第29章 蜜週
クーメイ一行がアファートマ連邦の首都・ミラマステに入ってから、一週間が過ぎた。
一週間――ミンテの『群狼の追跡』による捜索は、既に終了していたが、何の効果も得られなかった。
「ごめんなさい、せんせぇ……」
借りている民家の2階のクーメイたちの二人部屋。そのベッドの上に横たわる獣人の少女が、すぐ隣の女に謝る。
少女は何故か挑発的な白いベビードールを着て、クーメイの腕の中に居た。
「謝る必要はないんだよ、ミンテ。貴女の『群狼の追跡』で、少なくともこの首都にシュメンハイニーが居ないということがわかった。これは大切なことで、貴女のおかげで分かったことなんだから」
ベッドの上で体を伸ばして横たわるクーメイは、隣に横たわる獣人少女の耳から頭を優しく撫でつける。
ここ数日は『群狼の追跡』で疲弊した彼女を「ご褒美」と称して二日に一度は部屋に誘い、その肢体を好きなように愛でていた。
「ご褒美」とはクーメイが口実としたことではあるが、実際ミンテも満更でもなかった。
実際骨抜きにされたかのように、ここ一週間ミンテは、クーメイにべったりとくっついて過ごしていた。
女は獣人少女の髪や頬を撫でながらも、野獣のような瞳で少女の服装や肢体を舐め回すように捉えていた。
(この一緒に出かけて買った、透けるベビードール……やだ超エロい。少し未成熟なおっぱいのふくらみが見えても見えなくてもエロい。あぁ~…リビュエもこういうの着てくれたらな~。いやたくさん買っては着せてるんだけど、ベビードールはまだだったなーって……)
「……先生」
そのリビュエが、いつの間にか部屋の入口側に居た。
「やだ……口に出ちゃってた、私?」
「いえ…でもさっきミンテの身体を、いやらしく舐めるように見ていたので、大体のことは察しました」
「いやだって…こんなに可愛い娘がこんなエロいカッコしてくれてるんだよ?」
言いながらミンテの純白のベビードールの肩紐をゆっくりと指でずり下げ、丸い肩や乳房を、指でゆっくりと撫で回していく。
「ふぁ…あ♥ せん、せぇ…♥」
少女は女の指使いを拒むことなく、身を委ねて甘い声を出していく。
そんな獣人少女の媚態を、リビュエは赤面しながら瞳の端で視界に捉える。
(満更でもないどころか――すっかり先生に飼いならされてるみたいに……! でも…確かにミンテは、同性の私から見ても、やっぱり可愛い。ミンテには失礼だけど、先生はペットを飼う感覚で接しているんじゃないかと思っていたけど……)
クーメイがミンテを愛撫し、頬に口づけする様子は、リビュエにとっては何処か見覚えのある光景だった。
何故なら、それはリビュエが愛されている時と同じだからだった。
とはいえ、二日に一度はミンテを誘うということは、もう一日はリビュエと同衾しているということ。
リビュエに不満はなかったが、嫉妬はあった。これまで師が如何なる少女――少女に限らないが――を愛でようが、結局一緒に暮らしているのはリビュエだけ。師と共に暮らすことで常に師と共に居られるのは、自分だけの特権だけだと感じていた。
だが特権は、いつまでもあるものではない。
「んー……やっぱリビュエもこういう格好してくれたらなー」
ミンテの身体を引き寄せ、愛撫しながらわざとらしく口にする。
「しているじゃないですか! 色々先生が買ってきて……!」
思わず反論するが、師との蜜愛の日々を思い出せば思い出すほど恥ずかしいため、具体的にどんな格好かは言えないリビュエ。
「でもベビードールも追加したいな―…って思ってさ。白いのはリビュエにも絶対似合うと思うんだー」
言いながら、リビュエの反応を伺う女。この一連の会話は、実に底の浅い策略であった。
(生真面目なリビュエに、エロぉうい格好をしてもらうのは難しい。だがミンテは結構着てくれる。そんなミンテと競わせることによって、リビュエがどんどんエロい格好を許してくれる、名付けて……まあいいや。とにかくエロいリビュエが見れる)
「せんせぇ…今度リビュエと買いに行けばいいじゃないですかぁ。ミンテほど可愛くならないかもしれませんけどぉ」
胸を弄るクーメイの手のひらに自らの手を添え、わざとリビュエを艷やかな瞳で挑発する獣人少女。
だがリビュエも慣れたもので、クーメイもミンテも、わざと挑発していることが分かっていた。
(二人して、私にいかがわしい格好をさせようとしている…! そんな手には乗りません。いくら先生が喜ぶからって…)
「リビュエ、おいで」
クーメイがベッドの上で、ミンテを左手で抱き寄せながら、右手をリビュエに伸ばす。
(――――)
だが何より、リビュエにとって抗い難い魅力を持っている女の前では、少女のあらゆる理性は消え去ってしまう。
それでもすんでのところで、自分の状態を思い出して留まる。
「!――せ、先生。私は…そ、その…先ほどマヒワと戦闘訓練して…あ、汗をかいているので」
クーメイとミンテも、二人の戦闘訓練の様子を、先程まで部屋の窓から見下ろしていた。
「えー…そんなのどうでもいいのに。むしろリビュエの汗ならご褒美――」
「――リビュエ! もう一回やろう!」
窓の下から、マヒワの声が響く。
「アイツ負けたのに、本当に元気ね…」
クーメイが苦笑する。
この一週間。戦闘訓練において、マヒワは一度もリビュエに勝利していなかった。
(まあリビュエには「あの姿」があるからね。私だって、リビュエが変身したら、とにかく時間を稼ぐわ)
「とは言え、一日に何度も挑むのはなぁ…リビュエも疲れちゃうし」
(マヒワは、それを狙ってるのかも。そうすれば私にも挑めるし……)
ふと――それもいいかと思い直す。
女はミンテの頬に口づけすると、すぐさま立ち上がり、窓の側に寄ってマヒワを見下ろす。
「マヒワ。いいよ。今日は特別に私が相手をしてあげる」
「――」
鬼人の少女が輝くような笑顔になり、熱い眼差しで見つめ返してくる。
女はその眼差しを受けながらも室内へと振り向き、今度は弟子の少女に告げる。
「でも一人じゃない。二人。リビュエと二人がかりで、かかってきなさい」
薄っすらと笑みを浮かべると、窓から外へ、ふわり…と身を躍らせる女。
庭先に静かに降り立つと、手に持っていた靴を履く。
すぐそばの空き地に移動するまで、リビュエとマヒワは二人でこっそりと話し合う。
「これは舐められてる…ってことかい?」
師から一目置かれている唯一の直弟子としては、「そんなことはない」と言いたかった。
「そもそもさ。クーメイってなんであんな強いんだと思う?」
「それは……」
(マヒワのこういった質問は初めてじゃない。恐らく純粋に知りたいだけ。先生の最も身近に居る自分なら答えられると思ったんだろうけど…)
「……理由は大きく分けるなら二つ、だと思います。一つは鍛錬の繰り返しで――」
「鍛錬? 随分と月並みな答えだね」
「自分でもそう思います。でも…先生の鍛錬は…今の私でも過酷だと感じます」
「……そんなに?」
「先生が『軽功』を使って走る距離の果てには……断崖絶壁、大瀑布、そして密林。いつどこから現れるかわからない魔獣・幻獣との遭遇。ある時は先生を狙った殺し屋が待ち伏せていましたが、魔獣に襲われて眼の前で食べられることも…」
「……クーメイは普段、そんなこと毎日…?」
「いえ毎日では。飽きるから自分なりに変化を加えているようですが、それを何十年も続けています」
リビュエがクーメイの元に保護されたばかりの頃は、少女をおぶって鍛錬に出ていた。
そして少女を背負ったまま、幻獣を蹴り殺していた。
(正直、あの頃聞いた先生の蹴りの衝撃と打撃音は、子供心に怖くて今でも思い出す…。自分の蹴りなんかと世界が違う。人どころじゃない、あらゆる生き物を殺せる死の音だと思った…)
だがその打撃は、少女にとって必要なものだった。だから彼女に教えを乞うた。
「先生は、そんな日課を楽しいって言ってました。未だに成長できるからって」
「あーマジかぁ…おっそろしいなぁ…」
口ではそう言いながらも、楽しげに笑う鬼人の少女。
「そしてもう一つの強さの理由は、多岐にわたる武術への執着です」
「あぁ…それならわかるわ。武器や武術の話になると、クーメイはやたら早口になるし」
「普段は人付き合いを恐れる先生ですが……高名な武術家の情報を得ると、しつこく覗き見します」
「あ……そこは、我慢して交渉するとかしないんだね…」
「そもそも先生の元パートナー……ネモさんが集めた武術の数もかなりの量みたいで…」
この男の名を口にする時、リビュエは複雑な感情をいつも抱く。
その複雑な感情故に、平気なふりをしても唇を結んでしまう。
(先生が初めて愛した男の人……考えてもしょうがないけど、考えずには居られない――)
「――ここに居ましたか!」
声に気づいてリビュエが空き地を見やると、中央に座るクーメイと、彼女に近づく男の姿があった。
男の方は息を切らし、どこか慌てた様子である。
「……誰だっけ?」
言いながら、ササササ…と弟子である少女の背後に避難する師匠。
「情報部の方ですよ」
弟子の少女が耳打ちすると、ようやく思い出したかのように頷くクーメイ。
(この状態で各地の武術を集めるのは難儀したろうな…)
マヒワが表情を変えずに、クーメイの人見知りを実感する。
「ハァ、ヴァローさんから急ぎの情報と要請です。ハァ、ハァ…リネン通りの…なるべく都市中心部に近い場所に、急いで来てくれ、と」
情報部の男のただならぬ様子に、クーメイは急ぎその場から駆け出す。
(この様子だと、ヴァローは何かを見つけたのかも知れない…!)
そこらの民家の屋根に脚力のみで駆け上がり、更には屋根から屋根へと軽やかに飛び移っていく。




