第26章 『虚栄』の魔王 ヴェラ・アグザス
ヴェラ・ミズンの体躯は2メートル程だが、墓はそれより一回りも巨大だった。
長方形の周囲には、大きな門のような彫刻が彫られている。巨大な門柱は蔦や竜の精巧な装飾が施されており、墓には古代文字が刻み込まれている。それら全てが、黄金で出来ていた。
既に古の時代に氷塊の中に封印されている魔王だが、その状態からでも瘴気を漂わせ、威圧感を醸し出していた。
白い大量の毛髪の怪異は魔王の前に立ち、うずくまる。
しばらくは無言のまま何度か頷いていたが、やがて立ち上がり、シュメンハイニーの方へと再び振り返る。
『喜ぶとよい。陛下は、貴殿が自ら貢物を携え、謝罪に来たことに大変感心しておられる。罪はむしろネダ博士の方に有るのも、ご理解いただけたようだ』
魔将の言葉に安堵するでもなく、緊張感を持ったまま頭を下げるシュメンハイニー。
魔性との対話は、こちらを安心させた次の瞬間首を狩られる危険もある、と彼はネダから助言されていた。また魔王ヴェラ・アグザスは、一切言葉を発せずとも『念話』を用いて会話することも聞いていた。
「誤解があった事をご理解いただいたようで、大変嬉しく思います。ただ――」
頭を上げずに言葉を続ける男。
魔将側も何かを追及するつもりだったようだが、一旦人間側の言葉を待つ。
「私がネダ博士の言葉に乗せられ、偉大なる陛下の魔力を使用してしまった罪は消えません。ですので、この度償いとして、魔力の代わりに献上したいものがございます」
今度は懐から、地図と掌に乗る程度の水晶を取り出す男。
『……何かね、それは?』
「私は陛下の魔力を奪うつもりはありませんでしたが、大量の魔力が必要でした。それは私が『ズタ袋』と名付けた『労働力』を大量に生産するためでした」
シュメンハイニーが水晶をかざして「合言葉」を唱えると、ぼんやりと中空に映像が浮かび上がる。それは森の中で待機させている『ズタ袋』たちの姿だった。
彼は映像を交えながら、魔将たちに『ズタ袋』の説明をする。
『なるほどのう。人間というのも随分と洒落たものを作りおる。まさか自分たちの同族を用いて、物言わぬ労働力に仕立てようとはな』
どこに発声器官があるのかもわからない魔将が、不気味に笑う。
「これらは全て、売り主との契約を打ち切り、次なる命令を待機させた状態にしております」
もちろんシュメンハイニーが法を無視して一方的にやったことであり、人間社会では一斉に非難されるべき行為である。
「これらを、全て陛下に献上したく思います」
『何……?』
ヴェラ・ミズンは、意外なものを見たような反応をする。
「この地図には『ズタ袋』たちを待機させている場所を、全て記入しております。この地図と水晶を用いれば、これらは全て陛下の所有物となりましょう」
元々魔王の魔力をネダが用いることで、起動させた不死者である。これに再び魔力を注ぐ必要はなく、今後は魔王の命令を聞くようにすればいいだけである。
正に労せずして大量の下僕を得ることが出来る。
『……シュメンハイニー卿は、人間の身でありながら、ここまで誠意を尽くして謝罪し、償いの意を見せてくれたこと、陛下は大変お喜びである』
シュメンハイニーは頭を下げて感謝の言葉を述べ、恐縮する。
(ネダの助言がこうも当たるとは…)
『虚栄』の魔王やその部下に対しては、平身低頭の態度で臨み、言葉を選んで媚びへつらい、貢物を用意すること。それがネダの助言であった。
元々『虚栄』や『虚飾』の業を持つ魔性のため、それらが効果的なのは間違いなかった。だが見え透いた世辞や本心や見抜かれるなどされた場合は、死よりも恐ろしい結末が待っており、細心の注意を払う必要もあった。
『しかしシュメンハイニー卿は、先ほど陛下に頼みたいことがあると言ったな。つまり、これらの貢物には、何か見返りがあると言う事か』
「……はい。実を言いますと――」
シュメンハイニーは、自分の身に今起きていることを説明した。自身がアファートマ連邦を牛耳る金と権力を持つ身であったこと。ネダとは相互利益の関係にあり、彼の研究費用を出す代わりに、その知識や成果を受けていた事(魔王の魔力を用いて『ズタ袋』を作り、商品とするのもネダの計画だったと説明)。
だが今はオムパリオス王国の情報部や『コウ蛇』の襲撃を受け、身動きが取れない状態になり、しかもネダからは見離され、もはや魔王を頼るしか術がないことを語って聞かせる(もちろん彼が心酔する『主』の存在は伏せていた)。
『ふぅむ。では貴殿が陛下に頼みたいというのは……』
「はい。私は陛下に魂を捧げ、『契約』を結びたいのです」
『貴殿は魔性…悪魔と契約を結ぶことの意味を存じておるのか?』
シュメンハイニーは首肯する。
魔性と契約を結び、人族が『魔人』となることは説明したが、当然全てが上手くいくわけではない。『魔人』となれるのは適正がある者だけであり、中には魔性の成り損ないのような、ただの醜悪な化け物と成り果てたり、即死したりする者すらいる。
しかも全ての魔性が律儀に契約してくれるわけでもなく、どころか一方的に魂を奪い、対象を奴隷や予備の肉体にされることもある。
『なるほど。それほどに追い詰められておると言う事かの』
「私自身、負い目もありますので、陛下とこそ『契約』を果たしたいのです」
『だが仮に力を得て、何とする?』
「現状を脱し、元の地位に返り咲いたならば、必ず陛下により多くの貢物を献上すると誓います。お望みであれば、陛下を欺いたネダの首も献上いたします」
全てが嘘ではないが、シュメンハイニーは出まかせを口にしていた。
『契約』さえ済めば、魔王たちに用などなかった。ただ今後の憂いとならない様に彼らを宥め、貢物を捧げるのは嘘ではなかった。
『ほほ……勇ましい事だの。陛下、如何いたしましょうか?』
もぞもぞとヴェラ・ミズンが主の方を振り向き、動きを止める。
『陛下……?』
そのまま微動だにせず、黙り込んでしまう魔将。
「……?」
その様子に、シュメンハイニーも訝しげな表情になる。
しかも魔将は、そのまま言動が止まること数分に及んだ。
「…あの。どうかなされましたか?」
『……なるほど。承知しました。陛下』
シュメンハイニーの問いに答えることなく、長い溜息を吐く魔将。
『シュメンハイニー卿。貴殿は運が良い。陛下は、貴殿との『契約』を許可なされた』
「!……有りがたき幸せ!」
その場で屈んで片膝を着き、頭を下げるシュメンハイニー。男の端正な顔は、死角では口の端を歪め、笑みを浮かべていた。
(やった! 成し遂げたぞ。見ていろよ。『コウ蛇』、ども、それにネダ…!)
『とは言え陛下の御身は封印されており、魔力も大部分を失っておられる。なので私が代わりを務めよう』
シュメンハイニーとしても、魔王が直々に契約をしてくれるなど期待はしていなかった。そのため魔将との契約でも彼は十分だと考え、感謝の言葉を述べる。
ヴェラ・ミズンの白き毛髪の間から、呪文の詠唱が漏れ聞こえる。
跪いたシュメンハイニーの足元から光が広がり、直径二メートルほどの魔法陣が浮かび上がる。
これで契約が行われ、私は魔人となる――そう確信したシュメンハイニーだが、最後まで覚られないように、今は表情を表に出さないようにしていた。
『………』
詠唱が続く――と思われたが、突如魔将が語り掛けて来る。
『貴殿は、恨みを持つ自分の宗家――即ちシュメンハイニー家を滅ぼしたのか?』
「!……」
話してもいない自分の過去を語られた上に、それを問われて動揺する男。
「は……はい。そ、それはシュメンハイニー宗家の持つ名前と富が、私の役に立つためです」
『確かに宗家に対する憎悪の感情も感じるのぉ。ほぉ…これは…貴殿には既に仕えるべき主が居るのか。その主のために、怨みついでに宗家を滅ぼし、名と財を奪ったか』
「――――~ッ…!」
シュメンハイニーは跪いた状態のまま、冷や汗をかき始める。
『貴殿の穏やかな表情は、心の内を読まれぬように演技するためかの?』
「心の中を読まれている」と一旦仮定し、彼は覚悟を決めて、正直に話しだす。
「あ、主のことを黙っていたのは謝罪します。しかしこの状況を脱した折に陛下に貢物を
献上し、交誼を結びたいと思ったのは本心からです」
苦しい釈明をする。
『ふむ。しかし一体、何度謝罪するつもりかの』
相手の辛辣な返答に、言葉に窮する男。
『だがネダ博士に対する嫉妬。腕利きの女殺し屋に対する憎悪は、本心のようだの』
「そ、そうです! 私が苦境にあるのは間違いなく、陛下に縋るしか道がないのです! 陛下に損はさせません!」
魔将の身体を構成する毛髪がざわめく。
『ならば鉱山の外に軍勢を待機させておることに関しては、何と釈明するのだ?』
意外なことを詰問され、一瞬唖然とする男。
「ぐ、軍勢…? 一体何のことです? 私にそんな余裕は――」
『――なるほど。それは本当に知らぬようだ。もし我々を滅ぼさんと準備していたのなら、貴殿の行動とは矛盾するからの。では貴殿の主か、或いはネダ博士による策謀か』
カッ――と一旦静まっていた魔法陣が明滅する。
するとシュメンハイニーの眼球が、ぐるんっ…!と反転する。
「ごっ…がっ……!? ぐぎぎぎ…が、あぁああっ……!」
穏やかで端正な顔が苦悶と苦痛に歪み、どっと汗が噴き出す。
男の意識がかき乱され、今にも消えそうになる。
『まだ聞こえているかの、シュメンハイニー卿? 貴殿は嵌められたのだ。どう転んでも、始末されるようにな。貴殿の落ち度は、我ら魔性を甘く見ていたこと。それに己を過信したことだ』
魔法陣の中で肘と膝を曲げて四つん這いになった男は、ガクガクと痙攣しながら、泡を吹き始める。皮膚のあらゆる場所に、どす黒い血管が浮かび始める。
『貴殿の業はなかなかに深いが、魔人にはなれまい。だが契約は果たされ、貴殿の肉体は生まれ変わる。せいぜい、この私が利用させてもらおう』
魔法陣から光が溢れ出し、男の肉体どころか魔性たちすら包み込む――――




