第24章 ダンジョン~ユネムト鉱山再び
オムパリオス王国領、ユネムト鉱山――
先日までクーメイたちが居た階層よりも遥か下。『深層』と呼ばれる階層に、複数の人影があった。
ほとんどが冒険者風の身なりだが、一人は一般的な旅人の装束。どうやら他のメンバーは護衛のようだった。
「シュ…いや依頼主殿。これ以上進むと、もう『魔性』たちの領域ですぜ」
真理魔術士の魔法の明かりを頼りに先頭を進んでいた戦士が振り返り、旅装束の男に語り掛ける。
「そうか。ではここからは私が先頭に立とう」
依頼主が先頭に進む際、冒険者たち――中でも盗賊は、露骨に嫌な顔をしていた。
ユネムト鉱山の『深層』を進み続ける。それは危険極まりない行動だからだ。
冒険者たちは『蜘蛛手』と呼ばれる腕利きで、汚れ仕事でも進んでやるため依頼料が高くとも人気の冒険者パーティーだった。
だがそんな彼らでも、大金を約束されようとも、自らユネムト鉱山の深層に入りたいとは思わなかった。何故ならそこは『魔王』が封印されていると噂されているからだ。
この世界では『魔王』と呼ばれる存在は単体ではなく、それぞれの業に応じて二十八体が存在する。
その力は個体によって異なり、全てが『魔性』――特に『悪魔』の姿をしているわけではない。
だがどの魔王であっても、大陸レベルの危機を世にもたらす実力を備えている。そのため、俗に「もし魔王討伐を達成すれば、その者は一生食うに困らない」と言われている。
ユネムト鉱山に本当に『魔王』は封印されているのか?
事の真相はともかく、『魔性』がうろついているのは、実際に報告された事実である。故に、彼らの存在こそが、封じられた『魔王』の噂の信憑性を高めていた。
冒険者たちも『魔王』が封じられているのを確信こそしていないが、『魔王』の護衛である上級魔性と遭遇し、戦いたいとは思っていなかった。
「依頼主殿。確かに『魔性』と接触したいとの依頼内容の説明は受けたが、死なれても困る。我々が依頼主を見殺しにしたと思われるからな」
『蜘蛛手』の中でもリーダーである戦士が、口を開く。
「ましてや高名なシュメンハイニー卿ならば、尚更だ。我々の悪名にも限度がある」
言われて、先頭に立った依頼人が苦笑する。
『蜘蛛手』の依頼人の名前は、ナルアダ・シュメンハイニー。
彼はクーメイたちの捜索を潜り抜け、冒険者を引き連れてユネムト鉱山に来ていた。
シュメンハイニーは、アファートマ連邦・首都ミラマステの歓楽街から脱出。鮮魚店の荷馬車を偽装し、冒険者グループ『蜘蛛手』を雇い、現地での合流を指示した。
それから僅かな部下と共に、馬車で街道を南に下った。馬車に魚介の荷を詰め、臭いを『消臭』の魔法で消し、狭い空間に身を潜めた。
途中クーメイたちの馬車と街道ですれ違った時に、あわや発覚しそうになったが、運良く事なきを得た。
彼は西の港町ジェルジに辿り着き、隣国オムパリオスの港町ミン・ハストへと移動。
その後『蜘蛛手』と合流し、ユネムト鉱山に裏側から入り、現在に至るわけである。
「先に説明した通り、これは秘密裏の依頼だ。あなたたちの名前に傷はつかない。それに…私は魔性と交渉したいだけだ。君たちは、そこまでの安全を確保してくれればいい」
「話を聞いてくれるような相手とは思えませんがね」
「魔性は知能が高い。ましてや交渉する相手が『悪魔』であればなおさら交渉の余地があるだろう。交渉に入れば、君たちはすぐに引き返してくれて構わん」
『悪魔』は来るべき神々との戦いに備え、人間との契約を求めているから――ということは、シュメンハイニーは当然黙っていた。
だが『蜘蛛手』たちも薄々勘づいてはいた。魔性と対話するのに真っ当な理由など、あるはずがない。だが彼らも、金さえもらえば後の事などどうでも良かった。
「…わかった。では依頼通り、あんたが交渉に入るまでは護衛しよう」
一行はそのまま前進を続ける。暗い上に、魔性が棲んでいるのを裏付けるような重苦しい澱んだ空気。冒険者たちも口数が少なくなってくる。
さらに一時間ほど、一行が延々と岩肌を目にし続けた頃。
目標である下級魔性が、彼らの前に二体姿を現した。
「!……待て! 話をしたい!」
冒険者たちが依頼主を庇って前に出ると、シュメンハイニーは灯りを掲げて声を張る。
出て来たのは、下級魔性の『グルヌス』。
赤銅の肌を持つ人型の魔性で、飛ぶための黒い翼、頭に二本の黒い角、強靭な尻尾と姿形は典型的な悪魔のそれである。
下級魔性とは言え知能は決して低くはなく、単独でも場合によっては初級冒険者グループを全滅させる実力を秘めている。
『話をしたい、だと? 何を言っている、イカれているのか貴様?』
三又の槍を構えて警戒したまま、一行を観察する魔性たち。
「私の名前はナルアダ・シュメンハイニー。商人だ。『虚栄』の魔王ヴェラ・アグザス陛下に御目通り願いたい」
『!――――』
驚き、顔を見合わせる下級魔性たち。
(当たりか。この魔性たちは、自分の主の名前を当てられて驚いている)
『蜘蛛手』たちは、同時に依頼人の目的を察する。
『貴様。何故その名を知っている?』
「私は、以前ネダ博士よりヴェラ・アグザス陛下を紹介してもらい、その御力を借りた事がある。今回はその御礼として、贈り物を献上するため参ったのだ」
下級魔性たちは、その場で話し合う。
『……ここで少し待て。魔法を使うなど、おかしな真似をするなよ』
魔性が一体残り、もう一体が洞穴を引き返していく。
恐らく主に報告に向かったのであろうが、同時に主の位置を知られない配慮だった。
その後、冒険者たちと下級魔性が、同じ空間で互いを警戒しながら過ごす奇妙な時間が流れた。
やがて報告に向かった下級魔性が、戻って来る。
『シュメンハイニーとやら。我らが主が、貴様だけに会うと仰られている。俺について来い』
「俺達は?」
『貴様らはすぐさま引き返し、この鉱山から出ていけ』
『蜘蛛手』たちの質問に、下級魔性がすげなく答える。
「シュメンハイニー卿」
「言う通りにした方が良いだろう。ここまでの道のりとて、冒険者に知られるのは心証が悪い。ご苦労だった。くれぐれもこのことは内密に」
『蜘蛛手』の一行は頷き、来た道を引き返す。
下級魔性は一体がシュメンハイニーを案内し、一体は『蜘蛛手』たちが本当に引き返しているか、見張りとして残っていた。
『蜘蛛手』のメンバーは時折、背後から魔性たちが追ってこないか確認しつつ、無言で洞穴の中を進んでいく。
「……シュメンハイニー卿が騙されて、殺されることはないかしら?」
メンバーの内、魔術士である女性がリーダーの戦士に問う。
ベテランの戦士は、後ろを振り返る事なく答える。
「たとえ殺されたとしても、依頼を果たした俺達が、関知することじゃない。まあ殺すつもりだったなら、仲間を呼んで、あの場で皆殺しにしていたと思うがな」
確かに、と女魔術士が納得して頷く。他のメンバーは無言のままだった。
「ところで、ネダ博士と連絡はもう取れるのか?」
「この鉱山の中では無理ね。一旦地上に出ないと」
『蜘蛛手』には既にネダに息がかかっており、彼らはシュメンハイニーと会って依頼を受け、その顛末を報告するように命令を受けていた。
「それで……何て報告すべきかな?」
「魔王と接触した、とだけ伝えればいいだろう。交渉の最中に殺されたか、それとも目的を達したか、確認を取れとまでは言われていないからな」




