第32章 魔将への行軍・陽動
「――――」
溶けた銅の表皮が再生していくのを見た時、クーメイは何事かに気づく。
だがすぐさま巨人の左足ふくらはぎに向けて、無事な右腕の拳を叩き込む。轟音とともに、巨人の皮膚が弾け飛ぶ。
(熱線は連続で発射できない。かといって、こちらもコイツの身体を破壊し尽くすには、再生能力に追いつけない)
考えている間に、巨人の右足の付け根の辺りが、みるみると赤熱していく。
「!――――」
今度は余裕を持って、軽やかに側宙で熱線を避けるクーメイ。
灼熱の閃光は、政庁の庭園を焼き尽くしていく。
(銅の表皮が赤熱する箇所さえよく見ておけば、回避は可能ね。さてどうするか――)
側宙から着地すると、みるみると巨人の皮膚が再生していくのが見えた。
(だから、早すぎるって――)
――突然。巨人の肉体に、白い光の狼が群となってまとわりつく。
「先生!」
クーメイが声に振り向くと、リビュエ、ミンテ、マヒワ、ヴァローが到着していた。
「助かった。人手が欲しかったんだよ」
巨人の足が完全に修復し、再び立ち上がるまでにその場を離れ、政庁の塀に隠れる一行。
「でもあれだと政庁の逃げ遅れた職員たちが狙われるんじゃないかな?」
「大丈夫だ。流石にアファートマ連邦の兵士たちが駆けつけている。まあ相手になるとは思えんが、良い囮にはなってくれるだろう」
「とは言え市街地に被害が出るだろうから、急いでアイツを倒す策を練ろう」
「せ、先生……その、腕を……」
リビュエが、心配そうに師の欠損した腕を見やる。
「あ? あぁ…これね。これ…治るのにいくらくらい掛かるかな…?」
腕の状態など気にかけず、ただ治療費に関して恐る恐るヴァローに尋ねる。
「千切れた腕の先は?」
「も、燃えて無くなっちゃった…」
ため息を吐くヴァロー。
「残っていれば『再生・接合』で済んだが、『再生・復元』の治癒魔法は高く付くんだよなぁ…」
小姑のような嫌味をいう雇用主と、それに対して愛想笑いで誤魔化す雇われ殺し屋。
まるでこの程度の負傷が日常茶飯事であるかのように、二人は振る舞う。
「先生! ふざけないで、もっと自分の体を労ってください!」
心配して応急処置を施そうとする弟子に対して、それを押し留める女。
「もう血は止まってるし、痛いとか喚く暇もないんだよ」
その割に金の話をして時間を費やしたことも悪びれず、女は銅の巨人の話を切り出す。
「あの巨人の能力は、持ち前の巨体と熱線。特に身体のどこからでも発射できる熱線は、非常に強力。でも身体の内側から発射するため、自らの肉体を溶かす必要がある。それに連続では撃てない」
一行は、神妙にクーメイの言葉に耳を傾けている。リビュエも大人しく聞かざるを得なかった。
「あの巨人の肉体の特徴として、巨大な銅線を巻いたような作りで、中が空洞であること。そして生き物の肉体ではないから、自らの肉体を破壊しながら技が撃てるってことだよね」
「?……じゃあ、どうやって死ぬんだい、アイツ? 確かに口から熱線発射したのは見てたけど、あの様子だと頭潰しても平気ってことだよね?」
マヒワが物騒だが、もっともな意見を述べる。
「恐らくあの身体は、鎧みたいなものなんだよ。実はさっき熱線を撃たれた時、空洞の中に誰かが見えた――」
遠くで、爆破音が聞こえた。見ると、駆けつけたアファートマ連邦の兵士が、宙に浮いていた。
「民衆じゃないなら良いや」とばかりに気にせず、話を続ける一行。
「誰か? 魔将が中に居て、熱線撃ってるってこと?」
マヒワの声のトーンが、若干下がっている。恐らくあの巨人こそが魔将であると思い込み、大きさに威厳を感じていたのが、想像がスケールダウンしたようだった。
「いや魔将と鎧である巨人が別だからこそ、厄介なんだよ。再生が早すぎて、攻撃する間に熱線撃たれるか殴られるかで、破壊が間に合わないし」
「つまりそこを打開できれば、倒せるってことですね?」
弟子の声に、決意を以て頷く女。
「あれを破壊するのに、ここにいる面子の力こそが、それぞれ適しているんだよね」
そう言って、クーメイは対魔将ヴェラ・ミズンの作戦を述べていく。
クーメイを見失った後も、一旦は兵士たちを熱線で吹き飛ばし、次なる破壊の対象を探す魔将。
『――――む』
見ると隠れていたクーメイが、仲間を引き連れて姿を現した。
まとめて吹き飛ばしてやる――とばかりに口の辺りから熱線を発射する銅の巨人。
クーメイ、リビュエ、マヒワが熱線を回避しながら、瓦礫の中を駆ける。
発射前に巨人の表皮が赤熱するため、発射箇所から攻撃通過点が予測できた。
(身体が溶解しても、姿は見えない。発射する瞬間までまじまじと見ているわけにはいかないし、本当に中に魔将なんているのかどうか……)
リビュエは一瞬不安になるが、すぐに師への信頼からそれを打ち消す。
まずクーメイが、口火を切る。
ぐっ…と腰を落とし、石畳を踏みしめ、砕きながら、得た力で前方に加速。まっすぐ跳躍する。
『飛箭歩・穿風――』
今回も同じく巨人の左ふくらはぎ目掛けて、拳を突き出す。
『跳澗玉兎――』
拳一つで以て、轟音とともに巨人の銅の表皮を砕く女。
剛拳によって金属が派手に砕ける音が、街中に響く。
ガクン――と片足に穴を開けられたことで、再びバランスを崩す巨人。
しかも今度は、リビュエが右足に向かって駆け、師も絶賛する鋭い蹴りで、表皮を破壊する。
ほぼ同時に両足に大きな穴を穿たれ、巨人は再び尻餅をついてしまう。
魔将としても相手が同じ手を使ってきた場合、片足ずつなら対応するつもりだったが、両足同時は予測していなかった。
「――マヒワ!」
名を呼ばれた鬼人の赤毛の少女が、駆けながら抜刀する。
(まさかこの技を、こんな使い方するなんてね)
刀はマヒワの『焔武』の能力で炎をまとい、美しい円を描く。
『天征秘剣・輪王――』
焔は巨人の左足に空いた穴の縁を焦がし、溶かして再生を阻む。
本来は刀身の閃きが弧を描き、斬撃の上に炎が追撃し、傷を深めたり牽制する効果をもたらす技だった。
「相変わらず綺麗な技ね」
マヒワの刀身が描く輪っか状の炎のゆらめきに対して、そんな感想を述べる女殺し屋。
それを聞いたマヒワは、思わず一瞬硬直してしまう。
「それじゃ、行くよ!」
クーメイが掛け声と共に、開いた穴の中へと飛び込む。その左右に、ミンテの白き『群狼』たちが続く。
「――ずるいなぁ」
技を褒められたマヒワは、後を追わずにその場に立ち尽くす。
作戦を話し合った時、突入せずに残るようにクーメイに言われた少女は、実のところ不本意ではあった。
だが自分の技を美しいと言われて、少女は言う通りにすることにした。
(ボクの技を綺麗だなんて、こんな時に言うんだもんなぁ)
その頃、同時にリビュエも巨人の右足――自らが開けた穴から、空洞の体内へと飛び込んでいく。
それはクーメイが先程提案した作戦だった。
『――巨人の体内に?』
『あの熱線を繰り出しているのは、恐らく魔将。それが巨人の空洞である体内に居るのが、一瞬だけど見えた。つまり巨人の身体の中には入れるわけだ。だから中に入って……直接魔将を討つ』
『でも中がどんな構造になっているのかわからないし、魔将を探せるでしょうか? それに中で魔将に出くわした時、あの熱線を近くから撃たれたら……』
リビュエのもっともな意見に、クーメイ以外は考え込む。
『そこでミンテの狼たちを先行させる。本来は探すのが仕事だからね』
『まず体内に入るのは、さっきみたいに左右の足にダメージを与えて転ばせてからになる。でも一度やられたことは、魔将も警戒している。だから対応できないように、今度は左右の足に対して同時に攻撃する。その際――マヒワ。貴女の「焔武」で開けた穴の縁を燃やして、表皮の再生を阻んでちょうだい。でも貴女は中に突入せずに、外で待機してて』
当然、これにマヒワは反論する。
『中に入れば、直接熱線を撃たれる可能性も高い。貴女、あれを直で避ける自信はある?』
『そりゃあ…難しいけどさ』
少女は己の武に自信があって強者に挑むが、限界もわきまえていた。
『でもそれならリビュエだけ単独で行かせるのはどういうことなのさ?』
『リビュエには万一の手がある。でもなるべく狙われないようにするため左右同時に侵入して、私の方に熱線を誘導する』
『そんなことができるのですか?』
弟子の少女が驚く。
『熱線の狙いからすると、魔将は体内からでもこちらの様子をうかがうことが出来る。それに奴は私のことを知っていた。つまり何らかの方法でシュメンハイニーから情報を得ている』
一行は異論を挟まない。
『これらを踏まえた上で、奴の熱線をこちら側に誘導するの。奴はシュメンハイニーから得た情報と、さっきの一連の戦いから私の実力を知っている。つまり私を真っ先に排除するつもりでいる。まず私はリビュエよりわざと派手に音を立てて足を破壊し、奴の気を引く。籠城している側からすると、音はそれだけでも心理的圧力にもなるし』
続いてクーメイは、マヒワと視線を交わす。
『それから破壊して開けた穴の入口を、マヒワの技で燃やして再生を阻む。そこにミンテの『群狼』を引き連れれば、魔将はやたら手の込んだこちらが本命だと思う。心理的にも陽動に引っかかることを期待しての手。もちろん確実ではないけど。どう?』
『わざとらしすぎて、かえってリビュエの方を警戒しないかな?』
もっともな意見だった。
『確かにね。でもマヒワ。強力ではあるけど連射できない兵器をもって、城に籠っていることを想像して。見え見えだからという理由で、本命を放っておく?』
『……いや。ボクはクーメイのことを知ってるから、そっちを撃つね。とは言えキミなら躱せそうだけど――』
『――先生。魔将がどちらも狙わず、巨人の体内で私達が合流したところを狙ってきたらどうします?』
リビュエが疑問を口にすると、師は「それだ」と的確な答えを出した生徒を指す。
『正にそれよ! 私はその瞬間を狙ってるの!』
女殺し屋は、塀の向こうにいるターゲットに視線を送る。
『ただ巨人の体内が、どんな構造になっているかにもよるけどね――』




