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第28章 終わりなき夜に生まれつく


 殺鬼オークの軍団が、無言で洞穴を進む。

 入口からは窮屈だった道が徐々に広がっていき、道幅に余裕ができると、彼らの進軍速度がぐんと上がっていく。


 殺鬼オークは強靭な肉体と旺盛な体力をもつ。それらを活かした踏破能力となると、更に他種族より群を抜く。

 何故なら殺鬼オークの目的は、既に説明した通り繁殖と殺戮の果てにある、あらゆる生命の根絶にある。当然人族には(時には魔性すら)彼らを受け入れられるはずもなく、単独でその姿を確認されれば(彼らがそうしたように)殺されるのは間違いない。


 そのため、殺鬼オークたちは人里離れた僻地などで暮らす他ない。そして人の踏み込めない僻地へと分け入り、暮らすうちに生存する能力を身につけていった。

 彼らは鈍重でもないが故に、結構な重装備であっても、悪路を長時間駆け続けることができるのであった。


 がしゃ、がしゃっ……と、装備の物々しい音を立てる隠密性は無きに等しい行軍。

 かなりの距離を移動した頃、前方の斥候からヴァードラに伝令が届く。

『長! 前方から人間が! 恐らくシュメンハイニーという男だと思われます!』


 事前に幹部以上のメンバーは、対象の外見をネダ博士に、真理魔術による映像で見せてもらっていたが、一般兵らは伝聞による情報のみ。

『決して手を出すな! 直に確認する!』


 ヴァードラと三幹部は、少し道幅が広い地点で彼と対面する。

(!……間違いない。ナルアダ・シュメンハイニーだ)

 少々髪が乱れているが、映像で見た男に間違いなかった。旅装で背嚢バックパックを背負い、ランタンを手にしている。だが映像のように表情は穏やかではなく、険しかった。

 魔王ごと彼を殺すよう依頼されていたヴァードラだが「もしシュメンハイニーが交渉に成功していたら、見逃しても構わない」との条件も引き受けていた。


「シュメンハイニーだな? 我々はネダ博士に依頼され、お前を保護しに来たものだ」

「…………」

 胡乱な瞳で、共通語を話せる殺鬼オークの長を覗き込む男。

(映像と比べて、随分と瞳が虚ろだ。だが生きて出られたということは…)

「魔王との交渉は成功したということだな? 良ければ我々が、出口まで護衛するが…?」


 もし交渉に成功しても『契約』に失敗し、魔性の出来損ないのような知性の欠片もない化け物になっていたら、その場で「処理」しても良いと彼らは依頼主に言われていた。


「……要らぬ。このままアファートマへと自分で戻る」

「……」

 そっけない返事に、どうすべきかヴァードラは逡巡する。

(このまま見逃しても問題はない。もし『契約』が成功していると仮定するなら、我々が先に進むのを阻み、魔王を守るために引き返してくるだろうか?)


 契約を果たすということは、その眷属と化したということだが、魔王に本心から忠誠を誓っているかどうかまでは、わからない。

(ネダはその可能性は低いと言っていた。なら見逃しても構わんか)

 だが念の為、部下に後をつけさせ、外で待機している後詰めの連中にも手を出さないよう、伝令の役割も務めさせる。

 シュメンハイニーは無言のまま、出口に向かってどんどん歩を進めていく。

 しばらく彼の後ろ姿を見守った後、『行くぞ』と再び蛮族語に戻す族長。

 


 殺鬼(オーク)たちは、ついに目的地であろう門の前に到着した。

 装備の音を気にすることなく集団で駆けたため、まず間違いなく扉の向こうはこちらの接近に気がついている。

 斥候から、門にはかんぬきが掛かっていることを聞くヴァードラ。

 彼はその場で言葉ではなく手を使って、部下たちに隊列を組むよう指示する。

(――ブジョン)

 ずい、と黄銅の肌を持つ最も体格ががっしりとした殺鬼(オーク)が前に出る。

 三幹部の一柱であるブジョンは、身体の横幅が広いが、決して肥満というわけではなかった。

 鍛えられた肉体には、無数の傷跡がある。

 しかも奇異なことにこの殺鬼オークは武器を持たず、両腕に盾だけを携えていた。


(――アーゴン、フィーゲル)

 族長の指示を待たずに、青銅の肌の鉄面皮の殺鬼オークは二本の直剣を手にブジョンの背後に回る。

 もう一体、赤銅の肌の殺鬼オークは薄ら笑いを浮かべながら、無骨な弓を手に、やはりブジョンの背後に立つ。

 残った殺鬼オークたちは、さらにその背後。


 門の前で二体の殺鬼オークが、鎚矛メイスをもって振り返り、族長の指示を待つ。

(――始めろ) 

 族長が空を切るように手を振ると、二体の殺鬼オークは、門に向かって鎚矛メイスを振りかぶり、力の限り叩きつける。


 幾度も叩きつけるうちに木片が飛び散り、金具が軋む。

 頃合い――と見たブジョンの目配せで、鎚矛メイスを手にした二体が左右に散る。

 黄銅の殺鬼オークは門に向かって突進し、轟音とともに門をぶち破る。

 体躯による突進力と盾で、かんぬきはへし折られ、ブジョンはそのまま室内へと突入する。


 広い空間に出た殺鬼オークたちを待ち受けていたのは、氷の塊に包まれた黄金でできた墓。

 だがそれを認識したと同時に、左右から一条の閃光と光の矢二本が発射され、ブジョンに向かっていく。

 電光を浴び、閃光の矢が突き立てられた――が、それらを両手の盾で受け止めていた。

 もし通常の盾であれば、真理魔術の『貫く閃光(ペネトレイト・レイ)』『理力の矢エネルギー・ボルト』を受け止めることなどできるはずがない。前者は文字通り盾など貫通するし、後者は盾をかい潜る精密な動きを見せる。

 だがブジョンの盾には――


 魔法を受け止めた盾は光を放ち、受けた魔法をそのまま再現して術者に跳ね返していく。

「――!?」

 魔法を放ったそれぞれ上級魔性と下級魔性は、自らの放った魔法でダメージを受ける。

 ブジョンの呪文の描かれた円盾ラウンドシールドは、二つとも魔力を帯びた逸品であり、ある程度のレベルの攻撃魔法は反射できる。

 ただし爆発などの範囲魔法や攻撃以外の魔法には、効果を発揮しない。


「――――」

 ブジョンは、突入してすぐに相手の出鼻をくじくと、まず視界を走らせ、室内の敵の数や種類を見極める。

 右には二体の下級魔性『グルヌス』、左には上級魔性『バージ・ワルデル』。知識はないが、どちらが脅威かは勘でわかった。


 ブジョンは左方向――上級魔性に向かって、駆ける。盾をかざしながら、低い体勢で。

 黒い肌で『グルヌス』に似た姿を持つ上級魔性の名は『バージ・ワルデル』といった。魔性は、自らに迫る殺鬼オークに先ほど魔法を反射されたことで、魔法の行使をためらう。

 であるならば槍で迎え撃つのが最適だが、先に魔法を反射され、それを受けて大きく仰け反ったことで行動が遅れてしまう。


 ブジョンの盾をかざしての弾丸のような突進は、目標と衝突しても止まることなく、一気に岩壁に敵を叩きつける。

『ぐっ……!』

 バージ・ワルデルに比べて膂力に勝るブジョンは、そのまま岩壁に敵を押し付け、身動きを取らせない。

 魔性は密着している相手を武器で始末しようと試みるが、獲物が槍であるため、密着した相手を刺突できなかった。しかもブジョンは、二枚の盾を上手く使い、攻撃する空間を与えない。

 

 魔性は白兵戦に挑めず、魔法も躊躇し、ブジョンは相手を抑え込むだけ。この二人の戦いは一時膠着状態になるが、当然数で勝る殺鬼オークたちは、ブジョンの援護に回る。

根絶者エラディケイター』の一般兵である殺鬼オークが数体、ブジョンの左右から魔性に殺到し、一気に槍を突き出す。

『おのれぇ! こんな……たかが殺鬼オーク如きに……!』


 上級魔性は、通常単体でも中堅冒険者クラスを壊滅させる実力を持っている。だが初手を対応されたことで手番を狂わされ、殺鬼オークたちの槍衾やりぶすまに敢え無く貫かれることとなった。


 一方で下級魔性二体に対しては、幹部の一人である青銅の肌を持つアーゴンが『根絶者エラディケイター』随一の俊足を持って、迫る。

 上体を沈め、二本の刃の厚い曲刀を構えたまま滑り込むように駆け、グルヌスの眼前にたどり着く。

 下級魔性は慌てて槍の穂先を突き出すが、アーゴンはするりと手慣れた動作でかわす――

 次の瞬間、ザンッ!とグルヌスの腕に衝撃が走ったかと思えば、次の斬撃が魔性の首を捉える。

 

 隣に立つ下級魔性が同胞の首が飛ぶのを目撃し、動揺しているうちにズグッ…と胸に矢が突き立つ。

 見ると赤銅の肌を持つ殺鬼オークが、骨で出来た弓を構えていた。

 鷲鼻で不敵な笑みを浮かべる三幹部最後の一体・フィーゲルが次の矢をつがえる前に、アーゴンの返す一刀が、矢の突き立った魔性の素っ首を撥ねていた。

 

 ブジョンが「防衛」、アーゴンは「強襲」、フィーゲルが「射撃」を担当し、連携することが三幹部の常勝戦術だった。

 無論相手によって挙動は変わる。今回は、ブジョンが上級魔性・バージ・ワルデルを押さえるために、あえて突出するなど臨機応変に対応している。

 

 周囲を警戒し、魔性たちが完全に息絶えたか確認しているうちに、長のヴァードラは氷塊の前に立つ。

『……見事だ。敵の戦力が少ないとはいえ、兵の損傷もなく、僅かな時間で制圧できた。しかも俺が剣を振るう必要もなかったわ』

 三幹部と殺鬼オークたちの速攻による制圧を称賛し、見回すヴァードラ。

 殺鬼オークたちも長に言葉をかけられ、満更でもない様子だった。


 門を壊すために鎚矛メイスを手にした殺鬼オークたちが、 長の隣に立つ。

『虚栄の魔王・ヴェラ・アグザスか。封印された魔王など哀れなものだな』

 ヴァードラが一人呟く。彼は立場上、眼前の魔王の名前こそ知っているが、どのような能力を持つかすら知らない。


『知っているか? 人族たちは魔王を倒した者を「魔王殺し」と呼んで称賛し、その者は一生食うに困らなくなるらしいぞ』

 長の言葉に、ある者は微かに苦笑し、ある者は微かに口笛を吹く。

『だが封印された魔王を倒しても、「魔王殺し」とは判定されないらしい。妥当だな』

 長身で鍛え上げられた肉体を持つ殺鬼オークの長は、手にしている大剣グレート・ソードをおもむろに振り上げる。

 

『こんな奴を倒すことに何の価値もないが、これも仕事だ

 大上段の構えから、一気に大剣を振り下ろし、氷塊を袈裟斬りにするヴァードラ。

 数瞬の後、ずるっ…と黄金の墓は氷塊ごと斜めに斬られ、斬られた上部が滑り落ち、岩肌に落ちる。

 そして鎚矛メイスを手にした殺鬼オークたちが、残った氷塊を破壊していく。

 

 魔王・ヴェラ・アグザスは、今完全に滅び去ったのであった――

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