いてるけども…)

 弟子をお姫様抱っこしたまま、部屋に向かう。

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