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第27章  闇の中の矜持

 光が収まる代わりに、魔法陣から大量の煙が漂っている。

 下級魔性や上級魔性が見守る中、ヴェラ・ミズンは魔王との念話に集中していた。


(……陛下。鉱山の外に待機している軍勢とは、シュメンハイニーの言っていた『主』とやらか、それともネダが呼んだものか……どちらにしろ、始めから我々をシュメンハイニーごと滅ぼすつもりだったようですな)

 魔王の声が、念話に乗る。

(……はい。陛下のお望み通り、残された魔将である、このヴェラ・ミズンこそが、人間共に報い、魔性の恐ろしさを刻み付けてまいります)


 魔法陣の煙が拡散し、薄まっていく。そこにはヴェラ・ミズンの姿はなく、立っていたのは、シュメンハイニーだけだった。

 どこか瞳は虚ろだが、迷いのない態度と動きを見せる。彼は魔王ヴェラ・アグザスに向かい、優雅に片膝をついて頭を垂れる。

『おさらばでございます、陛下。我ら『虚栄』のカルマに導かれし魔将、最後に存分に見栄を張って参ります』


 氷塊に包まれた黄金の墓は、微動だにしない。シュメンハイニーとの契約を果たし、その肉体を乗っ取った魔将の後姿を、ただ見守るだけだった。



 冒険者パーティーである『蜘蛛手』は、鉱山から外に出るためひたすら洞穴を進んでいた。裏口のため、通常の坑道とは違って整備されていない、まるで血管のように曲がりくねった洞穴。しかも道は外に近づくほど徐々に狭苦しくなるが、彼らは不平も口にすることなく、出口にたどり着く。


 「ふーっ」と外の空気を吸い込み、吐く一同。外はすでに暗かったが、眼前の森の中には明かりがちらほらと見える。

 見ると、武装した人影がぞろぞろと松明を手に『蜘蛛手』に近づいてくる。

 ザッ…と、それぞれ手にした槍を向けて、『蜘蛛手』たち冒険者一行を囲みだす人影。

 『蜘蛛手』のリーダーであるベテランの戦士は、それを見て溜息をつく。


「我々は、ネダ博士に雇われた冒険者だ!」

 天を仰いでから大声で宣言すると、集団の動きが一瞬止まる……が、すぐにまた包囲しだす。

「何だ、話が通ってないのか?」

「リーダー。単に相手が殺鬼オークなので、言葉が通じていないだけかと」

メンバーの一人である女魔術師が、背後から口を挟む。

 

 彼女が蛮族語で語り掛けると、やがて彼ら――武装した殺鬼オークの背後から、一際体格の良い四体が、前方に出てくる。

 恐らく集団の長であろう、もっとも体格が良く、肌がどす黒く、鍛えられた鋼のような肉体をもつ一体。その背後に付き従う三体もやはり体格が良く、それぞれ異なる肌色と武装をもつ幹部の様だった。

 長である一体が、戦士に話しかける。


「……何だって?」

「シュメンハイニーはどうなった?と言っています」

 以後は、女魔術師の翻訳による冒険者と殺鬼オークの対話が繰り広げられる。


「シュメンハイニーは、魔王との交渉に入った。だが俺達には魔王のいる最奥まで入ることが許されなかったため、封印された魔王が健在なのか、交渉の結果がどうなったかまでは、俺たちは見届けられなかった」

 魔術師が訳すと、殺鬼の長がすぐさま次の質問に入る。


「では魔王の配下である魔性の数や規模は、確認できなかったのか?と聞いています」

「俺達が出くわしたのは、巡回中の下級魔性『グルヌス』が二体で、それ以外は確認できなかった。ただ……」

 一旦言葉を切る。殺鬼オークの長の鋭い眼光が、続きを促すように人間の戦士の口元に注がれる。


「これは俺の洞察と推測によるものだが、部下である魔性の数は極めて少ないと思う」

 通訳を介して「何故そう思うのか?」と問われる。

「俺たちが下級魔性二体と出くわした時、そのうち一体は見張りに残り、一体が魔王のもとへ報告に行って、戻ってきた。だがその時、味方を誰も連れて来なかった」

 それのどこが可笑しいのだ、と言わんばかりに怪訝な顔をする女魔術師。


「残した見張りは一体。そいつが俺たちに始末され、後をつけられる可能性もある。

 こっちは護衛含めなければ四人で、腕はそれなりに立つ」

(それなり……ね)

 リーダーの殺鬼オーク相手の謙遜に、小首を傾げる魔術師。


「これで俺達がシュメンハイニーを置いて道を引き返す時にも、結局見張りは一体だ。我々を背後から襲って、魔王への道のりの痕跡を消すこともできたが、しなかった。できなかったのかもしれない。それに他に巡回している魔性の話も出なかった。居たら、我々が出くわす可能性もあるのに」

『つまり他に巡回に回せる魔性も居ないほど、数は極めて少ないということか?』

 魔術師の訳を聞いて、頷く戦士。


「現役の『魔王』の拠点であれば、それこそ棲息地域には安易に近づけないほど部下や眷属が居てもおかしくはない。もちろん群れないタイプの『魔王』も居るが」

 戦士は、薄っすらと生えたヒゲをさする。

「ただ俺の言ったことは、所詮推測だ。奥には魔性がズラリ…という可能性がないわけではない。それに魔性たちは居らずとも、『魔将』が健在の可能性はあるし――」

 人間の戦士の言葉を、これ以上は無用とばかりに手で制する殺鬼オーク


『十分だ。お前の名前を聞いてもいいか?』

 女魔術師が、意外な表情で翻訳する。

「?……ジーナス・エイティング。ただの雇われ冒険者だ」

『集団としての名前は?』

「『蜘蛛手』だ。こんなこと、聞いてどうする?」

『俺たちは『根絶者エラディケイター』。そして俺が、群れの長であるヴァードラだ』

 驚く魔術師からその名を告げられ、眉をひそめる戦士。雇用主から名前を聞いていなかったが、実際に目にして思い当たることがあった。

(特徴からまさかと思っていたが……しかし何故わざわざ俺達に名前を告げる…?)


『俺達は、冒険者と命の遣り取りをする。その時に貴様らと出会って、同胞たちの命を無駄にしたくない。お前たちも同じだろう?』

 つまりこの殺鬼オークの長は、自分たちを強敵と認めてくれたようだった。


 殺鬼オークたちは通常、死の神・オルクスに愛された自分たちだけが繁殖し、自分たち以外を滅ぼすことを目的とし、最後には自分たちも神の元へと召される運命の種族。

 その一つの群れの長が、同胞の命を無駄にしたくないために冒険者の名を尋ねる。

 それは冒険者としての経歴が長いジーナスであっても、ひどく不思議なことに感じられた。


(しかし一応冒険者である俺が、『殺鬼オーク』と同じ依頼主に雇われ、こんな風に会話する日が来るとはな。他の冒険者には、絶対に口にできないことだ。いや秘密にすることがまた増えただけか。これまで仕事を選ばなかった因果かもな)


 『蜘蛛手』とは、蜘蛛の足のように、四方八方に道などが分かれていることを指す。つまり通常の冒険者なら眉をひそめるような仕事もこなしてきた彼らが、自虐的に名付けたパーティー名だった。


『では俺達はそろそろ行く』

 殺鬼オークの長が、同胞たちに命令する。

『アーゴン、フィーゲル、ブジョン! 突入するぞ! 目的地までは一本道だ。到着次第、改めて指令を出す!』

 それぞれ青銅、赤銅、黄銅の体色を持つ三体の殺鬼オークが無言で頷き、他の殺鬼オークたちを引き連れて、先程『蜘蛛手』たちが出てきた鉱山の裏口へと入っていく。

 当然長であるヴァードラも恐ろしくでかい大剣を背に、堂々と進軍する。兵の規模は、小隊級程度。


 彼らの後ろ姿を眺めながら、戦士ジーナスが仲間に語る。

「……考えてみれば『殺鬼オーク』たちも、俺達冒険者を前にして刃を交えることもなく見逃して、逆に大抵は協力関係にある魔性を討つとはな」

 

 殺鬼オークと魔性は、場合によっては協力し合うが、その目的は必ずしも一致しない。かといって、殺し合うようなことはない。何故なら、どちらも「人族と敵対している種族」であり、互いの種の数を減らすことに利がないからである(特に定命である殺鬼には)。


「わたし達『蜘蛛手』の本当の雇用主であるネダ博士は、同時に『殺鬼オーク』の集団を雇っていた。そしてシュメンハイニー卿を、封印されている魔王ごと始末するつもりだった。しかしその集団が、まさか精鋭の『根絶者エラディケイター』だったなんて」

 女魔術師が、恐れを秘めた瞳でヴァードラたちを見遣る。


「封印されているとはいえ、魔王を討つとは。ネダの報酬がよほど良いのか。因果なことだな」

 聞こえていたのか、まだ入口に達していないヴァードラは一旦歩を止めて、振り向く。

「……お互いにな」

「――――」

 それを聞いてジーナスは唖然とした後、突如口の端を歪めて苦笑する。

 背後の女魔術師たちは、ポカンと口を開けていた。


 ジーナスはひとしきり笑った後、苦々しい表情ながらも笑みを浮かべ続けていた。

「……何だよ。人族の言葉を喋れたのか」


 後詰を残して、殺鬼オークの集団が鉱山へと突入していく。

 それを見届けた『蜘蛛手』のジーナスは、何故か彼らの勝利を祈って、その場を後にした。

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